うにっき帳 vol.44|自分史編|伝説の伯父さん(3)
はじめに
こんにちは。吉村うにうにです。「うにっき帳」のvol.44を掲載します。
「うにっき帳」は日記と銘打っていますが、①日記編 ②語彙増量編 ③自分史編の三部のいずれかを取り上げます。
今回は、自分史編です。「伝説の伯父さん」の続きです。前回読んでいらっしゃらない方、(1)(2)はこちらです。
では、始めます
ちなみに、本文は常体で書いております。また、日付は自分史編では、エピソードが生じたと思われる日です。
恐らく一九八二年 伝説の伯父さん(3)
伯父は、学力の問題か結核によるものか浪人をして、その後に徳島大の医学部へと進学した。学生時代お見合いをして、その相手と卒業後に結婚してからが、彼の波乱万丈な人生のスタートだった。性質の合わない人間――伯父のような変わった人と合う人は少ないだろうが――と結婚する事は不幸を生む。うちでよく話題になるのは、一族内の結婚、離婚の物語だ。伯父のお見合いを設定した仲人は、徳島の長者番付の載るほどの裕福な呉服屋さんの娘を連れてきた。仲人から見れば、お見合いの片方は開業医、もう片方は商売人と、この二つの家の縁談を取り持てば、多額の謝礼が得られると思ったに違いない、と母は見立てていた。伯父はその後、母や祖母が「オットセイ」とあだ名をつけた呉服屋の娘との新婚生活をスタートさせた。
伯父は、女性好き、特に夜職の女性が好きだったようであるが、妻のオットセイも問題の多い人だったらしい。まずは、金遣いの荒さが目立ったようである。伯父が医師として稼ぎ始めた頃、毎月残高が足りないと銀行から矢のような催促が来ていたらしい。調べてみると、当時、オットセイは百五十万のダイヤを月賦で買っていたことが判明した。恐らく一九六〇年代の話であるから今の価値に換算すると、その何倍ものお金だっただろう。その上、男性関係が結婚後も派手だったらしい。不倫の時には堂々と「今から浮気してくる」と言って家を出るのだそうだ。母はそれを聞いて「殴ってでも止めなさい」と叱ったそうだが、そういった問題は暴力で解決するものでもないだろうと思う。
(つづく)
さいごに
今回は自分史で、伯父さんの新婚時代の話を書きました。昔はお見合い結婚が主流だったようです。ちなみに、海外の研究によると、恋愛結婚よりもお見合い結婚の方が、周囲が冷静に合う二人を選ぶので幸福度が高いそうです。ただ、この二人には当てはまらなかったようです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
