見出し画像

NGOを追われ、事業に失敗し、それでも生きている私の話 #失敗談 #人生再建 #海外生活 #副業 #リアルストーリー

はじめてのnoteと書き忘れたnote


私について少し話をします。

本当なら、最初の記事は「はじめてのnote」と書くべきだったのかもしれません。
多くの人がそう書いていますよね。

でも私は、それを書きませんでした。

というより――

書き方が分からなかったんです。


なので、少し遅れてしまいましたが、
ここで書こうと思います。



「はじめてのnoteと書き忘れたnote」


そんな感じで、今回は私のこれまでの話をしていきます。



カンボジアに行った理由

私は2009年にカンボジアに入りました。

当時の私は、日本での生活にどこか違和感を感じていて、
「このままでいいのか」と思いながら生きていました。


そして選んだのが、海外でした。


特に強い理由があったわけではありません。

ただ、

「環境を変えれば何か変わるんじゃないか」

それだけでした。


今思えば、かなり無謀だったと思います。


NGOでのボランティア

カンボジアに入って最初に関わったのは、
栗本さんという方が運営していたNGOでした。


場所はボイペト。(タイトの国境の町)

ジャングルのような場所です。


電気も安定しない、インフラも整っていない。


日本とはまったく違う環境でした。


長いとこだと1週間、停電の時もパソコン


するときも充電がなくそのとてつもない


暇ない時間を耐えなければならなかったのは

信じれないほど大変だったことを覚えてます。


でも私は、そこで必死にやろうとしていました。


村長との酒

ある日、私は村長の家に招かれました。


これは、ある意味チャンスでした。


現地に溶け込むためには、
こうした人との関係がとても重要だったからです。


出されたのは、地元の特別な酒。


断れる雰囲気ではありません。


私は、その場で一生懸命やりました。


  • 話を合わせる

  • 笑う

  • 飲む


「ここで信頼されなければ意味がない」


そう思っていました。


でも、結果は最悪でした。


酔いつぶれた夜

私はもともと酒が強くありません。


それでも無理をして飲み続けました。


そして――

完全に酔いつぶれました。


気がついたら、NGOの施設に戻っていたようです。


その日は、日本からのお客様が来ていました。


そして私は、

そのお客様に対して失礼な態度を取ってしまったらしいのです。


正直、ほとんど覚えていません。


ただ、その結果だけが残りました。


信頼を失うということ

翌日、私は強く叱られました。


そしてそれ以上にきつかったのは、

周囲の空気でした。


  • 視線が変わる

  • 距離を取られる

  • 会話が減る


私はただ、現地の人と仲良くなろうとしただけでした。


でも、その行動がすべて裏目に出ました。


そして結果的に、


私はそのNGOを離れることになりました。


助けてくれた人たち


そんな私を助けてくれたのが、

地元の小学校の先生たちでした。


彼らは、私にこう言いました。


「ここに住めばいい」


私は、小学校の前にある家を借りました。


家賃は月25ドル。


今思えば、本当にありがたい話です。


小さな事業のスタート

私はそこで、何とか生きていくために動きました。


タイへ行き、ノートパソコンを5台購入。


そして、

  • パソコンを教える

  • 英語を教える

という小さな仕事を始めました。


でも現実は厳しかった。


お金がないという現実

生徒はほとんど来ません。


来ても、


月に10円程度しか払えない


そんな状況でした。


ビジネスとしては成立しません。


ここで私は、はっきりと理解しました。


「良いこと」と「続けられること」は違う


クラチエへ

私は次に、クラチエへ移動しました。


ここはメコン川沿いの町で、


クラチエ市場より

イラワジイルカの群れが住み着いており、街の観光資源となっている。近年は、エコ・ツーリズムブームのためか、ここを訪れる観光客が増加している。観光船はクラチエから北に数キロ行った村から発着している。カンボジアのメコンイルカ保護プロジェクト ( Cambodian Mekong Dolphin Conservation project ) によると、カンボジアのメコン川上流には110匹を越えるカワイルカが生息している。

Wikipediaより

観光もあり、寺院もあり、
可能性を感じた場所でした。


インターネットカフェへの挑戦

私はここで、


インターネットカフェを始めました。


場所は、少し外れたところ。


正直、立地は良くありませんでした。


でもやるしかなかった。


結果は――


やはり、うまくいきませんでした。


それでも残っている記憶


クラチエでの生活は、今でも印象に残っています。


メコン川で体を洗う。


日本では考えられないことですが、
あれが日常でした。


そしてここで、


今の妻と出会いました。

この出会いについてはまた別記事にしますので

楽しみにお待ちください。


人生は何が起こるかわからない

事業は失敗しました。


でも、出会いはありました。


人生は本当に分かりません。


プノンペンへ


その後、私は首都プノンペンへ移動しました。


ここなら何とかなると思ったからです。


政府関係の人ともつながり、
仕事を進めようとしました。


JICA関連や、住民台帳のシステム導入など、
IT系の案件にも関わりました。


日本企業と現地をつなぐ役割もしていました。


そしてまた失敗

でも、結局はうまくいきませんでした。


それどころか、


騙されました。


お金を取られ、
信頼していたものが崩れました。


それでも11年いた理由

それでも私は、カンボジアに11年いました。


そこに家族ができたからです。


妻と出会い、結婚し、
子供が生まれました。


その子が今、14歳です。


日本に戻って

2020年、日本に戻ってきました。


そして現実を見ました。


  • 仕事がない

  • 年齢が壁になる

  • 収入が不安定


正直、きつかったです。


そして今

今、私はAIに取り組んでいます。


ここまで、失敗ばかりでした。


でも思っています。


「まだ終わっていない」


最後に

これは、はじめてのnoteを書き忘れた人間の話です。


でも同時に、


何度失敗しても、
まだやり直そうとしている人間の話でもあります。


もし今、

  • 何をすればいいかわからない

  • 不安がある

  • 動けない


そんな人がいたら、


一つだけ言います。


まだ間に合います。


私は62歳からです。


ここから、どうなるか。


それも含めて、これから書いていきます。

最後に

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

私はこれまで、

  • 海外での失敗

  • 事業の失敗

  • 人に騙された経験

正直に言って、うまくいかなかったことの方が圧倒的に多い人生でした。

だからこそ、今強く思っています。


「これ以上、同じように騙される人を増やしたくない」


今の副業の世界は、正直かなり危険です。

  • 簡単に稼げる

  • AIで自動化

  • 誰でも月収100万円

こういった言葉の裏には、ほとんどの場合“仕組み”があります。

そして、その仕組みを知らない人が、損をする側に回ります。


私は実際に、
騙されてお金を失った経験があります。

だからこそ分かるんです。


「どこが危ないのか」
「どこで見抜けるのか」


現在、ココナラで
「副業で騙されないための判断サポート」
というサービスを行っています。


  • この副業は安全なのか

  • この人は信用できるのか

  • この案件はやるべきか

そういった「判断」を、一緒に整理していきます。


特別なスキルは必要ありません。

ただ一つ必要なのは、


「これ以上、失敗したくない」という気持ちだけです。


もし少しでも不安があるなら、
一人で判断しないでください。


あなたのその一歩を、無駄にしてほしくないので。



いいなと思ったら応援しよう!