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【エッセイ】『堪忍の袋と地雷と、キッチンと』第11章:説得工作、新たなる戦場の舞台へ~「移住への説得工作は、熾烈を極めた。」~

まず一番に向き合わなければならなかったのは、彼女だった。
言葉を選びながら、何度も、繰り返し伝えた。
「このままじゃ、
 君が一番嫌がってた“お義母さんそっくり”になっていくよ」
「義母の介護が…この先、僕にできる自信はない。
 そして、何より君に背負わせるのはもっと無理だと思う」
「島に帰ろう。子どもたちを、のびのび育てたい。
 人の目を気にせず、自然の中で。家族で、もう一度やり直したいんだ」
どこにでもあるような言葉だったかもしれない。
でも、何百回も繰り返すうちに、本気だけが残った。
結婚のとき、彼女は「いずれは島で暮らす」ことに同意していた。
島の暮らしに憧れがあったとは思えない。いや、少しはあったと思う。
でも、たしかに言っていた
僕は、その言葉に、
ずっと甘えていたのかもしれない。
彼女は最初、あいまいに笑っていた。
「でも、今は安定した仕事もあるし…」
「あなただって、仕事順調でしょ?」
「子どもたちの学校とか保育園どうすんのよ?」
「私、島に知り合いなんていないよ?」
「お金どうすんのよ?」
それは、当然の反応だった。
でも僕は、毎日のように話し続けた。
ときに台所で、
ときに子どもたちが寝たあとで、
ときに小さな喧嘩のあとに、そっと切り出した。
「君の“今”だけじゃなく、10年後の“君”を考えたうえで、
 この場所が本当にいいのか、それが、ずっと引っかかってるんだよ」
「俺の夢、いつかは会社を作って、ちゃんとした仕事をしたいんだ。
 君にとっても、きっといい話になると思う」
何度も攻防戦を繰り返した。
試合をひっくり返された夜もあった。
僕が折れて、
「分かったよ。もうこのまま新潟にいよう!!」
と漏らした夜もあった。
でもやがて、彼女は口数を減らしていった。
そしてある晩、静かにこう言った。
「あなた、本気なのね」
「ちゃんと責任、取ってよ」
それが、合図だった。
彼女の決断した最大の理由
それは母親(義母)との嫌だった思い出。確執、親離れ、そして、自立。
ずっと胸につかえていた、母親のわがままと支配に対する反発心。
僕は、それを知っていた。だからこそ、
それを説得の材料に使ったのかもしれない。
卑怯だったのかもしれない。
いや、卑怯な作戦だったと思う。
でもその時の僕は、どうしても“島へ帰る”という選択肢を手放したくなかった。
この思いは、のちに静かに、でも確かに、僕自身を苦しめる“尾”となって、ずっと続いていくことになる。


義母の説得は、台風の中で傘を差して歩くようなものだった
一歩進んでは吹き戻され、
傘をひっくり返され、
声を張っても、風にかき消される。
毎回、決裂大百科。
「私をひとり置いていくの?鬼!!」
「この家どうすんの!? 人でなし!!」
「庭木だって、どうすんのさ!!」
「お墓は?誰が管理するの?」
「私は一緒には行かないよ!!」
正直、憎まれ口には慣れていた。
僕は静かに繰り返す。
「お義母さんの気持ちも、わかっています」
「でも、連れてはいけません」
代わりに提案した。
「時々、孫たちを会いに来させます」
「時には島に招待もします」
これが、最終的に採用された“見返り案”だった。


周囲の反応と、子どもたちの即答
職場では、惜しむ声と共に送り出された。
県の協会や音楽関係の仲間たちからも、
「残念だけど、新しい道を応援するよ」
と、あたたかい言葉をもらった。
ご近所さんたちも自治会館で送別会を開いてくれた。
思いがけず、涙ぐむ人までいて、胸が詰まった。
でも、
いちばん軽やかだったのは、子どもたちだった。
「えー!?島に引っ越すの!?」
「やった!海ある!?イルカいる!?」
僕がいちばん驚いた。
この子たちが、まっすぐ“楽しみ”を見つけてくれたことに。
感謝した。
こうして、旅立ちの支度は少しずつ整っていった。
(※めっちゃ省略して書いていますが、この辺の一年はいちばんしんどかったです。)


移住前夜
でも、決まってからが本番だった。
眠れない夜が続いた。
重圧。
それは“家族の人生を背負う”という、無言の荷物だった。
自分で「やろう」と言ったのに、
どこかでずっと、こう思っていた。
「俺、本当に大丈夫か?」
彼女に対する、絶対的な責任。
それを、自分の中でどんどん大きくしていった。
その“信頼”に応えることは、
言葉にしなくても、すでに交わされた“約束”だった。
嬉しさの中にいるはずなのに、
ぽつり、ぽつりと灯っていく“責任”という灯。
夜が更けるたびに、
それが胸の奥でじわじわと重くのしかかってくる。
島に帰れる。
その喜びのすぐそばに、
眠れない夜が横たわっていて、どんどん大きくなっていた。


旅立ちの朝
荷造りは、前日の夜遅くまでかかった。
段ボールに詰めたのは、服や食器だけじゃない。
数々の地雷の思い出と、葛藤と、そして少しの未練。
朝が来た。
曇り空。静かな朝だった。
雪国の春はまだ冷たくて、
でもどこかで、少しだけ風が柔らかかった。
義実家の玄関で最後の一礼をしたとき、
義母の姿はなかった。
見送りに来ないのは予想通りだったが、
それでもほんの少しだけ、後ろ髪を引かれる気がした。
タクシーに乗り込むと、
子どもたちはもうワクワクが止まらない様子だった。
「海いつ見える?」「イルカいるかな?」
彼女は後部席で静かだった。
いつものように化粧を済ませ、
静かに前を見ていた。
それだけで、彼女が覚悟を決めていることがわかった。
タクシーに乗り込み運転手さんに声をかける。
大きく深呼吸したら、ギアを入れる音がした。
アクセルの踏まれる音もした。
一つの生活にピリオドを打った音に聞こえた。
こうして僕たちは、
島へ向かって走り出した。
“新しい暮らし”が待つ場所へ、
“約束を果たすため”の帰還へと。


もうひとつ
義実家の玄関で最後の一礼をしたとき、
僕の一礼は、もう一方にも向かっていた。
キッチンという戦場で、何度も肩をたたき合った戦友・冷蔵殿。
また会える日が来るのかは、わからないが、最後の晩、いつもより丁寧に、
野菜室に大根を納めながら、僕は静かに別れを告げたのです。


キッチンという戦場で、
毎夜、黙って食材を受け取り合った戦友・小早川冷蔵殿へ。この時はまだ、離れ太夫殿の活躍が待っていることに、気づいていない二人だった…。
「さらばじゃ!冷蔵殿!!」


章あとがき:説得とは、煮物料理のようなもの
説得って、その時まで“言葉で相手を丸め込むこと”だと思っていました。
でも違いました。
何度も話して、何度も黙って、
ぶつかりそうになって踏みとどまり、大声を浴びせ合い、
ときに慰めあい、また距離をとって……
そんな夜をいくつも超えた先に残ったのは、
駆け引きでも理屈でもない、たった一つの“本気”でした。
この章で描いたのは、「覚悟」と「責任」。
島に帰るという選択は、逃げ道ではなく、
かつての自分へのリベンジであり、
これから共に生きる家族への“人生投資”でした。
彼女の「責任、取ってよ」は、人生最強レベルの“圧”だったと思います。
あれはもう、魂にかかるスーパーボディプレス。
この帰還の旅は、その第一歩。
「大丈夫、俺が全部背負うから!」
(心の声:背負えるかどうかは、明日の俺に任せよう)
でも、不思議とあの瞬間、
膝の震えはあったのに、背中だけはスッと伸びていた気がします。
映画だったら、きっとスローモーションの横顔に、
オレンジ色の夕焼けカットが差し込んで、
そこに流れるBGMは、
そう、ビリー・ジョエルの『Pressure』。
「プレッシャ~~♪」って鳴ってる横で、
僕は内心「ほんまそれな」って頷いてました。
プレッシャーって、案外“覚悟”の背中を押してくれる奴なんですよ。
(心の声:つまり外圧な。ペリーの黒船かよ。開国しろ!!って話?)
そして、そのとき頭に浮かんだのが、
あの豊臣秀吉(たぶん)の名言。
「戦わずして勝つ、が最高のコスパ。」
揉めたら、おかずは冷めるし、台所は確実に散らかる。
感情をぶつけ合ったぶんだけ、洗い物が増えていく。
そして最後に残るのは、
微妙な味の夕飯と、無言の食卓。
これ、我が家の戦国あるある。
準備は裏でしっかり。
情報は前もって入手。
相手が気づいた頃には、もう結果が出てる。
まるで、冷蔵庫の残り物で作った夕飯に、
「これ、どこで買ったの!?」と家族が驚く、
そんな瞬間に似ています。
戦わずして勝つとは、つまり、
「気づけば満たされていた」あの穏やかな境地なのかもしれません。
……なんて、分かったようなことを言っていますが、
現実は、そう甘くありません。
次章。帰郷した僕を待っていたのは、
まさに、戦国乱世さながらの舞台の幕開け。
その火蓋は、やがて天下分け目の関ヶ原へとつながっていきます。


巻末レシピ:野菜室に納めた大根で作る、粋なつまみ三選
一、【大根の皮のきんぴら】最後の一片まで、無駄にはせぬ。職人魂の端っこ使い。
材料(2人分)
・大根の皮 15〜20cm分(細長く剥いて千切り)
・ごま油 小さじ1
・鷹の爪(輪切り) 少々
・醤油 小さじ1
・みりん 小さじ1
・白ごま ひとつまみ
作り方
1.フライパンにごま油を熱し、大根の皮を中火で炒める。
2.しんなりしてきたら、鷹の爪・醤油・みりんを加える。
3.汁気が飛ぶまで炒め、白ごまをふる。
→ 日本酒のアテに最高な‟無駄削ぎ術”。
二、【大根の塩昆布和え】切って混ぜるだけ。だが、それがいい。
材料(2人分)
・大根(5cmほど・短冊切り)
・塩昆布 ひとつまみ
・ごま油 数滴
・柚子皮 or 七味(お好みで)
作り方
1.大根に塩少々をふって5分おき、水気を軽く絞る。
2.塩昆布とごま油で和える。柚子皮や七味を添えてもよし。
→ ビール・焼酎・冷酒、すべてに合う万能つまみは“引き算の美学”。
三、【大根のステーキ 〜味噌バター仕立て〜】大根主役の肴の座。
材料(2人分)
・大根(輪切り2枚、厚さ1.5〜2cm)
・バター 10g
・味噌 小さじ1
・酒 小さじ2
・みりん 小さじ1
・黒胡椒・青ねぎ 少々
作り方
1.大根を下茹でする(竹串がすっと通るまで)。
2.フライパンにバターを溶かし、大根を焼きつける。
3.味噌・酒・みりんを混ぜて加え、絡めながら煮詰める。
4.黒胡椒をひき、刻みねぎを散らして完成。
→ これぞ、酒と語る“大根の天下取り”。

台所・心の一句:「口説くなら 鍋と具材と 火の加減」

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