【エッセイ】『堪忍の袋と地雷と、キッチンと』第21章:いざ天下分け目の関ヶ原へ~そして大阪・冬の陣へと~
「やっちゃった自分を責めるより、
やっちゃった後、どう立ち直るか」
12月の越後の空にそう誓った僕は、
帰宅するなり、娘たちとの「家族軍議」を開きました。
ちゃぶ台ではなく、ダイニングテーブルに資料を広げ、僕は言いました。
「これより我が家は、戦に突入する。名を、“親権裁判”という関ヶ原じゃ。」
「皆の者、心してかかれ!!」
娘たちは、まるで姫武将。即座にペンを取り、自室に籠城。
やがて出てきた彼女たちの「手記」は、涙あり、怒りあり。
実はここには書けない、僕が知らなかった彼女の驚愕の暗い闇が書かれていました。
こうして我が軍は、正式に弁護士を通じて裁判を起こしました。
親権と監護権をかけた、長きにわたる陣中生活の幕が切って落とされたのです。
新潟在の弁護士を通じて、新潟の家庭裁判所に訴えを起こしました。
裁判って、静かだけど、戦なんですよね。
目に見える剣や怒声はないけど、
一枚の紙、一行の言葉に、すべてが詰まっている。
「提出用控え」「証拠番号」「甲第〇号証」
慣れない言葉に戸惑いながらも、A4用紙を積み重ねた。
プリンターが軋む音にさえ、焦りと覚悟が混じっていた。
相手方(彼女)から届く書面は、驚くほど薄かった。
文字数では僕の1〜2割ほど。
内容も、こちらが見ればすぐにわかる“無理のある脚色”が多かった。
でも、そこで気づいた。
「言葉は、真剣に向き合った人にだけ、重みを与える」んだって。
僕は、1つの書面について、最低6回書き直しました。
泣きながらも、読み返して、推敲して。
そこに書かれていたのは、ただの主張じゃなく、僕と娘たちの歩みでした。
そう、
「我が家の軍議には、評定衆(娘たち)、使者(弁護士)、そして冷静な書記官(父=僕)」がいたのです。
戦国風に言えば、こんな感じです。
『書状合戦の章』
いざ、筆陣構えし日々。
「提出用控え」「証拠番号」「甲第〇号証」飛び交う文言は、まさに文の矢。
A4の巻物が幾重にも積まれ、家中の紙兵(プリンター)が悲鳴を上げる。
(中略)
されど、拙者心得たり。「言の誠は、行の誠より生まれる」と。
魂込めて書いた手記。陳述書は、六度練り直し、
我が筆より滲み出たのは、ただの証拠にあらず、我が方の生き様であった。
我が軍議に集いしは:
評定衆(娘たち)、使者(弁護士)、書記官(父・拙者)
斯くして、関ヶ原は机上にて開戦されしなり。
ベ・ベ・ベン・ベン・ベン・・・
いざ、調査官来訪。試される「平常運転力」
いよいよ家庭裁判所からの知らせ:「家庭調査官が自宅訪問します」
よっしゃ、掃除だ。
いつも以上にピカピカに磨き上げ、子どもたちにも「自然体で」と指示。
当日の様子の中継録画。
僕:「遠くまでご足労頂き、ありがとうございます。粗茶ですが、」
調査官:「これ(お茶)は頂くことができません(キッパリ)。それでは始めます。」
調査の内容は、基本的に僕が書いた訴えの内容があっているか否かの確認です。
ですので、嘘を書いていたり、大げさだったりすると、バレると思います。
彼女が開けた扉の穴を見たり、子ども部屋の確認。もちろん子どもたちにも話を聞き、仮に四女ちゃんが戻ったときに支援してくれる人がいるのかの確認もありました。
僕の場合、従兄夫妻に同席してもらい調査官の面談を受けました。
自宅調査の後、会社の様子も確認したいとおっしゃり、徒歩10分で移動。
(心の声、会社の雰囲気も調査対象なのね…)
それでも、なんとか乗り切りました。
(後日確認できた調査官のメモには、「日常的なやりとりが自然」との記載。
これだけでもう、ご飯三杯いける。)
その後いろいろありました。
新潟の家庭裁判所に呼ばれて、裁判所の交流室で四女ちゃんと「面会交流」。
そうなんです。ほんとに会いたかった四女ちゃんに会えるんです。
面会交流室には先に彼女と四女ちゃんがいました。
彼女は四女ちゃんを抱きかかえるように座り、こちらをキッと見ていました。
いろんなおもちゃが置かれたその部屋に入った僕は、
四女ちゃんに近づいて「こんにちは」と声を掛けました。
ほんとは、すぐにでも抱き寄せたかった。
でも、焦る気持ちをグッとこらえて、おもちゃを手に取ったり、目の前に差し出して見せたり、あの手この手で、心の中で(「お父さんだよ。思い出して!!」)と囁きながら、一緒に遊ぼうと誘い続けました。
しばらく警戒していた四女ちゃん。少しずつ僕の方に寄ってきました。そして、だんだん一緒に遊び始めました。
確信しました。
(「この子、しっかり覚えている!!」)
僕は面会交流が終わるまで、抱きかかえることも頭をなでることもしませんでした。
ただ、一緒にいた頃のように、優しく声をかけ続けていました。
ほんとに限られた時間。10分か、15分程でした。
僕は、ありったけの愛情を込めて声をかけ続けました。
そして、いよいよ審判の刻!!
ついに、裁判所からの通知が弁護士経由で届きました。
メールを開ける手が震える。
まるで戦国時代の使者から「勝敗の軍評」を受け取る気分。
【勝訴】
親権も、監護権も、僕に。
この日だけは、さすがに泣きました。
誰にも見られないように、トイレで。
でも、合戦は終わらず、喜びも束の間。
なんと彼女、高等裁判所へ控訴。
そうなんです。彼女、家庭裁判所の決定を不服として控訴したんです。
なので、今度は東京高等裁判所に争いが持ち込まれてしまうんです。
「まさかの大阪・冬の陣、開戦!?」
まさに、“冬の陣”が幕を開けた訳です。
こちらとしては、もう“越後の虎”でも呼んできてほしいくらい。
(上杉謙信さん、どうかこの現代戦にご出陣を。)
でも、ここで引くわけにはいかない。
子どもたちの未来を、ちゃんと守るって決めたんだから。
次章、「大阪冬の陣」ならぬ「東京高裁の陣」へと続く。
なお、プリンターはこのあと買い替えました(ご苦労さまでした)。
章あとがき:人生において何度もやってくる「関ヶ原」
人生において「関ヶ原」は、何度かやってくる。
でもそれは、ただの争いじゃない。
「誰のために、何を守るのか」
その覚悟を試される戦いなんだと思う。
この章で描いた戦は、紙と言葉と証拠のぶつかり合い。
でも実際に戦っていたのは、自分の弱さと不安、そして怒りだった。
娘たちが姫武将として並んでくれたこと。
裁判所で真剣に耳を傾けてくれた人がいたこと。
それら一つひとつが、僕に「負けない理由」をくれた。
そして今、ふと思う。
書類の山に埋もれ、プリンターを酷使し、“勝訴”に涙したあの日。
それでも家では洗濯物が山積みだったし、カレーは僕が作った。
つまり、どんな戦のあとも、日常は淡々と続く。
その中に、本当の“勝利”があるのかもしれない。
さて次章は、いよいよ決戦は大阪の陣に移っていきます。この戦本当に長いんです。
そんな僕を勇気づけてくれた戦国武将がいた。
「心に欲が湧いたら、昔の“カップ麺すする夜”を思い出せ」
越後の虎・上杉謙信(たぶん戦の合間に)
「心に望み起こらば困窮したる時を思い出すべし」
欲ってやつは、ふとした瞬間に顔を出す。
「新しい靴、買っちゃおうかな~」とか、
「温泉宿で蟹フルコース」とか、ついポチッといきたくなる、あの甘い誘惑。
でも待て。
あのときの俺を、思い出せ。
冷たい部屋で、カップ麺のスープがやたらしょっぱく感じた夜。
財布の残高を見て、スーパーで半額表示を物色したあの日の自分。
そう、人間ってのは、飢えてたときのほうが、なぜかカッコいい。
だからこそ、今、望みがムクムクしたら、こう唱えよう。
「我、インスタントの民なり」
そして気づいた。
カップ麺より、袋麺が経済的だ、と。
巻末のレシピ「袋麺の活用術」
袋麺焼きそば風
・袋麺(醤油 or 塩味)…1袋
・キャベツ・にんじん・ウインナー等…適量
・ごま油・醤油・ソース少々
作り方
1.袋麺を固めにゆで、水を切る。
2.フライパンで具材を炒め、麺を投入。
3.付属スープ半量+ソース少々で味付け。
→ 戦の前夜、冷蔵庫にあるもので勝負する“兵糧戦”メニュー。
王道・袋麺茶漬け
・袋麺(塩・醤油系がおすすめ)…1袋
・ご飯…お茶碗軽く1杯
・刻み海苔・わさび・お茶漬けの素…お好み
作り方
1.袋麺をスープ少なめで作る。
2.どんぶりにご飯をよそい、上から麺とスープをかける。
3.刻み海苔とわさびを添えて完成。
→ 「二日目の戦」感が漂うが、染みる一杯。
※袋麺は「湯さえあれば戦える」最強の兵糧メシです。
でも油断すると、ナトリウム過多で本当に“戦に敗れる”ので、水分補給も忘れずに。
台所・心の一句:「関ヶ原 勝ちても洗濯 待ちにけり」
