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【雑記】陽にさらされた不発弾

国語と歴史の教科書と、資料集が大好きな中学生だった。

90年代の終わり、ムラと呼びたくなるような小さな田舎町の田畑と民家の中の学校は、見上げる空と草ぼうぼうのグラウンドこそ広いものの息苦しくてたまらなかった。
クラス全員の父母どころか、祖父母たちがみんな「あれは◯◯の家の、n番目の娘or息子」と自分のことを知っている。娯楽が少ないせいなのか、少し前まではただの一歳二歳上の◯◯ちゃんだっただけの人間が、やたら後輩を奇妙なルールで縛る先輩になっている。そして、こんな狭い世間なのに、「ウチらはこの中でイケてる」とか言い出す人間が現れ、おかしなルールを継承して先輩ヅラをし始める。

私はその全てが嫌だった。
きっと、何人か同じように居心地の悪さにむずむずしていた級友もいたはずなのだ。けれども当時の私は、まるで自分だけが孤独で、他はみんな敵、もしくはこの環境に疑問を持たない鈍った感性の持ち主かのような壮大な勘違いをしていた。しっかり中二病にかかっていた、というだけの話か。

私にとってそんな日々の救いは、読書と勉強、テレビくらいだった。ガリ勉がバカにされる風潮だったから、それを気にせずに勉強さえすれば狭いクラスではすぐ優等生になる。先生の覚えがよければ美術室を一人で借りられたし、ほんの少しサボって保健室の先生と雑談していても疑われない。クラスで「ウチら最強」とでかい顔をする子や、先生に馴れ馴れしく振る舞い不真面目さをごまかそうとする子への、私なりの反抗だった。

ネット通販以前の時代、小遣いが少ない上にろくに商店がない町に暮らしていたので、本や漫画を次々買うわけにもいかない。学校の図書室といえば、古い本の中に新しく加わった「ハリーポッター」シリーズの奪い合いで、なんとなくその中には混ざれなかった。「赤毛のアン」シリーズを全て読んでしまうと、せっかく置いてある名作シリーズも、「吾輩は猫である」一冊でなんとなく読むのをやめてしまった。古くてやたら重厚な装丁の文学全集的なものを手にする覚悟がなかったのかもしれない。
そこで私は教科書とセットで配布された資料集を娯楽として味わうことにしたのだ。特に歴史と国語。歴史では、源頼朝と高杉晋作の顔ファンだったような気がする。

一番好きだったのは、国語の資料集「国語便覧」だ。十二単の色の重ね方解説ページが一番好きで、特に意味はないけど、文字と響きの美しさに惹かれてノートに「浅葱色、萌葱色」と書きうつしていた記憶がある。

そして、作家の顔写真と代表作紹介ページ。私はこれを読んで吉本ばななと山田詠美を知った。明治〜昭和のいかめしい顔つきの男たちが並ぶリストの後方に突如あらわれた二人は、1990年代後半の「国語便覧」の中でまだ新星扱いだった。古い本ばかりの図書室からなんとか「ぼくは勉強ができない」を探し出して読みはじめ、あけすけな性的描写に「これが図書室にあっていいの?!」と慄きつつ魅了された。なぜか吉本ばななは小説が見つけられずまずエッセイ「パイナツプリン」を読んだ。そのエッセイにはブルーハーツや吉川ひなのを褒め称える文章が載っており、学校で配布された資料集に載ってる作家がそんな文章を書いていたことに当時の私は衝撃を受けた。

https://ddnavi.com/book/4048832433/

学校→教科書→真面目→性描写&エンタメNGみたいな意識が植え付けられていたのだろう。読み返すことがないものの30年近く経っても忘れられない思い出の二冊だと思う。
面白くて不真面目な作品を読んでるのに、全く小説に興味のない相手にならば見つかっても全くバレないのが愉快だった。


その後、読書への興味が深まったり薄まったりしながら迎えた40代。
国語好きなんて言っておきながら恥ずかしいのだが、梶井基次郎の「檸檬」は有名なフレーズ以外未読だ。それなのに、ふと見かけた公園のベンチにしなしなのレモンが置き去りにされていたのを目にしたら「あ、不発弾か」と反射的に思い浮かべてしまった。なんちゃって文学少女にもそんな風に文章表現の面白さを事前に植え付けてくれた、この「国語便覧」は偉大だなと改めて思っている。
中学の同窓会に出るにはかなり思い切りが必要なほど級友とは疎遠にしているが、いつか再会したとしたら話のネタとして「資料集って面白かったよね?」と隣に座った誰かに聞いてみたい。

(今回のトップ画像は、外出先のとある街で実際に見かけた置き去りのレモンを撮影したもの)

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