【エッセイ】『堪忍の袋と地雷と、キッチンと』第12章:島から、再び~引っ越し、それって「やり直し」じゃなかったの?~
引っ越し、それって「やり直し」じゃなかったの?
引っ越しってさ、ひとつの節目だと思ってたんですよ。
“古い空気を断ち、新しい空気を吸って、また家族でリスタート!”みたいな。
実は、住むところは再就職先の事務長に一任して(遠方だったので)。
空港からタクシーで指定されていた不動産屋に直行、契約して鍵を受け取り、
はい、お待たせしました。 地雷、踏みました。
契約から鍵の受け取りまではスムーズ。
カチャリ!
アパートの鍵を開けて、新たな暮らしのスタートだ!と、
子どもたちは駆け出し、僕もはしゃぐ。
玄関からベランダまで突き抜ける明るい光。
「ありがとう事務長、写真の通りじゃん!」と、
みんなでベランダに出たりしてはしゃいだ、そのとき
トイレから彼女の悲鳴。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーー!!」
駆け寄ると、口を押えて凝視する彼女。 目線の先は……便器。
便器の中心部、奥へ向かう壁が真っ黒で、隆起している。
水を流しても、ゆっくりとしか下がらない。
ギリギリ溢れないけど、危険極まりない状態。
しばらく呆然。 そして彼女は金切り声で僕に詰め寄った。
(心頭を滅却すれば、火もまた涼し……耳に蓋………僕は耳栓男子!!)
僕は静かに、不動産会社へ緊急通報。
1時間後、トイレの中から「トンチンカンチン・チン貸住宅。」という機械音。
作業終了は、外が暗くなりかけた頃でした。
荷ほどき、子ども部屋の整理、買い出しやら、なんやかんやで1週間が過ぎ、翌週から出勤。そしてご挨拶。
ここにも地雷、仕込まれていました。
彼女を事務職として雇ってもらう約束になっていた。 その打合せも兼ねて、一家で再就職先の事務長室へ。 子どもたちをお行儀よく並ばせて、お礼を述べて本論へ。
僕:「法人内の新規事業の事務職の件ですが…」
事務長:「はぁっ?」
僕:「えっ?」(はぁっ?って何?)
事務長:「あー、あれね。あの採用枠は知り合いに頼まれて、その娘さんを採用しちゃった。」
僕:「…………」
事務長:「大丈夫、大丈夫!すぐ見つかるよ、次の仕事。まあ、まずは島の生活に慣れるのが先じゃない?」
帰路、子どもたちは後部座席に避難させ、運転席と助手席は、関ヶ原の様相。
僕、劣勢の西軍。
彼女:「話が違いすぎない!?」「だから、確認しといてって言ったでしょ!」
僕:「確認してたよ!!」
彼女:「§▼ω;^$✖Σ^¶◆ΘΣ^Π■§^^//……」(耳に蓋してて聞こえなかった。)
翌日から、彼女はハローワーク通い。
彼女は公務員を辞めて、僕の地元に引っ越してきた。
今なら分かる。相当な覚悟だったんです。
彼女のハローワーク通いが始まって数週間。
どこに出しても恥ずかしくないスペックの彼女のはずなのに、
なぜか面接までたどり着けない日が続いた。
履歴書を書きながら、彼女はポツリとつぶやいた。
「私、島に来てから“経歴”しか見られてない気がする」
その言葉に、何も返せなかった。
せめて自分にできることを、と夕飯の品数を少し増やしたり、
子どもたちの世話をこまめに引き受けたり、
家事の負担がかからないようにして、なるべく彼女には早く休んでもらった。
味噌汁の出汁も、いつもより丁寧にとってみた。
“誠意って、出汁で伝わるのか?”
鍋を見つめながら、そんな自問をしていた夜もあった。
でも当時の僕には、それ以上の策もなくて、
それでもなぜか自信だけはあって
「よっしゃ、家族で再出発や!」
と、完全に前のめりモードだったのでした。
章あとがき:新天地って、けっこう段差ありますよね。
鍵を回した先にあったのは、
詰まった便器と、詰まった雇用事情。
しかもそのどちらにも、詰めの甘い“僕”が関与していたという事実。
詰めって大事だなぁ~(*´Д`)
トイレの奥が真っ黒だった時点で、運気はお察しだったのかもしれません。
そして事務長の「はぁっ?」。あの一言の破壊力、たぶん全国共通です。
家族を連れて帰ってきたはずなのに、なんだか自分が先に脱落しかけてる感覚。
でも、そんな“うっかり父”を横目に、
彼女は不機嫌な顔でハローワークに通い始めてました。
そうだよね。
公務員を辞めて、地元も離れて、
頼りにしていたのは「夢を語る男」と、「地雷満載の生活設計」。
そりゃあ、金切り声のひとつやふたつ、出るよね。
(でもあの怒号、特殊記号でしか再現できないレベル。もはやWi-Fiのパスワードかってくらい複雑でした)
けれど、今にして思うんです。
あの日々の“つまずき”は、ただの不運じゃなくて、
自分自身への警告だったんだと思います。
「足元を見ろよ」
「夢ばかり語ってると、転ぶぞ」
「夢語る前に、金稼げ」
全部、自分でツッコミたい台詞だけど、
それでもやっぱり、あれが、俺の“再出発”だったんだなって、今なら思えます。
そして、そんな再出発に必要だったのが、
「一人で事に当たるな」
宇喜多直家(たぶん)の言葉です。
カレーは一人でも作れる。
でも、大鍋で煮込む人生の課題は、たいてい“二人以上推奨”。
重いフタも、焦げついた鍋底も、
誰かと一緒なら、きっと笑って洗える。
家事も育児も、戦もリーダー業も、
ぜんぶ一人で背負ったら、腰をいわすだけ。
「助けて」と言える勇気こそ、家族という城を支える礎なんです。
さて次章では、人生のリスタートを切った男が、なお挑みまくります。
壁があれば登る。地雷があれば(なぜか)踏みにいく。
家庭を背負い、子どもたちを抱え、仕事も軌道に乗り、
気づけば、“絶頂期”のような日々。
でも、その天井の裏には、
静かに、確かに、“影”が忍び寄っていたのでした。
笑って、戦って、泣きそうになって、また笑って。
そんな“父ちゃんモード”全開の次章へ、ようこそ。
巻末レシピメモ【出し殻鰹節、粋な再利用レシピ《後半戦》三選】
【出し殻ポテサラ】
材料(2〜3人分)
・じゃがいも 2個(中サイズ)
・出し殻かつお節 大さじ2
・きゅうり 1/2本(薄切り塩もみ)
・マヨネーズ 大さじ2〜3
・からし 少々(お好み)
・塩・こしょう 適量
作り方
1.じゃがいもは茹でて潰す。
2.出し殻と塩もみきゅうりを加える。
3.調味料で味を整える。
→ 出し殻の旨味が加わるだけで、ポテサラが一晩寝かせた大人の惣菜。ザ・酒の友。
【出し殻のおから炒り】
材料(2〜3人分)
・生おから 150g
・出し殻かつお節 ひとにぎり
・にんじん・ごぼう・ねぎ(お好みで)
・だし汁または水 100ml
・醤油 大さじ1
・みりん 大さじ1
・ごま油 小さじ2
作り方
1.ごま油で具材を炒め、出し殻も加える。
2.おから・だし汁・調味料を加え、水分が飛ぶまで炒める。
→ 出し殻がしっとり感と旨味を倍増。冷めても美味しい、お弁当の常連に。
【出し殻かつおの焼きおにぎり】
材料(2〜3個分)
・ごはん お茶碗2杯分
・出し殻かつお節 大さじ2
・醤油 小さじ2
・ごま油 少々
作り方
1.ごはんに出し殻と醤油を混ぜて握る。
2.フライパンまたは魚焼きグリルで両面を焼く。
3.香ばしく焼けたら、ごま油を塗って風味づけ。
→ かつて出汁で食べたおにぎりが、今度は「香り」で攻めてくる。朝食にも夜食にも粋。
台所・心の一句:「前のめり 置き去りにした 声うしろ」
