「ふえる俺」

シナリオ「ふえる俺」

登場人物
板野大助(28)  コンビニのバイト店員
松田レイジ(28) 中身が「大助」の秀才
岸本早苗(29)  大助のアパートの大家
岡野 豊(50)  第三の「俺」
戸口健吾(17)  親を刺した高校生
ミキ(20)    レイジの恋人
店長(45)    コンビニの店長
店員(23)    大助に毒づく同僚
女将(52)    居酒屋の女主人
岡野の娘(25)
おばさん(60) 大助らに事件を教える

 あらすじ

 都会の片隅で淀んでいた青年が人生の目標を見出す再生の物語。
 板野大助(28)はコンビニ店員として深夜バイトに明け暮れる毎日。ある日、金髪のイケメン秀才・松田レイジ(28)がアパートに駆け込んでくる。中身は「板野大助」だと話すレイジは大助と同じ記憶を持っていた。どうやら自殺しようとしたレイジの体に大助の魂が乗り移ったようだ。アパートの大家・岸本早苗(29)と恋に落ちるレイジ。早苗に想いを寄せていた大助は複雑な胸中。
 さらに瀕死の状態で岡野豊(60)が第三の「俺」として現れる。死のうとした人間ばかりに大助が乗り移るという奇妙な現象。こんな状況が続けば「俺」が増えすぎて手に負えなくなる。だが、日々に流され問題に正面から向き合えない大助。大助と衝突したレイジは「中身が板野大助だ」と早苗に正直に告白する。事実を知った早苗は去ってしまった。
 大助が入院中の岡野を見舞う。別れた家族の世話を受け、穏やかな表情の岡野。心を動かされた大助はようやく前に向き、レイジと話し合う。だが、とうとう事件が起こる。親を刺して逃げている高校生がいるというのだ。悪い予感は的中し、血だらけのシャツを着た戸口健吾(17)が「俺」として大助のアパートに現れた。何もしていない「俺」が逃走犯に? もう一刻の猶予もない、と大助らは事態の打開に動く。
 部屋の押入れから見つかる古い練炭。上京したばかりの頃、三年で成功しなければこの練炭で自殺するつもりだったと中身が「俺」の健吾が話す。そんな約束はしていない、と十年前の「俺」と決別して練炭を叩き割る大助。すると、レイジらの体に変化が起こる。ついに元の体に戻っていくレイジたち。
 コンビニの店長から新店舗の店長を任される大助。新たな人生の始まりに心を引き締める大助だった。

シナリオ本文(ここから)

○大助の部屋
  古いアパートの一室。
  薄いカーテン越しに冬の陽光が射しこむ。
  板野大助(28)のサエない寝顔。
大助「(ドアがノックされ)?」
男の声「誰か! いるなら開けてくれ」
  切羽詰まった男の声。
男の声「俺、板野! 板野大助」

○大助の部屋の前
  一階手前のドアを叩く長身金髪の二枚目、
  松田レイジ(28)。

○大助の部屋
  布団から出る大助。
レイジの声「俺だよ! 板野大助!」
大助「やべぇ。俺の名前言ってるし」
  ドンッと蹴られるドア。
大助「おい! 警察呼ぶぞ」
レイジの声「呼べよ! 話せば分かるから」
  大助、チェーンを掛けたまま鍵を開ける。
  と、レイジが体当たりで飛び込んでくる。
大助「うわッ!」
  ドアごと飛ばされる大助。
  壊れたチェーンが揺れる。
大助「テメェ、弁償しろよ!」
レイジ「大丈夫。俺の部屋だし」
  笑みを浮かべるレイジ、
レイジ「ここに保険証」
  と、棚から大助の健康保険証を出す。
レイジ「ここに千円」
  棚の奥に隠していた千円札を取り出す。
大助「泥棒?」
レイジ「泥棒じゃねーよ。俺がここに住んで
 る証拠だろーが。お前は?」
大助「こ、ここに住んでる板野です」
レイジ「ふざけんな。松田クンか?」
大助「誰だよ、ソイツ」
レイジ「これ」
  レイジ、『松田レイジ』の学生証を出す。
大助「テメェの顔じゃねーか。写真見ろ」
レイジ「中身だよ。お前、松田じゃねーの?」
大助「だから板野」
レイジ「おい。なら、この話知ってるか?
 小三の時、教室で飼ってたウズラが死んだ
 ろ? あれ、俺がエサをやり忘れたから」
大助「ウッ! それ誰にも言ってねえぞ」
レイジ「俺だけの秘密だよな?」
大助「お前、マジで中身が俺なの?」
レイジ「何で俺が二人いるんだ?」
  岸本早苗(29)が顔を出す。
早苗「あの」
大助「早苗さん! 家賃なら今月はもう」
早苗「違うの。何かドンって音がしたから」
大助「コイツがふざけただけで。友達っス」
レイジ「はじめまして! 怪しい者では」
  レイジ、学生証を早苗に見せる。
早苗「えッ? 東京大学って、東大?」
学生証を覗き込む大助。
大助「マジかよ!」
レイジ「はい! 東大生の松田レイジと申し
 ます。よろしくお願いします!」
  レイジ、強引に早苗と握手する。
早苗「よ、よろしくね」
レイジ「俺、カッコ良くないっスか?」
早苗「は、はい」
レイジ「東大だし」
早苗「ね」
レイジ「どうスか? 俺みたいなタイプ。俺、
早苗さんはド真ん中のストライクっす!」
早苗「あ、ありがとう。そんなこと言われた
 ことないから嬉しい。じゃ、私はこれで」
  腰が引ける早苗、逃げるように立ち去る。
レイジ「初めて触ったよ! 早苗さんの手」
  興奮するレイジをまじまじと見る大助。
大助「お前、ホントに俺なんだな」

○レイジのアパート
  外階段を上がっていくミキ(20)。

○レイジの部屋の前
  ミキ、ドアをノックするが応答なし。
ミキ「チッ」

○大助の部屋
  スマホが鳴り、苛立つレイジ。
レイジ「またか」
  着信画面に『ミキ』の表示。
大助「出ろよ」
レイジ「誰か分かんないし」

○レイジの部屋の前
  ミキ、スマホを片付け、ため息。
ミキ「テスト受けないとまた留年じゃん」

○大助の部屋
  学生証を見ているレイジ。
レイジ「二十八でまだ学生かよ」
大助「俺だって二十八でまだバイトだろ」
レイジ「言うと思った」
大助「なあ、マジで俺のこと騙してない?」
レイジ「そんなら東大の問題出してみろよ。
 答えられねえから」
大助「俺だって東大の問題出せねえし。じゃ、
 俺クイズ! 中三の時の担任は?」
レイジ「佐山先生。よくチャック空いてたな」
大助「正解!」
レイジ「そんなら高校でアダ名がフランケン
 だった野球部のエースは?」
大助「山下!」
レイジ「正解」
大助「バイト問題。店長が今晩やっとけと」
レイジ「換気扇の掃除だろ。つまんねえな!
 全問正解だし。なぜなら?」
大助・レイジ「二人とも俺だから!」
  レイジのスマホにメールの着信音。
レイジ「メールだって。またミキって子」
  大助、レイジからスマホを取る。
レイジ「見るのかよ?」
大助「急用かもしれないだろ」
  メールを開いて読む大助。
大助「テスト?」
  大助、スマホをレイジに投げ返す。
大助「テスト受けないと留年だって」
レイジ「知るか。それどころじゃねーし」
大助「かわいそうにな。せっかく東大入った
のに、中身が俺なんかになって」
  うつむくレイジ。
レイジ「そうでもないかも」
  レイジ、立ち上がる。
レイジ「見せたいものがある」
大助「どこへ行くんだよ?」

○レイジの部屋
  天井から垂れている首吊り用のロープ。
大助「見せたいモノってこれ?」
  ロープの輪を見上げ、顔をしかめる大助。
大助「死のうとしてた?」
レイジ「分かんね。気がついたらこの部屋で
 倒れてたから」
  机に飾られたレイジとミキの写真。
大助「フン。さっさと出よう。誰かに会った
 ら面倒だ」

○大助の部屋 
  チャーハンを作っている大助。
  ノックして早苗が入ってくる。
早苗「あの、お友達は?」
大助「あ、風呂っス」
早苗「これ、良かったらどうぞ」
  早苗、肉じゃがの小鉢を差し出す。
早苗「おいしいかどうか分かんないけど」
大助「ありがとうございます!」
  風呂場から裸で出てくるレイジ。
レイジ「パンツねえぞ!」
早苗「キャ!」
  大助、早苗の前に立ち視界を遮る。
   ×     ×     ×
  チャーハンをかきこむ大助とレイジ。
大助「着替え持ってくりゃよかったな」
レイジ「松田クンの? やだよ、他人のパン
 ツなんか。買うから金くれない?」
大助「お前のパンツを俺が払うの?」
レイジ「俺のパンツはお前のパンツだろ」
大助「ンなわけねーし」
  肉じゃがを頬張るレイジ。
レイジ「これ、ウメエな!」
大助「早苗さんが手料理くれるなんて十年住
んでて初めてだよ。お前さ、付き合えるん
じゃねーの? うまくいけば」
レイジ「早苗さんと?」
大助「いける気するだろ?」
レイジ「おう!」

○商店街
  帽子を深くかぶったレイジ、早苗と歩く。
レイジ「初めてのデートがパンツ買いに行く
 なんてさ、何かパッとしないよね?」
早苗「これってデートなの?」
  洋品店に入っていく早苗とレイジ。
  ミキが自転車に乗って通りかかる。
ミキ「レイジ?」

○洋品店
  男性用のパンツを買うレイジと早苗。
  ミキ、店内に入ってくる。
女店主「いらっしゃい」
  ガンを飛ばしてくるミキに気づくレイジ。
レイジ「!」

○洋品店の前
  早苗の背中を押しながら店を出るレイジ。
ミキ「ちょっと待って!」
  ミキが追いかけてくる。
  レイジ、早苗と手をつなぎ駆け出す。
レイジ「走るぞ!」

○商店街の路地
  路地に逃げ込むレイジと早苗。
  自転車のミキ、気づかずに走り過ぎる。
  レイジと早苗、ホッとして笑い合う。
早苗「誰?」
レイジ「さあ」

○二階のレイジの部屋
  何もない部屋でくつろぐレイジ。
  早苗が電気ポットでお茶を淹れる。
レイジ「ありがとう。何から何まで」
早苗「いいの。どうせ空いてる部屋だし」

○大助の部屋
  天井を見上げ、真上の部屋にいるレイジ
  に悪態をつく大助。
大助「アイツばっか、いい思いしやがって」

○二階のレイジの部屋
  窓の外を眺めながらお茶をすするレイジ。
  早苗がレイジの横に座る。
早苗「記憶、どう?」
レイジ「全然」
早苗「さっきのカノジョさん見ても?」
レイジ「写真で顔は知ってるけど、どんな人
なのかさっぱり」
早苗「でも、戻れるなら元に戻りたいよね」
  レイジ、真剣な目で早苗を見る。
レイジ「俺はずっとここにいたい」
早苗「いいよ。ここにいて」
  恥ずかしそうに笑う早苗。
  照れるレイジ、だが苦く笑う。
早苗「何?」
レイジ「でも記憶が戻ったら、きっと早苗さ
んのことを忘れちゃうんだ」
早苗「その話、何度聞いても全然分かんない」
  早苗、レイジにキスをする。
早苗「この記憶も?」
レイジ「忘れない! 早苗さんのことだけは
 絶対忘れない!」
早苗「忘れたら、また最初からやり直せばい
 いじゃない。また、初めましてから」

○コンビニ・外観(夜)
  幹線道路沿いにあるコンビニ。

○コンビニ・店内(夜)
  レジ奥の換気扇の掃除をしている大助。
  バックヤードから店長(45)が来る。
店長「板野、今夜残れる?」
大助「あ、延長っスか。いいですよ」
店長「いつもすまんな」
  バックヤードへ戻っていく店長。
  同僚店員(23)が笑う。
店員「板野さん、たまには断れば? 都合よ
く利用されてるだけですよ」
大助「店長が困ってんだから」
店員「ボク、板野さん見てると焦るんです。
数年後こうなっていたくないなって。出会
えて良かったです。かなり影響受けてます」
大助「そりゃ良かったね」
店員「板野さん、二十八でしたっけ? 夢と
 か人生の目標ってないんですか?」
大助「生きていくので精一杯」
店員「尊敬します」
大助「お前な」
  客が入ってくる。
大助・店員「いらっしゃいませ!」

○二階のレイジの部屋(日替り・朝)
  布団の中で抱き合っているレイジと早苗。
  階下で大助の部屋のドアが閉まる音。
レイジ「帰ってきた」
早苗「訊いていい? 私のどこが好き?」
レイジ「どこって、ずっと好きだったから」
早苗「ずっと?」
レイジ「あ、いや。ずっと頭の中にあった理
 想って言うか。じゃ、俺は? 見た目以外」
早苗「見た目以外? 積極的なところ」
レイジ「もし、俺じゃなくて板野が積極的だ
 ったら? どう?」
早苗「それは、ちょっとムリかも」
レイジ「あーそうなんだ」
早苗「今晩、鍋にしよっか?」
レイジ「いいね!」
  キスをするレイジと早苗。

○大助の部屋
  カーテンを閉めた薄暗がり中、カップ麺
  をすすり終えてそそくさと冷たい布団に
もぐり込む大助。

○商店街
  八百屋の店先で買い物している早苗。
  自転車で通りかかるミキ。
ミキ「(早苗に気付き)!」
  急ブレーキをかけ、早苗に近づくミキ。
ミキ「ちょっと、この前の人よね?」
  早苗、無視して歩き始める。
ミキ「あの人、死ぬかもしれないんだよ!
 首を吊るところだったの」
早苗「!?」
  立ち止まる早苗。
ミキ「部屋にロープがあってさ。大家さんに
頼んで部屋のカギ開けてもらったの」
早苗「そう」
ミキ「留年はしてるけど他に思い当たること
 なんてないし。もしかして、アンタが原因
 じゃないの? レイジを返して!」
早苗「それは彼が決めることでしょ?」
ミキ「だったらレイジに伝えて。ずっと待っ
 てるって」
早苗「多分、帰らないと思うけど」
  早苗、ミキを残して立ち去る。

○大助の部屋
  なかなか寝付けない大助、布団をかぶる。
  ノックしてレイジが顔を出す。
レイジ「今晩早苗さんと鍋だけど、来る?」
大助「そんな気分じゃねーな」
レイジ「仕事で何かあった?」
大助「人生に目標はねえのかって言われた」
レイジ「落ち込んでる?」
大助「気にしてねーよ」
  テーブルに置かれたカップ麺の空き容器。
レイジ「ちゃんとしたもの食わないと」
大助「うるせーな。金ねえの知ってるくせに」
レイジ「俺たち、これからどうなるんだろ?」
大助「あー眠い!」
  レイジに背を向ける大助。
レイジ「俺たちの問題だろ?」
大助「俺は今夜も仕事なの!」
レイジ「一緒に考えようぜ、俺たちの将来の
こと。今は分かんなくて当然だけどさ、で
も、何もしないわけにはいかないだろ?」
大助「分かんねえんだよ。何でお前がそんな
 頭いいヤツみたいな喋り方すんのか。それ
 がイラつくんだっつーの!」
  そっと出ていくレイジ。

○居酒屋(夜)
  岡野豊(50)、カウンターに突っ伏し
  て寝ている。
  女将(52)が岡野に毛布をかける。
女将「岡ちゃん、本当に退院してきたの?
 病院に電話して確かめるわよ」
岡野「大丈夫だって」
女将「お酒呑んでいいのね?」
岡野「ハイ、完全に治りました」
女将「ほどほどにしないと死んじゃうわよ」
岡野「いいよ、オレなんか死んじゃっても。
 どうせ帰りを待ってる家族もないし」
  酒をあおる岡野。
女将「よしなさい。自殺行為よ」
岡野「自殺? そりゃいいや、もう一杯!」
  と、目を見開いて全身を硬直させる。
女将「ちょっと! 岡ちゃん? ねえ!」
岡野「ふぅ」
  岡野、息を吹き返す。
女将「やめてよ、もう! びっくりした」
  キョロキョロと店内を見る岡野。
岡野「どこだ、ここ?」
  吐き気に襲われ、トイレへ駆け込む岡野。
   ×     ×     ×
  トイレの鏡に映る顔を見る岡野。
岡野「誰だよ、このオッサン!」
女将の声「岡ちゃん、大丈夫? 救急車?」
岡野「大丈夫っス! おぇ」
  岡野、口を拭うと手に血が付く。

○二階のレイジの部屋(夜)
  なごやかに鍋をつつくレイジと早苗。
レイジ「うまい!」
早苗「鍋なんて誰が作っても同じよ」
レイジ「早苗さんは人生の目標とか、ある?」
早苗「何、急に?」
レイジ「いや。協力できたらなんて思って」
早苗「私はね、誰にも言わないでよ。このア
パートに住む人が誰もいなくなったら、こ
こを手放して田舎暮らし。移住するの」
レイジ「いいね!」
早苗「内緒よ。板野君にも」
レイジ「あ、ああ」

○コンビニ・バックヤード(夜)
  シフト表を組んでいる店長。
  大助が入ってくる。
大助「店長、アイツ今日は来ないんスか?」
店長「辞めるって。さっき電話で」
大助「え、マジっすか?」
店長「急に困るよな。とりあえず今夜はオレ
 が入るけど。明日もオレ、昼間仕事だし。
 あーあ、オレが二人いたらなぁ」
大助「あ! だったら俺なら二人いますけど」

○大助のアパートの前(夜)
  ふらつきながら二階へ上がる岡野。

○二階のレイジの部屋(夜)
  ドアを叩く音。  
レイジ「ン? 誰だろ?」
  早苗がドアを開けると、岡野の姿。
早苗「キャ!」
レイジ「血!」
  口元が血に染まる岡野、薄く笑う。
レイジ「俺か?」
  頷く岡野。
早苗「?」
レイジ「(早苗をかばい)何しに来た?」
  岡野、ヘラヘラ笑いながら入ってくる。
岡野「俺はもうすぐあの世かもな。酒呑んじ
 ゃいけない体なのかもしんない」
早苗「救急車?」
岡野「待て! 話がある」
  部屋に上がりレイジに詰め寄る岡野。
岡野「ここに来るまでずっと考えてたんだ。
 お前は首を吊ろうとした。このオッサンも
 無理に酒を呑んで血ヘド吐いた」
レイジ「それが何だ?」
岡野「お前、頭いいから分かるだろ? ここ
に来るヤツは死にたいヤツばかりだって」
レイジ「偶然だろ」
  力なくへたり込む岡野。
岡野「こんな所にいてもロクなことねーぞ。
 行け! 俺と関係ない人生を送れ!」
  早苗、レイジの腕を掴む。
岡野「自分を大事にしなかった罰かもな」
  咳き込む岡野。
レイジ「救急車呼ぶぞ」
岡野「死ぬって、寂しいもんだな」
  目をつぶり、横になる岡野。
レイジ「死ぬんじゃねえぞ。おい!」

○コンビニ・バックヤード(夜) 
  電話している大助。
大助「ダメだ。出ないっス」
店長「仕方ない。二人で頑張るか」

○同・店内(夜)
  レジ前に客が並び、行列になり始める。
  一人で対応している大助。
大助「少々お待ち下さい」
  客に声をかけ、店長を呼びに走る大助。

○同・バックヤード(夜)
  店長、ミネラルウォーターが入った箱を
持ったまま動けない。
店長「イテテ! 腰やっちまった!」
大助「アアッ、大丈夫ですか!」
  店長をベンチシートに寝かせる大助。

○住宅街(日替り・早朝)
  疲れた様子で歩く大助、集積所の生ゴミ
  の袋を狙っているカラスに気づく。
大助「他に行く所ねーのか。お前も」
  大助、はみ出たゴミ袋にネットをかける。

○大助のアパートの前
  大助が帰ってくると、レイジと早苗も疲
  れた様子でタクシーに乗って帰ってくる。
  無視して部屋へ入ろうとする大助。
レイジ「おい」
大助「おお。朝帰りですか?」
レイジ「そうじゃない。三人目の俺が来た」
大助「は?」

○大助の部屋
  カップ麺をすする大助とレイジ。
大助「今度はオッサンか。で、入院したの?」
レイジ「うん。命に別状はないって」
大助「そっか。なら良かった」
レイジ「他人事じゃねえぞ。オッサンだけど
 中身は俺なんだから」
大助「実感わかねえ」
レイジ「オッサンが言うにはさ、死にたいと
 思ってるヤツの中身が俺になるって」
大助「それって俺と関係あるの?」
レイジ「関係っつーか、全員俺なんだぞ」
大助「中身が俺ってだけで何だよ。すっげー
 他人に思えてきた。お前も!」
レイジ「おい」
大助「お前には責任感じてたけどもうムリ。
 こんなの重荷だ。背負うのやめるわ」
レイジ「俺を見捨てるって言うの? できる
わけねえだろ。俺はお前なんだから」
大助「知らねーよ。俺が働いてるのに勝手な
 ことばっかやってよ! ふざけんな!」
レイジ「早苗さんのこと、やっぱ怒ってる?」
大助「別に。でもお前はな、その二枚目のツ
 ラを手に入れて調子に乗ってるだけ。早苗
さんを騙してるんだからな」
レイジ「騙してなんかない」
大助「中身が俺だって知ってんのか?」
レイジ「それは」
大助「本気で早苗さんとのことを考えてるん
 なら、ちゃんと伝えろ」
レイジ「伝えるよ。ちゃんと伝えて、それで
 も早苗さんが俺を好きだって証明してみせ
 る」
大助「フン」
レイジ「あと、オッサンが言ってたこと伝え
 とく。俺が増えていくのはな、自分を大切
 にしなかった罰だって」
大助「?」
レイジ「自分を正面から見たことある?」
大助「それ、俺の問題ってこと?」
レイジ「オッサンが入院した病院」
  レイジ、メモを置いて出て行く。

○病院の前
  大助、大きな総合病院の建物を見上げる。

○病院・病室の前
  メモを手に病室の前に立つ大助、躊躇し
  つつノックする。

○同・病室
  窓際のベッドの上に座って外を見ている岡野。
大助「ウッス」
  振り返る岡野、大助を見て驚いた表情。
岡野「ホントに俺が別にいるんだな」
大助「俺?」
岡野「俺だ」
  微笑む岡野。
  大助、ベッドの脇のイスに座る。
岡野「寝なくていいのか? 夜勤だろ」
大助「それより自分の心配しろ」
岡野「ありがとな。来てくれて」
大助「どう? 体は」
岡野「この体は全然分かんねえ。何の病気だ
 か説明聞いてもさっぱり」
  整理整頓されているベッド回りの品々。
大助「家族、いるの?」
岡野「娘が来てくれて。別れた家族らしい。
 いいもんだぞ、家族って」
大助「俺の口からそういう言葉が出るとは」
岡野「病気がなきゃ一度代わってやりたいよ。
 ありがたさを味わえばいい」
大助「フッ。機会があればね」
岡野「家族持てよ、いつか」
大助「俺が貯金ないの知ってるだろ。お前、
 このままオヤジ続けるの?」
岡野「それ、俺に決められる?」
大助「そうだな」
岡野「でもこの人生、いきなりオッサンにな
 ってビックリだけど悪くない」
大助「どこが? 良くは見えないけど」
岡野「このままオヤジとして生きるにしろ、
 何かの拍子に元のオッサンに戻るにしろ、
俺、少しは人生の意味を知ったんじゃねえ
かって」
大助「人生の意味?」
岡野「人間はさ、結局孤独には生きていけな
 いんだよ。それが身に沁みて分かった」
大助「いい顔してるな、オッサン」
岡野「お前も少しは考えてみろ」
大助「人生の意味? 俺が言う?」
  笑い合う大助と岡野。

○同・病室の前
  病室を出る大助、岡野の娘(25)と出
  くわす。
岡野の娘「あ、こんにちは」
大助「どうも」
  入れ替わりに病室に入っていく岡野の娘。
  ドア越しに岡野の娘の声が聞こえる。
岡野の娘の声「お父さん、知り合い?」
岡野の声「友達だ」
岡野の娘の声「ええっ? お父さんにも友達
 がいるんだ!」
岡野の声「いるさ。俺にだって」
  岡野と娘の笑い声。
  大助、その場を去る。

○病院の前
  振り返る大助、病棟のある建物を見上げ、立ち去る。

○公園
  ベンチに座っているレイジと早苗。
  レイジ、帽子とマスクを外す。
早苗「いいの? 人目につくけど」
レイジ「これじゃデートの気分出ないし」
早苗「嬉しい。この前ね、あの子に会ったよ。
 商店街で」
レイジ「ああ」
早苗「レイジの部屋に入ったんだって。大家
 さんに開けてもらって。心配してた。そう
 いう状況だったから」
レイジ「ああ。俺は覚えてないけど」
早苗「死にたくなるほどイヤなことがあった
 んだよね?」
レイジ「本当に記憶がないんだ。と、言うか」
  レイジ、座り直し早苗を正面から見る。
レイジ「ちゃんと伝えたいことがある」
早苗「何? 改まって」
レイジ「俺の名前は?」
早苗「レイジ。松田レイジ」
レイジ「だけど、中身は板野大助なんだ」
早苗「え、どういうこと?」
レイジ「体だけが松田レイジで、記憶とか心、
 あと全部、板野。俺の中身」
早苗「ウソ。板野君ならいるじゃん」
レイジ「どうしてだか分かんないけど本当な
 んだ。俺が、板野大助が増え続けてるんだ。
病院に入院したあのオジサンも中身は俺だ
った」
早苗「それがホントだったら今、私は板野君
と付き合ってるの?」
レイジ「ウン。でも、信じて! 騙そうとか、
そういうつもりは一切なくて」
早苗「やだ」
レイジ「俺が早苗さんを好きだってことは本
 当だから! 俺は本気で早苗さんのことを」
  立ち上がる早苗、背を向けて歩き出す。
  追いかけるレイジ。
早苗「来ないで!」
  去っていく早苗の背中を見送るレイジ。

○大助の部屋
  布団の上に腕を組んで座っている大助。
  その横で正座してうなだれているレイジ。
大助「何だよ? ずっと黙ってるけど」
レイジ「早苗さんにフラれた」
大助「だと思った」
レイジ「説明したんだ、中身のこと。早苗さ
 ん、やっぱりあんまりよく分かってなかっ
たみたいで」
大助「中身が俺だと分かった瞬間にフラれた
の? じゃ、俺がフラれたってこと?」
レイジ「結果的に」
大助「何だよ、それ!」
  布団の上で倒れ込む大助。
レイジ「あんなに拒絶されるとは!」
  レイジも畳の上で大の字になる。
大助「終わった。全面的に終わったな」
レイジ「その終わった俺がどんどん増えてい
 くなんて」
大助「世も末だな」
レイジ「そう言えば、今日は誰も来ないね」
大助「今日だけは勘弁」
レイジ「とても世話できる気分じゃねえな」
  部屋を見回すレイジ。
レイジ「俺がここに来たの、ついこの前なの
 にずっと昔のような気がする」
大助「そこに保険証、その奥に千円」
レイジ「俺が俺だって証明するのに小学校で
ウズラが死んだ話をしたの、自分でも驚い
た」
大助「それが俺なんだな」
レイジ「相当ショックだったんだよ。エサを
やり忘れたの。ウズラの命を奪ったんだか
ら。クラスの誰にも言えなかったし。絶対
に」
大助「絶対みんなに嫌われるからな。あの時
の気持ち、ずっとこれからも消えねえんだ
ろうな」
レイジ「それが俺って人間かぁ! あれから
自分を信じられなくなった?」
大助「ああ。それ、あるかも」
レイジ「エサやる係、自分で立候補したくせ
 にな」
大助「おっ、よく覚えてんな」
レイジ「忘れてたのかよ?」
大助「ああ。何かヘンだけど」
レイジ「俺のこと、信用出来ない?」
大助「信用とかより、まずムカつく」
レイジ「今夜から俺、コンビニ行くよ。仕事
 する。いつまでも顔隠してコソコソしてい
られねえし」
大助「マジで? 助かる!」
  笑顔になる大助、つられて笑うレイジ。
レイジ「俺たち、考えてること何でも分かる
 だろ? だから、ピンチの時に助けてくれ
 ねえとムカつくんだよ」
大助「分かってんならもっと早く助けろよ。
 中途半端な生き方しやがって」
レイジ「それ、自分に言ってる?」
  ニヤリと笑う大助。
大助「自分の人生、自分で決めろ。自分がど
 うしたいかだろ? 夢とか目標とかねえの
 か? もっと自分を大事しろ!」
レイジ「それも。自分に言ってるだろ?」
大助「自分を正面から見たことあんのか?」
レイジ「それ、俺が言ったやつ」
大助「今やれることを精一杯努力した先に、
 夢って見えてくるんじゃねーの?」
レイジ「カッコつけんじゃねえよ!」
大助「お前が言ったんじゃねーの?」
レイジ「お前が考えたんだろ」
  ニヤリと笑う大助とレイジ。

○コンビニ・店内(夜)
  テキパキ品出し作業をする大助とレイジ。
  感心した様子で店長が見守る。
   ×     ×     ×
  協力して換気扇の掃除をする大助とレイ
  ジ。
  客がレジカウンターの前に立ち、レイジ
  が会計の対応をする。女性客のグループから「カッコいい」とヒソヒソ話す声が聞こえる。
  ニヤけるレイジ、睨む大助。

○同・バックヤード(夜)
  雑誌の返品処理をしている大助と店長。
  店内モニターの画面に映るレイジの姿。
店長「あんな友達いるなら早く紹介してよ」
大助「最近知り合ったばっかなんスよ」
  モニター内、カウンターにいるレイジに声をかける女性客の姿。レイジがバックヤードに走ってくる。
レイジ「(入ってきて)板野、お客さん」
大助「俺に?」

○同・店内(夜)
  大助とレイジが店内に戻ると、お辞儀す
  る女性客。
  顔を上げると岡野の娘だった。
岡野の娘「お仕事中、すみません」
大助「あッ、オヤジさんの!」
レイジ「娘さん?」
  頷く岡野の娘、涙を拭う。
岡野の娘「こちらが職場だと父から聞いたも
 ので」
大助「何か?」
岡野の娘「今日の夕方、亡くなりました」
大助「!」
レイジ「亡くなった?」
岡野の娘「生前は大変お世話になりました」
  言葉が出ない大助。
岡野の娘「父にもお友達がいると分かって、
 すごく嬉しかったです。独りじゃなかった
 んだなって。お見舞いにも来て頂いて」
  言葉に詰まる岡野の娘。
岡野の娘「すみません。一言お礼だけ言いた
 くて。お邪魔しました」
  岡野の娘、一礼して去る。

○コンビニの駐車場(夜)
  フェンスを掴み、声を上げて泣く大助。  
  見守るレイジ、大助の肩を抱く。

○コンビニ・店内(早朝)
  カウンターの中で外を眺めている大助とレイジ。
  窓の外がうっすらと明るくなっていく。
レイジ「何考えてる?」
大助「分かるだろ」
レイジ「オッサンのことか」
  バックヤードから店長が出てくる。
店長「板野、ちょっといい?」
  手招きで呼ぶ店長。

○同・バックヤード
  店長から新店舗の資料を受け取る大助。
大助「新店舗?」
店長「前から出す計画を考えててさ。ずっと
 決心がつかなかったんだけど、決めた。も
 う一店舗増やすわ」
大助「大変っスね。腰、大丈夫っスか?」
店長「板野、店長やらないか?」
大助「俺が? 俺っスか?」
店長「お前の他に誰がいる」
大助「いやいやいや! ムリっす」
店長「出来る」
大助「ムリですって。ムリに決まってます!
 シフト組むのとか大変ですし」
店長「大変なのを知ってるヤツだからこそ、
 任せられるんだ」
  レイジが入ってきて、大助の背中を叩く。
レイジ「任せてください! 俺が説得します」
大助「おい! 勝手なこと言うなッ」
レイジ「頑張りましょう、店長!」
店長「頼むぞ」
大助「いやいやいや!」

○住宅街(早朝)
  歩いてアパートへ帰る大助とレイジ。
大助「ムリだよ」
レイジ「大丈夫。やってみろ」
大助「マジで言ってんの?」
レイジ「本当は嬉しいんだろ? 頼りにされ
 て」
大助「お前、そういうこと言う?」
レイジ「俺じゃなくても分かるよ」
大助「どうして?」
レイジ「顔に出てる」
  正直にニヤけて見せる大助。
  二人の脇をパトカーが通り過ぎていく。
  自転車で走る巡査の姿も見える。
大助「何だ?」
レイジ「事件か?」

○ビルの屋上
  うつ伏せで倒れている戸口健吾(17)。
  すぐ横には靴がそろえて置かれている。
  カラスの鳴き声。
健吾「?」
  薄く目を開ける健吾。

○住宅街
  自宅の前で周囲を覗いていたおばさん(
  60)が大助とレイジに話しかける。
おばさん「ちょっとお兄さん! 近所で高校
 生の男の子が家族を刺して逃げてるんだっ
 て。気をつけなさいよ」
レイジ「事件?」
おばさん「どうもお父さんを刺したんじゃな
 いかって。暴力ふるうって噂だったし」
大助「虐待?」
おばさん「そう、虐待! 知らないけど」
レイジ「おばさんも気をつけて」
  また歩き出す大助とレイジ。
大助「どう思う?」
レイジ「俺が来る?」
大助「何か、ざわつくよな」
レイジ「予感がするな」
大助「出来れば来ないでくれって感じ」
レイジ「ああ」
大助「でも、親刺して逃げたら?」
レイジ「死にたくなっちゃうかもな」

○大助のアパートの前
  不安な表情で帰宅する大助とレイジ。
  が、大助の部屋の前には誰もいない。
大助「いねえな」
レイジ「いない。助かった!」
  と、健吾が血まみれのシャツ姿で物陰か
  らフラリと現れる。
  息を呑む大助とレイジ。
大助「俺か?」
  小さく頷く健吾。
  絶句する大助。
  天をあおぐレイジ。
  悲しげな健吾、突然通りへと走り去る。
レイジ「おい!」
大助「待て!」

○大助のアパートの前の道
  細い足で逃げる健吾。
  追いかける大助とレイジ。
  路地の行き止まりで大助とレイジが健吾を捕まえる。
レイジ「どうして逃げんだよ!」
  泣きそうな健吾、肩で息をしている。
大助「俺なんだろ、おい!」
  頷く健吾、息を切らしながらうずくまる。
  血に染まったシャツを見る大助。
大助「親を刺したのか?」
健吾「ほっといてくれ!」
レイジ「そっか。刺した時はまだソイツだも
 んな。俺になったのはその後だ」
健吾「関係ねえし。やってなくても俺、逃走
 犯だよ! 俺、犯罪者なんだ!」
大助「やってない罪をかぶるつもりか?」
健吾「仕方ねえだろ! お前らだって巻き込
 まれたくねえよな? さっきガッカリした
顔してたもん。俺見た時二人とも!」
  健吾、嗚咽する。
  立ち上がる大助。
大助「でも、止めなきゃ」
レイジ「え?」
大助「どっかで止めなきゃなんねえだろ!
 こんなの地獄じゃん。死にそうな体に乗り
 移ったり、やってないことで警察に追われ
 たり!」
レイジ「でも、今すぐ何とかなんねえだろ?
 警察に見つかるまで時間ねえよ」
大助「それでも何とかするんだよ!」
  大助、健吾を抱き起こし、歩き出す。
  レイジも健吾を支えながら歩き出す。

○大助の部屋
  大助のシャツに着替えた健吾、熱いコーヒーをすする。
大助「ラーメン食うか?」
  健吾、首を横に振る。
レイジ「ひでぇ目に遭ったな」
健吾「これって俺の役割かも。死にたいほど
 辛いことがあったヤツの、そのあとの人生
 を引き継ぐの」
大助「そんな役割あるかよ」
健吾「神様が俺を選んだんだ」
大助「諦めるな。まだこのままって決まった
 わけじゃねえし」
健吾「見てくれよ」
  健吾、シャツの袖を上げ、腕を見せる。
  アザだらけの細い腕。
大助「どうした?」
レイジ「親か?」
健吾「分かんねえ。だけどさ、何となく分か
 ることもあるんだ。戻りたくねえんだよ。
 コイツ、もうこの体には」
  健吾の頬に涙が伝う。
レイジ「だからって、ソイツが自分のやった
 ことから逃げていいわけねえだろ」
大助「俺のせいだ。俺が自分のことをちゃん
 と考えてこなかったせいで」
  奥歯を噛み、涙をこらえる大助。
レイジ「そう思ってるのなら早く考えようぜ。
 元の体に戻る方法を」
健吾「俺、考えたよ」
  顔を上げる健吾。
健吾「俺たち三人が死ねばいいんだよ」
  眉をひそめる大助とレイジ。
健吾「死んだウズラの呪いだとは思ってない
 けど、タマゴが先かウズラが先かって話だ
 ろ? おおもとの俺たちがいなくなれば、
 これ以上俺は増えない」
  ニヤリと笑う大助。
大助「だったら俺一人がいなくなればいいん
 じゃね?」
健吾「え?」
大助「俺だけがこの世からいなくなればいい」
レイジ「それ、本気で言ってんの?」
  レイジ、大助に掴みかかる。
レイジ「そんなことして違ったらどうすんだよ? 命を粗末にすんじゃねえよ!」
  レイジを突き放す大助。
大助「だったらどうすんだ、この状況を! 
 またどこかで俺が増えるだろうが!」
  涙がこぼれるレイジ。
レイジ「他に何かあるだろ? 思い出せよ。
 俺もお前も気づいてない何かをよ! 何か
 ねえのか!」
  ドアがノックされる。
  三人、身動きせずドアを見る。
早苗の声「私です。さっき警察の人が」
  大助、サッと押入れを開け健吾を入れる。
大助「(早苗に)今、開けます!」
  ドアを開ける大助。
大助「何か?」
  ぎこちなく顔を合わす大助と早苗。
  部屋の奥でうつむくレイジ。
早苗「あの、さっき警察の人が来て」
大助「ああ、聞きました。事件っスよね?
 逃げてる高校生がいるって」
早苗「良かった。知ってたのね」
  早苗、チラッとレイジを見る。
大助「あ、昨日から一緒にコンビニで仕事を
 始めまして」
レイジ「はい。始めまして」
大助「ちゃんと生活しようって決めました!」
早苗「そう」
  モジモジする早苗。
大助「あの、他に誰もいませんよ」
早苗「え、いるんですか?」
大助「な、何で?」
早苗「いるようなことを言うから」
  たまらずレイジ、割って入る。
レイジ「すみませんでした!」
  早苗に頭を下げるレイジ。
  つられて大助も頭を下げる。
早苗「いえ、謝ってほしいわけじゃなくて。
 ごめんなさい」
大助「え?」
早苗「昨日は気が動転しちゃって。私、悪い
 こと言ってしまったから。ごめんなさい」
  早苗も頭を下げる。
  大助、早苗に近づく。
大助「握手してもらえませんか?」
早苗「え?」
大助「何だか、もう会えないような気がして」
レイジ「おい」
  早苗、手を差し出す。
  大助も手を差し出し、早苗と握手する。
早苗「改めて、初めましてって感じ?」
レイジ「!」
大助「初めまして?」
  キョトンとする大助を残し、早苗が立ち
去る。
  押入れから小箱を持って健吾が出てくる。
健吾「奥にこれがあった!」
大助・レイジ「?」
健吾「覚えてないの?」
  健吾が小箱を開けると練炭が入っている。
大助「あッ。昔、隣に住んでたジイさんが!」
レイジ「そっか! 上京してすぐの頃、隣の
 ジイさんが施設に入るから要らないって」
健吾「じゃなくて」
大助「え?」
健吾「この練炭で死ぬって約束じゃん」
大助・レイジ「!」
健吾「自分との約束だったろ?」
大助「自分と?」
健吾「十八の時。ここで三年間頑張って、い
 い仕事見つけてそれなりの部屋に引っ越し
 て、旨いメシ食えるようになるんだって」
レイジ「ああ。そうだったな」
大助「?」
健吾「もし三年でうまくいかなかったら、こ
 れに火をつけてこの部屋で死ぬんだって」
大助「そんな約束してねえ」
健吾「三年のつもりが四年、五年、で、今も
 う何年目? 十年経ったよ」
大助「いや、これからだろ? これから俺」
健吾「それがあの頃思い描いていた俺か?」
レイジ「違う」
健吾「もう手遅れだよ。遅いって神様が怒っ
 てんだ。グズグズしてるから」
  健吾、冷たい目で大助を見る。
  レイジ、健吾から練炭の小箱を受け取る。
レイジ「ホントに死ぬしかねえのかもな」
  練炭が入ったビニール袋を開く健吾。
大助「やめろ! 何やってんだ」
  大助、練炭を袋ごと引ったくる。
  冷笑するレイジ。
レイジ「お前、早苗さんに優しくしてもらっ
 て希望が湧いてきたのか?」
  大助、図星を突かれて言い返せない。
健吾「さっきは一人で死ぬって言ったじゃん」
  大助に詰め寄る健吾。
大助「でも、こういうことじゃねえだろ」
  後ずさる大助。
大助「何でだよ? 何で俺が俺に自殺しろっ
て詰められてんだよ!」
  玄関へ練炭の袋を投げ捨てる大助。
  土間で練炭が大きく砕ける。
大助「自分になんか殺されてたまるか!」
  すると、健吾が苦しげにうずくまる。
  レイジ、ハッと何かに気づく。
レイジ「それだ!」
大助、健吾を介抱しながら、
大助「あ?」
レイジ「それだよ! 死ぬんじゃない、生き
 るんだ!」
大助「生きる?」
レイジ「死のうとしてる人間の体に入り込む
 のを止める手段は、俺たちが死ぬことじゃ
 ない。何が何でも生きようとすることなん
 だ!」
  玄関の練炭を見る大助。
大助「割っちまえばいいのか?」
レイジ「やっと悪い夢から覚めそうだな」
大助「?」
レイジ「いや、マジすっげー楽しかったよ。
 俺はな。いいから早く!」
  大助、練炭を袋の中から取り出すと、ド
  アを開けて外へ出る。
  レイジ、立ち止まる大助を見て、
レイジ「何?」
  振り返る大助。
大助「サヨナラかもしんないな」
  レイジ、泣きそうなしわくちゃの笑顔。
  健吾、顔を上げ複雑な表情で大助を見る。
  健吾の肩を抱き寄せるレイジ。

○大助の部屋の前
  大助、練炭を頭上高くふりかざし、コン
  クリートの地面に向けて投げつける。
  鈍い音を立てて練炭が砕け散る。
  肩で息をつく大助。
  部屋の中でレイジと健吾が倒れる。
  大助、背中を向けたまま安堵した表情。

○大助の部屋
  カーテンを閉めた薄暗がり中、布団にもぐり込む大助。

○コンビニ・バックヤード(夜)
  出勤してくる大助。
大助「店長、悪いけど」
  顔を上げる店長。
大助「アイツ、もう来ないっス」
店長「ああ、そうなんだ。残念だな。で?」
大助「あの話っスけど」
  じっと店長を見る大助。
店長「ダメか? あぁオレが二人いたらな」
大助「店長が二人いるわけないでしょ」
店長「分かってるよ」
大助「一人だからいいんですよ」
店長「ハハッ、語るね」
大助「助けになるか分からないけど、俺、や
 ってみます」
店長「え?」
大助「やらせて下さい。店長」
店長「おお! 頼む! 頼んだぞ!」
  店長と握手し、熱い抱擁をかわす大助。

○コンビニの駐車場(夜)
  ホウキを持って掃除している大助。
大助・N「俺の人生は俺だけのものだ。そう
 思えることがこんなに気分がいいなんて、
 初めて感じる。これから大変だけどな」
レイジ・N「助けに行こうか?」
  掃除の手を止める大助。
大助・N「遠慮しとく。お前はしっかり勉強
してテスト頑張れ。俺は俺なりのやり方で
頑張るから。おい、聞いてんのか? おい」
  風が吹き抜ける。
  大助、夜空を見上げる。
               (終)

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