番外編〈4〉:「変身」で体験話法になっている箇所の、sollte と wollte の意味や英訳などについて
(2026年2月20日追記)公開後に新しく見つかった英訳に基づいて、若干修正しましたが、特に大きな変化はありません。(10)で、And ought his old mother now to be expected to earn money? という、これまでになかった訳し方をしているものがあったのが目立つ程度です。
(2026年3月7日追記)また新たに見つかった英訳に基づいて修正しました。この訳はユニークで、独特なものがかなりありましたので、☆と太字で示しました。(追記終わり)
本稿をお目にとめていただきまして、有難うございます。
ただ、本稿をお読みいただくには、ドイツ語の文章で使われる「体験話法」について、ある程度知っていただいている必要があります。
とは言え、本稿では、該当する文の英訳をかなりたくさんあげていますので、「体験話法」などは抜きにして――従って私の解説なども飛ばしていただいて――、英訳がどうなっているかということだけを、ご覧いただくという読み方もできるのではないかと思います。
「体験話法」についてご存知でない方で、ご関心がおありの方は、大変お手数ですが、次の題名の頭木(かしらぎ)弘樹さんのブログをご覧いただけましたらと思います。
「咬んだり刺したりするカフカの『変身』」6回目!月刊『みすず』8月号が刊行されました
さて、「変身」で体験話法になっている箇所で、sollte と wollte が英訳でどのように訳されているかということに関しては、私の連載の第24回で取り扱いました。この回をご覧いただいていない方で、ご関心がおありの方は、次のリンクからご覧下さい。
https://note.com/okanoue_kafka/n/nef65b19e75b5
「○... , denn niemand lohnte hier …」で始まる項目から、「○... , und er wollte ihr dann anvertrauen, …」で始まる項目までの範囲内です。
けれども、実はこれより前にも、体験話法で sollte と wollte はかなり出てきていました。ですが、英訳では体験話法がそれらしく訳されることは比較的少ないということもありまして、私は体験話法の箇所の英訳をあまり見ていませんでしたので、これより前に出てきていた分に関しては取り扱っていませんでした。そこで今回は、それらの sollte と wollte について見てみたいと思います。
なお、次の点をお断りしておきます。英訳だけをご覧になりたい方は、ここは飛ばしていただいて結構です。
※このあとにあげるところの、sollte や wollte を含む文や、参考までにあげたその前後の文の中には、sollte や wollte の訳し方以外にも、訳によって解釈が分かれている箇所を含んでいるものがあります。ですが、これらの箇所は本稿のテーマではありませんので、本稿では原則として取り扱いません。これらの箇所に関しては、該当する回の私の連載をご覧下さい。ただし、やはりふれておいた方がよいと私が思った箇所は、取り扱っています。
※これを書き始めたときには、前項の最後で記した例外を除いては、取り扱うのは sollte や wollte の訳し方だけに限ろうと思っていました。ですが、特に英訳を詳しく見ていますと、それ以外に訳し方の違いがいろいろある箇所もかなり多くありましたので、それらも〔付記〕で取り扱うことにしました。ただし全部ではなく、私が個人的に興味深いと思ったものだけです。英語にご興味がおありでしたら、それらもご覧いただければ面白いのではないかと思います。
※wollte を含む文の中には、一部の邦訳で体験話法として訳されていても、このあとにあげていないものもありますが、これらに関しては、私は体験話法とは判断しませんでした。
※今回は英訳に関して詳しく取り扱っており、比較的短い部分の英訳を多数あげる形になりましたので、煩瑣になることを避けるため、英訳の訳者名は省略しました。本稿は学術的な論考ではありませんので、ご了承いただけましたら幸いです。
なお、詳しく取り扱ってはいますが、全部の英訳を網羅的にあげますととても長くなってしまいますので、そこまではしていません。似たような感じの英訳は、1つか、あるいは少ない数だけ、あげるようにしています。また、原文の意味から著しくずれていて、不適切と私が思った訳はあげていません。
※英訳者がそれぞれの sollte や wollte をどのようにみなして訳したかということは、訳者に尋ねて確かめることはとてもできませんので、あくまでも私の推測です。異論などがおありでしたら、お寄せ下さいましたら幸いです。
※英訳者がこれらの原文を体験話法とみなしているのか否かということも、問題になってきますね。
sollte や wollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳している場合には、これらを過去形とは判断していないわけですから、原文を体験話法とみなしている可能性が高いと思われます。そう考えますと、英訳の中で、過去形の動詞は現在形として、さらには、he → I などのように読まれることを期待していることになります(各文ごとに詳しく見ていきますとこれに当てはまらない場合もありますが、おおよそのこととして)。
一方で過去形とみなして訳している場合には、原文を体験話法とはみなしていない可能性が高いですが、そうではなくて体験話法とみなしていて、英訳の中で、たとえばですが、… could he … ? → … can I … ?、… was he to … ? → … am I to … ? のように読まれることを期待している*という可能性も、否定はできません。
*第24回ではこのようなことを「体験話法風に訳した」と表現しましたが、本稿では表現をこのように変えました。
ですが、どちらの場合にしましても、ドイツ語で体験話法の可能性が高い文を、英訳者が明確に体験話法とみなして訳しているのか否かということは、はっきりとは断定できない場合が多いですから、特に必要と私が思ったいくつかの箇所以外では、このことは論じません。
また、始めるに先立って、英訳で使われている助動詞やそれに準じた語句に関して、少しコメントしておきます。各項目ごとに同じような説明を繰り返すよりも、この方がすっきりすると思いましたので。英訳だけをご覧になりたい方も、一応はお目通しいただけましたらと思いますが、ここも飛ばしていただきましても差し支えはありません。
※should:shall の過去形ですが、あとに「have+過去分詞」がきて「…すべきであったのに」*という意味にならないかぎり、should だけでは過去のことは言われません。それでも過去形とされているのは、いわゆる「時制の一致」でこの形になる場合があることや、仮定法では、形は過去形でも現在のことが言われることなどのためと思われますが、私は英語は専門ではありませんので、学問的な詳しいことはわかりません。should 自体の意味としては、「…すべきである」が広く知られていますが、ほかの意味になることもあります。ちなみに、このように should で現在のことが言われている場合には、――辞書や文法書ではなぜか明記されていませんが――仮定法として使われているとみなして差し支えないと思います。
*あとにくる動詞の意味によっては、「…であるべきであったのに」のようになることもありうるでしょうから、「…す(または、…である)べきであったのに」のように書いた方が厳密には正確でしょうが、煩雑になりますので、これ以下の助動詞の訳語でも、「(または、…である)」という注記は省略します。
※would:will の過去形ですが、これに関しても should と同じことが言えます。would 自体としては、「…するだろう」という感じの推量の意味か、「…したい」「…しようと思う」という感じの願望の意味で使われることが多いです。
〔2025年10月1日追記〕ただし、would が「よく…したものだった」とか「どうしても…しようとした」という特殊な意味になる場合には、過去のことを言いますが。
※might:may の過去形ですが、これに関しても同様です。might 自体としては、「ひょっとすると…するかもしれない」という感じの、不確実な推量の意味で使われることが多いです。ただし、この might に関しては、一部の辞書によりますと、まれにではありますが、「…するかもしれなかった」などと過去のことを言う場合もあるようです。
※must:「…しなければならない」という意味と、「…するにちがいない」という意味がありますね。「must have+過去分詞」で「…したにちがいない」という意味になることはありますが、must だけでは過去のことは言われません。「…しなければならなかった」とか、「…するにちがいなかった」と言う場合には、had to が使われます。
※ought to:これも助動詞ですが、to 不定詞とともに用いられます。意味は should とほぼ同じで、「…すべきである」です。「ought to have+過去分詞」という形になって「…すべきであったのに」という意味にならないかぎり、過去のことは言われません。
※had better:助動詞に準じた表現です。意味は「…する方がよい」となり、過去のことは言われません。これも仮定法とみなして差し支えないと思います。
※could:can の過去形ですが、これに関しては、これまでにあげたものとは違い、文字どおり can の過去形としての過去のことが言われる場合と、仮定法としての現在のことが言われる場合とがあり、ときにはどちらなのか明確に判断できないこともあります。
それでは、各文ごとに、第Ⅰ部か第Ⅱ部か、私の連載で出ている回、原文、原田義人(よしと)訳〔必要に応じて参考用に他の邦訳も〕、(原文の体験話法から)直接話法への書き換え〔必要に応じてそれに対する注も〕、sollte や wollte のその文中での意味の説明、英訳での sollte や wollte の訳し方、の順に記していきます。sollte や wollte 以外の語句の訳し方の違いで、特に取り上げたものは、最後に〔付記〕として記します。
(1)第Ⅰ部、第6回
Sollte der Wecker nicht geläutet haben?
目ざましが鳴らなかったのだろうか。(原田訳)
目覚ましが鳴らなかったというのだろうか。(高安国世訳)
目覚ましが鳴らなかったというんだろうか?(三原弟平〔おとひら〕訳)
〔直接話法〕Sollte/Soll der Wecker nicht geläutet haben?
〔注〕原文の Sollte は、これを接続法第Ⅱ式とみなせば――接続法の動詞は体験話法になってもそのままにされることが多いですから――直接話法でも Sollte となりますし、過去形とみなせば直接話法では Soll となります。
この点に関しては、ドイツ語の先生方の間でも見解が分かれているようですし、英訳者たちの間でも分かれています。私個人としましては、今回取り扱う sollte や wollte が、特に(1)(3)(4)(7)(9)の文の中で使われている意味の場合には、原則として接続法第Ⅱ式にされるか、接続法第Ⅱ式にされることが多いことなどから考えて、あとに出てくる wollte ともども、接続法第Ⅱ式とみなしたいと思います(ただし、中には接続法第Ⅱ式とはみなせない場合もありますが、それはその文の箇所でお話しします)。ですが、過去形とみなして、直接話法では soll や will などの現在形になると考えても間違いとは言えませんので、これから私が続けて行う直接話法への書き換えでも、両方を併記しておきます。
なお、これまでの私の連載での体験話法から直接話法への書き換えでは、私の考え方を重視して、このような場合には――現在形と考えても間違いではないとも記したものの――接続法第Ⅱ式のみを記していましたが、これからは両方を併記するように統一したいと思います。
〔原文の Sollte の、この文中での意味〕sollen(sollte の不定形〔原形〕) には、「本当に…なのだろうか」という感じで、疑いを表わす意味になることがあります。接続法第Ⅱ式で用いられることが多いですが、普通の現在形でも用いられます。
邦訳もほぼすべてが、原田訳のような感じで訳しています。高安訳や三原訳は、疑わしい感じをより強く出していますね。
〔原文の Sollte の、英訳での訳し方〕この文は、英訳ではいろいろに訳されていますが、それぞれの訳し方のパターンにつき、1~4つずつあげるにとどめておきます。
①Shouldn’t the alarm have sounded?
この場合の should は、上記の sollen と全く同じく、疑いを表わす意味で使われているのではないかと、私は思っていました(もっとも、辞書によりますと、この意味になる場合には疑問詞とともに使われるのが原則のようではありますが)。
しかしながら、いつもお世話になっています菊池先生のご教示では、ここでは「should have+過去分詞」で「…するはずだった」――すなわち、この文全体で考えますと「目覚ましが鳴るはずだったのではないか」――と解するのが妥当とのことでした。してみますと、原文とは意味が全然違うというわけではないものの、微妙に違ってはいますね。
このように訳した訳者が、Sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたのか、過去形とみなしたのかは、ちょっと微妙です。should だけでは過去のことを言うことはないとは言え、ここではあとに「have+過去分詞」があり、過去のことを言っているとも言えるでしょうから。ですが、たとえば以下の⑤~⑧のように、ことさら過去のことを明確に言う語を使ってはいませんから、Sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したのではないかと、私は思います。
なお、Sollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で Shouldn't → Shan't と読まれることを期待していると考えることは、この場合にはちょっと無理かと思われます。shall は、辞書によりますと、「…するはずだ」という意味になることも、あるいは疑いを表わす意味になることも、あまりないようですから。
②(a)Could the alarm not have gone off?
②(b)Could the alarm have failed to go off?
これらの訳の Could は、過去形として訳されたとも、仮定法として現在のことを言っているとして訳されたとも解せます。ですから、これらの訳者が Sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたのか、過去形とみなしたのはわかりません。
③Could it be that the alarm hadn’t gone off?
この訳は、文の形から考えますと、Could を仮定法として訳したとみなすのが自然ではないかと思われますので、この訳者は Sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
④Might the alarm not have rung?
この訳の Might も②と同様に、過去形――ただし、まれな用法――として訳されたとも、仮定法として現在のことを言っているとして訳されたとも解せます。ですから、この訳者が Sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたのか、過去形とみなしたのはわかりません。
⑤(a)Did the alarm not ring?
⑤(b)Perhaps the alarm-clock didn’t ring?
⑥Was it that the alarm-clock hadn’t rung?
⑦(a)Had the alarm clock not gone off?
⑦(b)Had the alarm simply failed?
⑦(c)Had the alarm failed to ring?
⑦(d)Maybe his alarm had failed?
☆⑦(e)Was it possible that the alarm had failed to go off?
⑧Has the alarm clock not gone off?
以上の⑤~⑧の訳では、ことさらに過去形や過去完了形や現在完了形を使って訳されていますから、これらの訳者は Sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
なお、⑥と⑦に関しては、Sollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で → 以降のように読まれることを期待していると考えられないことはありません。⑥Was it that the alarm-clock hadn’t rung? → Is it that the alarm-clock hasn't rung(または didn't ring)?、⑦(a) Had … not gone off → Has ... not gone off(または Did … not go off)、⑦(b)(c) Had … failed → Has ... failed(または Did … fail)、⑦(d) Maybe his alarm had failed? → Maybe his alarm has failed?(または Maybe his alarm failed?)、
⑦(e)Was it possible that the alarm had failed to go off? → Is it possible that the alarm has failed(または the alarm failed) to go off?
ですが、⑤(a) は Did → Does、⑤(b) は didn't → doesn't、⑧は Has … not gone off → Does … not go off と読まれることを期待していると考えますと、現在形になって原文とは意味が全く変わってきてしまいますから、これらの訳者たちがこの原文を体験話法とみなしているということはないと、私は思います。
⑨Is it possible the alarm didn’t go off?
この訳では、はじめの部分が現在形を使って訳されていますから、この訳者は Sollte を過去形とみなしたとは考えにくく、接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
〔付記〕der Wecker の英訳は、 the alarm か、 the alarm clock か、the alarm-clock のいずれかであり、英訳で「鳴る」に該当している動詞は、go off か、ring か、sound のいずれかです。
(2)第Ⅰ部、第6回
Was aber sollte er jetzt tun?
だが、今はどうしたらいいのだろう。(原田訳)
今、為(な)すべきことは何だ?(野村廣之訳)
さて、どうするべきか?(田中一郎訳)
〔直接話法〕Was aber sollte/soll ich jetzt tun?
〔原文の sollte の、この文中での意味〕ここでは、「…すべきである」とか「…すればよい」という感じの意味と考えてよいと思われます。
邦訳ではほとんどが、原田訳のような感じで訳していますが、野村訳や田中訳のように、「…すべきである」という意味をはっきり出して訳している訳もあります。
〔原文の sollte の、英訳での訳し方〕①But what should he do now?、または、②But what was he to do now? としている訳が多いです。
should だけで過去のことが言われることはありませんから、①の訳をしている訳者は、sollte を接続法第Ⅱ式とみなして、should を「…すべきである」という意味で訳したものと思われます。
あるいは、sollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で should he → shall I と読まれることを期待していると考えることも、不可能ではないかもしれません。ですが、shall が「…すべきである」という意味になるのは、辞書によりますと、掟(おきて)や、法律の条文などの場合が普通のようですから、可能性は低いのではないかと思われます。
なお、これから先にも sollte が使われている文がいろいろ出てきますが、それらの sollte を過去形とみなし、さらにはそれらの原文を体験話法とみなして、英訳で should → shall などと読まれることを期待しているという可能性は、前項の(1)やここに記した理由によって、考えられないか、低いと思われますので、これから先では特に記しません。ただし、話者の意志を表わす意味になっている可能性がある(10)(11)(12)は例外になりますが。
②の訳をした訳者は、ことさらに過去形の was … to ~ を使っていますから、sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
さらには、この②と次の④⑤に関しては、文末に now がありますから、この原文を体験話法とみなして、英訳で … was he [supposed] to … ? → … am I [supposed] to … ? と読まれることを期待しているようにも考えられます。ですが、now は「そのとき」という感じの意味で過去形とともに使われることもありますから、必ずしもそのように考えなくてもよいのではないかと私は思います。
なお、now のことは別としまして、これから先にも過去形を使って訳している英訳はいろいろ出てきますので、それらの原文を体験話法とみなして、英訳で上記のような … was he … ? → … am I … ? とか、あるいは … could he … ? → … can I … ? などと読まれることを期待しているという可能性もあることになりますが、煩雑になりますので、これから先は、必要と私が思ったいくつかの箇所以外では、特に記しません。
それで、この文の英訳では、①②のほかにもいろいろな訳し方をしていますが、細かい違いはあっても、おおむねは①か②に近いですから、詳しいことは省略します。ただ、①②とは大きく違った訳し方をしているものだけを、以下にあげておきます。
③But what had he better do now?
ここで使われている had better(これも一種の仮定法) は過去のことを言うことはありませんから、この訳者は sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
④What exactly, though, was he supposed to do now?
⑤But what was he supposed to do now?
☆⑥But, what was to be done now?
④⑤⑥では、②と同じく、ことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者は sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
〔付記〕第6回の連載時には気がつきませんでしたが、この文の aber を「しかし」「だが」のような逆接の意味には訳さずに、「さて」とか「ところで」のように訳している邦訳がかなりあります。この点は、この文の前の内容と合わせて考えなくてはならず、ここで詳しく論じだしますと本稿のテーマから逸脱してきますので、詳しいことは省略します。
ただ、この文が、前の内容と本当の意味で逆の意味になっているかどうかは、確かにちょっと微妙で、どちらが正解とは言えないのではないかと、私は思います。
もっとも、英訳では、訳出していない訳は別として、ほとんどの訳では、この aber を But や Still や Yet(以上は文頭で使用。Still と Yet のあとにはコンマあり)や though(副詞として文末で使用。前にコンマあり)と訳しています。逆接の意味に解していないと思われる訳としては、So what should he do now? が1つあるだけです。
(3)第Ⅰ部、第7回
Aber als er den Kopf endlich außerhalb des Bettes in der freien Luft hielt, bekam er Angst, weiter auf diese Weise vorzurücken, denn wenn er sich schließlich so fallen ließ, mußte geradezu ein Wunder geschehen, wenn der Kopf nicht verletzt werden sollte.
(岡上記)体験話法になっているの可能性があるのは denn 以降です。
だが、頭をとうとうベッドの外の宙に浮かべてみると、このやりかたでさらに前へ乗り出していくことが不安になった。というのは、こうやって最後に身体を下へ落してしまうと、頭を傷つけまいとするならば奇蹟でも起こらなければできるものではない。
(原田訳)
(前略)なぜなら、このまま頭から床に落ちた場合、それでも頭部を傷つけることがなかったとしたら、それは奇跡としか言いようがないからであった。(野村訳)
(前略)つまり、しまいにはどすんと下へ落ちるわけで、そうなると、まさに奇蹟のおこらぬかぎり、頭を怪我(けが)しないですみそうもない。(山下肇〔はじめ〕訳)
〔直接話法〕… , denn wenn ich mich schließlich so fallen lasse, muß geradezu ein Wunder geschehen, wenn der Kopf nicht verletzt werden sollte.
〔注〕この文の場合には、後述の理由で、soll とするよりも、sollte(接続法第Ⅱ式) とした方がよいのではないかと、私は思います。
なお、これと次の(4)に関しては、当時の私の連載では体験話法として取り扱いませんでしたが、体験話法として訳している邦訳も少なくないようですので、ここでは体験話法として考えてみます。
〔原文の sollte の、この文中での意味〕この文の mußte geradezu ein Wunder geschehen, wenn der Kopf nicht verletzt werden sollte. の部分は、邦訳では山下訳のように意訳しているものが多いのですが、原田訳や野村訳のように、原文に書かれている順序で訳して考えてみますと、sollte の意味は、
〔A〕原田訳のような感じで、グレーゴルの意志を表わす意味
とも、
〔B〕野村訳のような感じで、「万一…とすれば」という意味
とも解せます。ですがここでは、前の mußte geradezu ein Wunder geschehen, の内容を考えますと、〔B〕と解した方が自然かなと思われます。ただ、野村訳はここを体験話法として訳してはいませんが、この意味で訳している訳の中では一番それらしく訳していると思いましたので、ここにあげました。
そして、〔B〕の意味の sollen は普通、接続法第Ⅱ式の sollte の形で使われますので、直接話法に書き換える場合には、soll よりも sollte のままにした方が適切です。
〔原文の sollte の、英訳での訳し方〕私も意外でしたが、英訳では、be to … を if とともに使って、「万一…とすれば」という意味を出していると思われる少しのもの(①(c) 、②(b) 、②(c) )以外は、多くの訳がこの sollte を出さない形で訳しています。
訳し方で特に多いパターンは、次の①のような訳し方です。英訳のほとんどは、細部に微妙な違いはあっても、①(a)~(f) のどれかのような訳し方をしています。
①(a)… , it would be a miracle if he did not crack his head; …
①(b)… it would be a miacle if his head were not injured, …
①(c)... , it would take nothing short of a miracle if his head were not to be injured.
①(d)… it would take a miracle to keep his head from being injured.
①(e)… , it would take a miracle not to injure his head.
①(f)… it would take almost a miracle for his head to escape injury.
①(g)… , it would take a downright miracle for his head not to be injured.
以上の①の英訳は、sollte ではなく mußte の訳語としてではありますが、would が使われていることからわかるように、いずれも仮定法で書かれており、過去のことではなく現在のことが言われていますから、これらの訳者、従ってほとんどの英訳者は、sollte を接続法第Ⅱ式とみなして――さらに言いますと、mußte を体験話法とみなして muß(文法的にはこうなりますが、意味的にはむしろ müßte) と読み換えて――訳したと考えてよいと、私は思います。
これら以外で would を使っている訳は、
②(a)... , only an outright miracle would prevent injury to his head.
②(b)… , a miracle would have to occur if the head was not to be injured.
②(c)... , a miracle would have to take place if his head were not to be injured.
ただ、次の1つだけは、ことさらに過去形を使って訳されていますから、この訳者は sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
③… , a miracle had to happen if the head was not to* be injured.
*sollte を過去形とみなしたとすれば、過去形の sollte は「万一…とすれば」という意味にはなりませんので、この訳者は was [not] to をこの意味ではなく、運命のような意味で使ったのかもしれませんが、推測の域を出ません。
〔追記〕その後に思いついたのですが、この③に関しても、had と was が過去形ではなく仮定法になっているという可能性も、全く否定することはできません。ただ、英語の複数の文法書を見てみたところでは、仮定法で結論を言っている文には、could や might や should や would といった助動詞が使われるのが普通のようでして、仮定法の had to とはあまり言わないのではないかとも思います。ですが、あくまでも私の考えですので、ご意見がおありの方はお寄せいただけましたら幸いです。
☆④… , it would require nothing short of a miracle that he wouldn’t end up smashing it(=his head) and doing himself serious injury.
この訳はグレーゴルの意志をはっきり出す形で訳しています。
(4)第Ⅰ部、第7回
Und die Besinnung durfte er gerade jetzt um keinen Preis verlieren; lieber wollte er im Bett bleiben.
そして、とくに今はどんなことがあっても正気を失うわけにはいかないのだ。そこで、むしろベッドにとどまっていようと心にきめた。(原田訳)
こんなまぎわに、失神などしていていいものか。それよりもベッドにいるほうがいい。(池内紀〔おさむ〕訳)
〔直接話法〕Und die Besinnung darf ich gerade jetzt um keinen Preis verlieren; lieber wollte/will ich im Bett bleiben.
〔注〕原文の wollte に関しても、上記の(1)の〔注〕と同じことが言えまして、これを接続法第Ⅱ式とみなせば直接話法でも wollte となりますし、過去形とみなせば直接話法では will となりますが、この点に関する私の見解は(1)のとおりです。
〔原文の wollte の、この文中での意味〕wollen(wollte の不定形〔原形〕) は、lieber とともによく使われて、「[…するよりも] むしろ~したい」とか「[…するよりも] むしろ~する方がよい」という意味になります。lieber は一般的に、接続法第Ⅱ式とともに使われることが多いですが、絶対ではありません。
原田訳では、「…と心にきめた」と言葉を足して、グレーゴルの思いであることを明確にしていますが、純粋に体験話法として訳すとしますと、たとえば池内訳のようになります。
〔原文の wollte の、英訳での訳し方〕この文は私の予想どおり、would を使って訳している訳が多かったです。特に多かったのは、①… ; he would rather stay in bed. です。rather ではなく sooner、stay ではなく remain としている訳もありますが、①と同じ訳と言ってもよいですので、①に含めておきます。
ほかに would を使っている訳は、
②(a)… ; rather than that, he would stay in bed.
②(b)... ; he would prefer to remain in bed.
②(c)… ; he would be better off staying(または remaining) in bed.
②(d)It would be better to stay in bed.
①と②の would は過去のことを言ってはいませんので、これらの訳者は wollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。もっとも、would 自体の意味は、①と②(a)(b) では「…したい」「…しようと思う」、②(c)(d) では「…だろう」という感じになろうかと思いますが。
ただし、wollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で he would → I will、would → will と読まれることを期待していると考えることも、できないことはありません。ちなみに、私は個人的には、英語で would rather … とは言っても、will rather … とはあまり言わないのではないかと思っていましたが、調べてみたところ、言わないわけではないようです。
③... ; he had better stay in bed.
had better も過去のことを言ってはいませんので、この訳者も wollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
④... ; it might, therefore, be better to stay in bed.
この訳の might は、過去形――ただし、まれな用法――として訳されたとも、仮定法として現在のことを言っているとして訳されたとも解せます。ですから、この訳者が wollte を接続法第Ⅱ式とみなしたのか、過去形とみなしたのはわかりません。
次の⑤⑥の訳は、ことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者は wollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
⑤(a)... ; he preferred to stay(または remain) in bed.
⑤(b)So, he preferred staying in bed.
⑤(c)... ; so he rather preferred to keep himself in bed.
⑥... ; it was better to stay in bed.
大変簡単な訳として、
⑦… ; better to stay(または remain) in bed.
がありますが、この訳者が wollte をどちらとみなして訳したのかは、勿論わかりませんね。
〔付記〕この文の die Besinnung … verlieren の解釈も諸訳で分かれていますが、ご関心がおありの方は私の連載の第7回をご覧下さい。
https://ameblo.jp/kafka-kashiragi/entry-12701430042.html
(5)第Ⅰ部、第8回
Wenn er sich auf diese Weise aus dem Bett fallen ließ, blieb der Kopf, den er beim Fall scharf heben wollte, voraussichtlich unverletzt.
もしこんなふうにしてベッドから落ちるならば、頭は落ちるときにぐっと起こしておこうと思うから、傷つかないですむ見込みがある。(原田訳)
この方法でベッドから落ちることにすれば、落ちるとき頭をきつく上にむけて保つつもりだから、頭は大丈夫けがしないですむ。(山下肇訳)
〔直接話法〕Wenn ich mich auf diese Weise aus dem Bett fallen lasse, bleibt der Kopf, den ich beim Fall scharf heben will, voraussichtlich unverletzt.
〔注〕この文の場合には、後述の理由で、wollte(接続法第Ⅱ式) とはならず、will となるのではないかと、私は思います。
原文は接続法では書かれていません。接続法で書かれているのでしたら、ließ ではなく ließe、blieb ではなく bliebe となりますから。この原文は接続法で書いた方が自然のようにも思われますが、ここではともかく普通の過去形で――ただし体験話法で――書かれていますから、wollte だけを接続法第Ⅱ式とみなすのはむしろ不自然で、この wollte も過去形と考えてよいのではないでしょうか。そう考えますと、これを直接話法に書き換えれば当然、現在形の will となりますね。
〔原文の wollte の、この文中での意味〕ここでは、グレーゴルの意志を表わしており、現在形で訳しますと「…したい」「…しようと思う」とか「…するつもりである」という感じになりますね。もっとも、邦訳ではこれを無視して訳出していない訳もかなり多いですが。
〔原文の wollte の、英訳での訳し方〕この文全体として見てみますと、以下の①か、wollte を訳出しない形にしている②のような感じで訳している訳が多いですが、ほかにもいろいろに訳されています。ここにあげなかった訳も、これらの①~⑧のどれかのパターンに必ず入ります。そして、いずれの訳も、
〔1〕普通の過去形として訳した――つまり、wollte を過去形とみなした――のか、
〔2〕過去形として訳して――つまり、wollte を過去形とみなして――いても、この原文を体験話法とみなしていて、英訳の would やその他の助動詞や動詞は現在形として、さらには、he → I などのように読まれることを期待しているのか、
〔3〕仮定法として訳したのか*、
(*この場合には、上記のとおり、wollte だけを接続法第Ⅱ式とみなすことは不自然なのですが、もともとこの原文自体が英語の仮定法のような感じの意味になっています。ですから、過去形の ließ と blieb を、接続法第Ⅱ式か現在形に読み換えて、全体を仮定法として訳したと考えても、それほど無理な解釈ではないと思いますし、以下の訳例の多くは、見た感じでは仮定法ではないかとも思えます)
ということは、残念ながら判断することができません。
菊池先生のご教示では、過去形で書かれた文章の中にこのような文が出てきた場合には、仮定法ではなく、すべて普通の過去形で書かれていると考えた方が妥当とのことでした。さらには、その場合には、意味は現在形で考えるべきとのことでもありました。
英語学的にはこれが正しいと思いますし、これに基づいて考えますと〔2〕が正解ということになります。ただ、ここからは私の考えになりますが、英訳者の皆が皆、文法を詳しく知っているとは限らないでしょうし、〔1〕や〔3〕のつもりで訳したという可能性も、否定はできないと思います。
ただし、①~⑤に関しては、 If に含まれる部分の結論を表わしている文に would か should が使われており、would や should だけで過去の意味になることはありませんから、〔1〕ということはありえません。
①If, in this way, he could let himself fall out of bed, his head, which he planned to raise sharply at the moment of the fall, would probably remain uninjured.
②If he could get himself to tumble from the bed in this way, then he would no doubt prevent injury to his head by lifting it sharply while falling.
③(a)If he dropped out of bed in that way, then he would try to raise his head sharply at the last moment, so that it remained uninjured.
③(b)If he let himself fall out this way, he would have to raise his head sharply to avoid injury; …
④If he could manage to slide out this way, and kept his head up as he did so, then he probably wouldn’t damage it.
☆⑤If he might succeed in falling out of bed using this method, so, by raising his head sharply up as his body falls it shouldn’t get hurt all that much.
⑥(a)If he dropped from the bed in this way, he could probably protect his head by lifting it sharply as he fell.
⑥(b)If he let himself fall out of the bed this way, yanking up his head, the head could remain without injury.
⑥(c)If he managed to fall out of bed like this and kept his head elevated as he did, he could likely avoid injuring it.
⑦(a)When he let himself fall out of bed in this way, the head, which he was about to lift sharply as he fell, was expected to remain uninjured.
この訳では if ではなく when が使われていますから、過去形の可能性が高いかなとも思われますが、辞書によりますと、when も if とほぼ同じ意味で用いられることがあるようですから、仮定法では絶対にないとは言い切れないと思います。
それから、be 動詞が仮定法になった場合には were となるのが普通ですが、was となることもありますから、この点でも、仮定法では絶対にないとは言い切れないと思います。このことは、次の⑦(b) と⑧にも当てはまります。
⑦(b)By dropping like this, the head, which he intended to hold firmly erect, was unlikely to suffer any harm.
⑧If he managed to slide his body out of the bed in that fashion, then there was a good chance his head would not be injured, because he planned to lift it sharply during the fall.
⑧の would に関しては、この文を過去形とみなした場合には、will が時制の一致で would になったと考えればそれでよいと思います。
最後になりましたが、過去形とみなすのか仮定法とみなすのかは別として、wollte の訳し方としましては、これまでに出てきた intended to、planned to、was about to のほかに、meant to、wanted to、would としている訳もあることも、申し添えておきます。
〔付記〕この文の scharf の解釈は案外難しく、諸訳で分かれていますが、ご関心がおありの方は私の連載の第8回をご覧下さい。
https://ameblo.jp/kafka-kashiragi/entry-12712261733.html
(6)第Ⅰ部、第10回
Es schien leider, daß er keine eigentlichen Zähne hatte, – womit sollte er gleich den Schlüssel fassen? – aber dafür waren die Kiefer freilich sehr stark; …
(岡上記)体験話法になっているのは womit sollte er gleich den Schlüssel fassen? だけですし、これを体験話法とはみなさない考え方もあります。
残念なことに、歯らしいものがないようだった――なんですぐ鍵をつかんだらいいのだろうか――。ところが、そのかわり顎(あご)はむろんひどく頑丈(がんじょう)で、… (原田訳)
(岡上記)原田訳では gleich を「すぐ」と訳していますが、この gleich はその意味ではなく、単に疑問文の意味を強める用法です。一部の辞書では、この用法では doch を伴うように記されていますが、必ずしもその必要はなく、gleich だけでもこの用法は成り立ちます。
残念なことに、歯らしい歯はないようだったが、――いったい、なんで鍵をつかんだらいいのだ?――しかし、そのかわりに顎がとてもがんじょうだった。(辻瑆〔ひかる〕訳)
〔直接話法〕 womit sollte/soll ich gleich den Schlüssel fassen?
〔原文の sollte の、この文中での意味〕ここでは(2)と同じく、「…すべきである」とか「…すればよい」という感じの意味と考えてよいと思われます。邦訳ではほとんどすべてが、原田訳や辻訳のような感じで訳しています。
〔原文の sollte の、英訳での訳し方〕この文は、英訳ではとても多様に訳されていますが、それらをすべてあげていますと、とても長く、煩雑になりそうですので、思い切って概括的に記します。つまり、以下に典型的な訳し方を3つ(①②③)あげ、sollte 以外の部分の訳し方のヴァリエーションは、あとの〔付記〕でまとめて記します。
①…―what should he grip the key with?―…
ただ、should を使っている訳は意外に少なく、私が見た範囲では5つだけでした。should ではなくて could を使っている訳の方がむしろ多いです。ですが、could にしますと原文の意味とは変わってきますので、あまり感心はしません。ある訳では、はじめは ...―what could he grip the key with? としていましたが、改訂版では ...―what was he supposed to grip the key with?―... としています。
should だけで過去のことが言われることはありませんから、①のような訳をしている訳者は、sollte を接続法第Ⅱ式とみなして、should を「…すべきである」という意味で訳したものと思われます。
一方で could は、過去形として訳されたとも、仮定法として現在のことを言っているとして訳されたとも解せます。ですから、could を使った訳者たちが、sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたのか、過去形とみなしたのはわかりません。
②...―what was he to get a grip on the key with?―...
③…―what was he supposed to grip the key with?―...
②の was … to や③の was … supposed to ではなくて、was … going to としている訳も案外多いですが、これも意味が変わってきてしまいますね。
いずれにしましても、②と③のような訳や、was … going to を使った訳は、ことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者は sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
なお、ユニークな訳としては、次の3つがあります。
④...―what should he use to grasp the key?―...
⑤... , [it seemed that he had no real teeth] with which to catch hold of the key, ...
⑤は「前置詞+関係代名詞+to 不定詞」という形で、逐語訳をしますと、「彼にはそれでもって鍵をつかまえるべき本物の歯がないように思われた」という感じになりますから、sollte の意味はきちんと出していますね。もっともこの形からは、この訳者が sollte をどちらとみなして訳したのかはわかりませんが。
☆⑥How on earth am I going to be able to get a good grip on the key?
この訳は現在形で訳していますから、sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたものと思われます。
〔付記〕sollte 以外の部分の訳し方ですが、
※what … with に関しては、with を what の前に置いている訳もあります。それから、この2語を使わずに how と訳している訳も案外多いです。
※fassen に関しては、grasp か grip としている訳が多いですが、ほかにも、clasp、hold、get、get a grip on、get a good grip on、get a hold of、catch hold of、take hold of、grab hold of としている訳もあります。
※gleich に関しては、上記のように訳出していない訳も多いですが、訳出していると思われる訳では、文頭に so を入れたり(so のあとにさらにコンマを入れているものも)、now を入れたり、so now を入れたり、how や with what のあとに then や on earth を入れたり、he のあとに then を入れたり(then の前後にさらにコンマを入れているものも)、with what のあとに else を入れたりしています。
(7)第Ⅱ部、第12回
Wie aber, wenn jetzt alle Ruhe, aller Wohlstand, alle Zufriedenheit ein Ende mit Schrecken nehmen sollten?
だが、もし今、あらゆる安静や幸福や満足が恐怖で終りを告げることになったらどうだろうか。(原田訳)
ところがいまや安穏(あんのん)無事な生活のいっさいが、恐怖とともに終わってしまわなければならないとすれば、これはまたどうなることだろう。(川崎芳隆訳)
〔直接話法〕直接話法に書き換えても、上記の原文と同じになります。
〔注〕ここに関しては、私の連載の第12回の付録的な記事である「ドイツ語の体験話法に関しての補足」から引用します。
これ(注:wie, wenn …)は一種の慣用的な表現であり、「...ならばどうなのか」という意味になります。Wie のあとには、wäre(sein の接続法第Ⅱ式)、あるいは、wäre es が省略されています*。
*(今回記)これまではこう書いていましたが、やはり es も入れた方が正確ですので、「Wie のあとには、wäre(sein の接続法第Ⅱ式) es が省略されています。」と訂正しました。
直接話法で書いてもこの文(注:ここの(7)であげた原文)と同じになります。sollten は sollen の接続法第Ⅱ式です。直接話法で書くと sollen となり、体験話法になったから過去形の sollten となったという解釈も考えられるかもしれませんが、上記のとおり、Wie のあとには、wäre、あるいは、wäre es を補って考えるのが普通ですから*、この sollten も接続法第Ⅱ式と考えた方がよいと、私は思います。
*(今回記)ここも、「Wie のあとには、wäre es を補って考えるのが普通ですから、」と訂正しました。
さらに補足しますと、省略されている wäre es を補って Wie aber を書き換えますと、Wie wäre es aber のようになります。aber の位置は厳密には決まっていませんから、ここでなくても構わないと思われますが、ドイツ語の語感に詳しい中田和子様のご意見では、ここが一番自然とのことでした(今回もご教示に感謝いたします)。また、ここの sollten は、(3)でも出てきた「万一…とすれば」という意味であり、この意味の sollen は普通、接続法第Ⅱ式の形で使われます。
〔原文の sollten の、この文中での意味〕これは前記のとおりです。邦訳では「万一」という言葉を入れて訳しているものはありませんが、ほぼすべての邦訳は原田訳や川崎訳のように訳しており、この意味に解したと考えてよいのではないかと私は思います。原田訳のような「なったら」の「た」は、現在のことを言っているのか、過去のことを言っているのか、微妙な面もありますが、ここでは現在のこととして訳しているとみなしておきます。川崎訳は明確に現在のこととして訳していますね。
〔原文の sollten の、英訳での訳し方〕この文に関しては、全体的な訳し方はあまり大きく分かれていません。
①But what if all peace, all prosperity, all contentment, were to come to a sudden and terrible end?
文中のいろいろな箇所に now を入れている訳もあるなどの微妙な違いはあっても、ほとんどの英訳はこのように訳しています。
sollten の訳としては、この訳のように were to としている訳も多いですが、should としている訳も多いです。英語の be to や should には「万一…とすれば」という意味がありますから、これらの訳は原文の意味をきちんと出していますね。ほかに were expected to としている訳が1つだけありましたが、ちょっと意味が違うように思われます。
また、sollten を訳出せずに、came to a horrible(または、terrible) end とか、were now coming to a horrific end とか、were now approaching a terrible end としている訳もあります。
過去のことを言っていない should は勿論のこととして、それ以外の訳で使われた were や came も、形だけから見ますと過去形とも解せますが、やはり仮定法として現在のことを言っていると考えた方が自然ではないかと、私は思います。ですから、英訳者はみな、この sollten を接続法第Ⅱ式とみなして訳したと考えてよいのではないでしょうか。
なお、ユニークな訳としては、次の2つがあります。
②But what if all this serenity, fortune, and coziness were to abruptly shatter into a terrifying nightmare?
形としては①と全く同じですが、使われている語が面白いですね。
③But what if all should be taken from them(グレーゴルとその家族) now―all security, all contentment [should be が省略] brought to a terrible end?
これもかなり凝った訳ですね。
〔付記〕ここでも、sollten 以外の部分の訳し方のヴァリエーションを見ておきたいと思います。ただし、あまり細かく見ていますと長くなりますので、比較的興味深い、次の4つだけにしておきます。なお、Zufriedenheit はほとんどの訳で contentment とされています。
※Wie:英語には、wie, wenn … と同じ意味で what if という慣用句がありますので、ほとんどの訳では [But] what [if …] と訳されていますが、[But] how[, if …] としている訳や、語句を補って、[But] how would it be [if …] とか、[But] how would things go [if …] とか、What would happen [now, if …] としている訳もあります。
※Ruhe:calm(名詞);peace;peace and quiet(名詞);peace and tranquility;quiet(名詞);security;serenity;tranqulity
※Wohlstand:affluence;comfort;fortune;happiness;prosperity;wealth and comfort;well-being
※ein Ende mit Schrecken nehmen:動詞はすべて原形に統一して示します。approach a shocking / terrible end;come to a dreadful / fearful / horrible / horrific / horrifying / terrible / terrifying end;come to a horrible and frightening end;come to a sudden and terrible end;come to an end in / with horror;come to a detestable finality;end horribly;end in horror / terror;end in terror and disaster;bring to a terrible end;be brought to a frightful end、shatter into a terrifying nightmare
(8)第Ⅱ部、第13回
Nun kam gewiß bis zum Morgen niemand mehr zu Gregor herein; er hatte also eine lange Zeit, um ungestört zu überlegen, wie er sein Leben jetzt neu ordnen sollte.
それでは朝までもうだれもグレゴールの部屋へは入ってこないというわけだ。だから、自分の生活をここでどういうふうに設計すべきか、じゃまされずにとっくり考える時間がたっぷりとあるわけだ。
〔直接話法〕Nun kommt gewiß bis zum Morgen niemand mehr zu mir herein; ich habe also eine lange Zeit, um ungestört zu überlegen, wie ich mein Leben jetzt neu ordnen sollte/soll.
〔原文の sollte の、この文中での意味〕ここでは(2)や(6)と同じく、「…すべきである」とか「…すればよい」という感じの意味と考えてよいと思われます。ここでも多くの邦訳が、原田訳のような感じで訳しています。もっとも、「今後の生活をどうたててゆくか」「これからさきの生活をどんなふうにととのえていくか」などのように、sollte を訳出していない訳もいくつかありますが。
〔原文の sollte の、英訳での訳し方〕まずは、should としている訳をあげます。かなり多くの訳が、①(a)のように訳しています。
①(a)how he should rearrange / reconstruct / reorganize / go about rearranging his life
このパターンでは、should のあとに now を入れている訳や、life のあとに now や from now on や from scratch を入れている訳もあります。
①(b)how he should put his life in order again
①(c)how he should organize his life
①の訳者たちは、(2)や(6)と全く同じ理由で、sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
次に、以下のように簡単に訳している訳もかなり多いです。
②(a)how to rearrange / restructure his life
②(b)how to organize his life from now on
③how best to rearrange / reorder / reorganize his life
これらの訳でも「…すべきである」という意味はきちんと出ています。ただし、これらの訳者が sollte をどちらとみなして訳したのかはわかりませんね。
また、1つだけですが、次のように非常にあっさり訳している訳もあります。
④the ordering of his new life
ここまであっさりしてしまうと、「…すべきである」という意味は出ませんね。この訳者も sollte をどちらとみなして訳したのかはわかりません。
⑤(a)how he was to arrange his life afresh
⑤(b)how he was to order his life anew
⑤(c)how he was to rearrange his life
⑤(d)how he was to re-organise his life from scratch
⑥(a)how he was going to manage his new life
⑥(b)how he was now going to reorganise his life
⑦how he needed to reconfigure his life
⑤⑥⑦の訳は、ことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者は sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
⑧how he would reorganize his life
⑨(a)how he would have to re-arrange his life
⑨(b)how his life would now have to be rearranged
would だけで過去のことが言われることはありませんから、これらの訳者は sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
⑩(a)how he could reorder his life
⑩(b)how he could bring order into his life
could は、過去形として訳されたとも、仮定法として現在のことを言っているとして訳されたとも解せます。ですから、これらの訳者が sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたのか、過去形とみなしたのはわかりません。
ですが、それはそれとして、⑨の訳はこれで原文に近い意味が出ていると思いますが、⑧や⑩のように、sollte を単に would や could と訳しますと、やはり sollte とは意味が変わってきてしまいます。ここであえてこのように訳す必要性もなく、これらの訳は適切とは言えないと私は思います。
〔付記〕文中の jetzt や neu は、訳出していない訳も多いです。ついでながら、この jetzt は、「今から」「これから」という感じの意味とも解せますし、単に疑問文の意味を強めるだけの用法もありますから、これとも解せます。また、neu に関しては、re で始まる動詞を使って訳している訳では、この re の部分に neu の意味を含ませたのではないかと思われます。
(9)第Ⅱ部、第13回
Ob sie wohl bemerken würde, daß er die Milch stehengelassen hatte, und zwar keineswegs aus Mangel an Hunger, und ob sie eine andere Speise hereinbringen würde, die ihm besser entsprach? Täte sie es nicht von selbst, er wollte lieber verhungern, als sie darauf aufmerksam machen, trotzdem es ihn eigentlich ungeheuer drängte, unterm Kanapee vorzuschießen, sich der Schwester zu Füßen zu werfen und sie um irgend etwas Gutes zum Essen zu bitten.
(岡上記)
※体験話法になっているのは Ob sie wohl bemerken würde, から、als sie darauf aufmerksam machen, までですが、trotzdem 以下も体験話法とみなす考え方もあります。
※Täte sie es nicht von selbst, の訳し方が、原田訳と高安訳・野村訳で違っていますが、これに関してはあとの〔付記〕をご覧下さい。
※darauf の dar の部分は、前の Ob sie ... 以下の内容をさしています。
ミルクをほったらかしにしたのに気づくだろうか。しかもけっして食欲がないからではなかったのだ。また、彼の口にもっと合うような別な食べものをもってくるのだろうか。妹が自分でそうしてくれないだろうか。妹にそのことを注意するくらいなら、飢え死(うえじに)したほうがましだ。それにもかかわらず、ほんとうはソファの下から跳(と)び出して、妹の足もとに身を投げ、何かうまいものをくれといいたくてたまらないのだった。(原田訳)
(前略)もし彼女が自分からそのことに気づいてくれないなら、たとえ飢え死にしても自分から彼女にそれを言うことはすまい。(後略)(高安訳)
(前略)もし妹が彼女自身の判断でそうしてくれないなら、妹にそのことを気づかせることよりも自分は餓死することを選ぶだろう。(後略)(野村訳)
〔直接話法〕直接話法への書き換えは、本項では wollte のことがテーマですので、該当する部分だけにしておきます。Täte sie es nicht von selbst, ich wollte lieber verhungern, als sie darauf aufmerksam machen, ...
〔注〕接続法の動詞は、体験話法になってもそのままにされることが多いですから、体験話法から直接話法に書き換えますとこのようになります。また、この wollte は、接続法第Ⅱ式となっている Täte とつながっていますから、これも接続法第Ⅱ式とみなすのが妥当であると私は思います。
〔原文の wollte の、この文中での意味〕(4)と全く同じ用法であり、lieber と合わせて、「[…するよりも] むしろ~したい」とか「[…するよりも] むしろ~する方がよい」という意味になります。邦訳では原田訳のように訳しているものが多いですが、高安訳や野村訳などは別の訳し方をしています。
〔原文の wollte の、英訳での訳し方〕多くの英訳が、次の①(a) のように訳しています。
①(a)…[,] he would rather starve than …
rather の代わりに sooner としている訳も少しあります。また、starve だけでなく starve to death としている訳や、starve の代わりに die from hunger とか、die of hunger とか、go hungry としている訳もあります。than のあとは非常に多様に訳されていて面白いですので、あとの〔付記〕で記します。
①(b)... , he would starve rather than call her attention to it, ...
①(c)... , he would prefer to starve than point it out, ...
①の would は過去のことを言ってはいませんので、これらの訳者は wollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。ここでの would の意味は、「…したい」「…しようと思う」という感じになります。
ただし、wollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で he would → I will と読まれることを期待していると考えることも、できないことはありません。(4)でも記しましたが、英語では would rather … と言うことが多いものの、will rather … とも言うようです。
②... , then he preferred to die rather than tell her, ...
③... , he was rather going to starve than point this out to her.
④(a)... , he would rather have died of hunger than draw her attention to these things, ...
④(b)... , he would rather have starved to death than draw her attention to it, ...
②③④の訳は、ことさらに過去形や完了形を使って訳されていますから、これらの訳者は wollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
〔付記〕wollte を含んでいる、Täte sie es nicht von selbst, er wollte lieber verhungern, als sie darauf aufmerksam machen, での、wollte の訳し方以外の解釈上の問題に関しては、私の第13回の連載をご覧いただいても構わないところなのですが、ここで全然ふれないわけにも行きにくい面もありますので、上記の連載から、必要と思われる部分を引用しておきます。
③Täte sie es nicht von selbst, は、邦訳では、疑問文と解している訳(原田訳のほかは、高橋(義孝)訳、山下肇訳、片岡啓治訳のみ)と、接続詞の wenn を用いた文の代用と解している訳とがありますが、英訳ではすべて後者と解しています。やはり後者と解した方があとの文とのつながり自然ではないかと、私は思います。
ですが、後者と解しますと、ich wollte は、Wenn sie es nicht von selbst tät という副文のあとになりますから、wollte ich という語順になるのが文法的には正しいですね。そこで私は、Täte sie es nicht von selbst, を Wenn sie auch es nicht von selbst tät と解して譲歩の意味と考え、「彼女がみずからそれをしないとしても」と解することもできるのではないかと思いました。副文が譲歩の意味になる場合には、あとの主文の語順は「定動詞+主語+...」とはならず、「主語+定動詞+...」となることが少なくありませんから、こう考えますと語順の問題も解決します。ですが、邦訳にも英訳にも私と同じように解しているものは1つもありませんでしたし、語順が ich wollte になっているのも、単なる文法的な乱れにすぎないのかもしれませんが。
④er wollte lieber verhungern, als sie darauf aufmerksam machen, の daraufは、前の Ob sie ... 以下の内容をさしています。あとの trotzdem 以下の内容をさしていると解している邦訳も少しだけありますが、この解釈はちょっと無理ではないかと私は思います。指示語がそれよりもあとの語をさすということは、よほどのことがないかぎり、ありませんから。
それから、①(a) の …[,] he would rather starve than … の than 以下の訳し方ですが、次のように訳されています。bring it to her attention;call it(または this) to her attention;call her attention to it(または the fact);direct her attention to it;draw her attention to it(または the fact、または the matter);point it out;point it(または this) out to her;make her aware of it(または this);tell her;call to her attention a matter of that sort
call を使った表現が2通りあるのは面白いですね。call … to one's attention は、bring … to one's attention と――ニュアンスの微妙な違いはあるようですが――ほぼ同義とみなしてよいと思われます。
(10)第Ⅱ部、第15回
Und die alte Mutter sollte nun vielleicht Geld verdienen, die an Asthma litt, der eine Wanderung durch die Wohnung schon Anstrengung verursachte, und die jeden zweiten Tag in Atembeschwerden auf dem Sofa beim offenen Fenster verbrachte?
そこで母親が働かなければならないのだろうが、これが喘息(ぜんそく)もちで、家のなかを歩くのにさえ骨が折れる始末であって、一日おきに呼吸困難に陥(おちい)り、開いた窓の前のソファの上で過ごさなければならない。
〔直接話法〕Und die alte Mutter sollte/soll nun vielleicht Geld verdienen, die an Asthma leidet, der eine Wanderung durch die Wohnung schon Anstrengung verursacht, und die jeden zweiten Tag in Atembeschwerden auf dem Sofa beim offenen Fenster verbringt?
〔原文の sollte の、この文中での意味〕ここと次の(11)の文は、私の連載の第15回でかなり詳しく取り扱っていましたが、特に英訳に関しては、より詳しくここで見ていきたいと思います。
sollte の意味に関しては、必要と思われる箇所を、以下に第15回から引用して済ませておきます。ただし、第15回で(1)(2)(3)としていた番号は、本稿の項目の通し番号と同じ形になっており、混乱を避けるため、ここでは〔A〕〔B〕〔C〕と直しました。
この sollte は、(中略)いろいろな訳し方がされていますが、文末に?があるにもかかわらず、普通の文の語順になっていますから、いわゆる「修辞疑問文」で、「...なのだろうか、いや、そうではない」という感じの意味になります。
それで、ここの訳し方ですが、
〔A〕接続法第Ⅱ式の sollte* には、「...なのだろうか」と反問や疑惑を表す意味がありますから、「老母が稼ぐというのだろうか(、いや、稼げるはずがない:この部分は、次の (2) (3) に当てはめても意味は通じますね)」のようにも訳せます。(中略)
*補足:接続法第Ⅱ式で使われることが多いですが、接続法第Ⅱ式でなくても、この意味になることはあります。
〔B〕義務を表す sollen のニュアンスを出して、「老母が稼ぐべきなのだろうか/稼がなくてはいけないのだろうか(、いや、稼ぐなどという義務はない)」のようにも訳せます。(中略)
〔C〕話者の意志を表す sollen のニュアンスを出して、「老母に稼がせるというのだろうか(、いや、そんなことはさせられない)」のようにも訳せます。(中略)
ここはどのような訳し方が正しいとか間違いとかいったことは全然なく、訳者がそれぞれに工夫して自由に訳せばよいのではないかと、私は思います*。ただ、しいて言いますと、原田訳ですと反語的な疑問文の感じが出ていませんから、今一つかなと思います。もっとも、このあとの、妹のことを言っている箇所では、原田訳も「どうしてこんな妹がかせぐことができるだろうか」としていますから、ここも疑問文であることは原田先生もおわかりであったものとは思いますが。
*今回での補足:邦訳でも、訳し方はこの〔A〕〔B〕〔C〕の3つのパターンに分かれています。長くなりますので訳例は省略しますが、私の連載の第15回であげていますので、ご関心がおありの方はご覧下さい。
https://note.com/okanoue_kafka/n/nf7747563669d
〔原文の sollte の、英訳での訳し方〕英訳ではいろいろに訳されていますが、should か was to か was supposed to としているものが多いです。それぞれの例を少しあげておきます。
①(a)And should his old mother now maybe work for money, … ?
①(b)And how should the elderly mother earn a living, ... ?
①(c)And should Gregor’s old mother, ... , be expected to earn money?
①(d)And should his mother now have to earn money, ... ?
should だけで過去のことが言われることはありませんから、これらの訳者は sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
ただし、(a)(b) に関しては、訳者が上記の〔C〕の意味のつもりで訳したのでしたら、sollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で should → shall、his → my と読まれることを期待していると考えることも、できないことはありません。
ですが、(c)(d) に関しては、ほかの語句とともに用いられており、読んだ感じからして、(c) は上記の〔A〕か〔B〕、(d) は〔A〕の意味と考えられますが、(1)と(2)で記したように、shall は〔A〕の意味ではあまり使われませんし、〔B〕の意味も特殊な場合にしか使われませんから、上記のような可能性は低いと思われます。
②(a)And was his old mother now to earn money, … ?
②(b)And Gregor's old mother, how was she to earn a living … , … ?
③And the old mother was now perhaps supposed to earn money, ... ?
②と③では、ことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者は sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
このほかには、次のような訳があります。
④(a)… , it was out of the question for his aged mother to be able to earn any money, ... (? はナシ)
④(b)So was it up to Gregor’s elderly mother―…―to go out to work?
④(c)Perhaps the old mother now had to earn money?
④でもことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者も sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
⑤(a)And the old mother would not be able to earn much, ... (? はナシ)
⑤(b)Would Gregor’s elderly mother now have to go and earn money?
⑤(c)Would it now be up to Gregor’s ageing mother to go out and make money?
⑤に関しては、would だけで過去のことが言われることはありませんから、ここでは仮定法であり、「…するだろう」という推量的な意味で訳されたものと考えられます。ですから、これらの訳者は sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
ただし、sollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で would → will、Would → Will、Gregor's → my と読まれることを期待していると考えることも、できないことはありません。will にも推量的な意味はありますから。
⑥And ought his old mother now to be expected to earn money?
⑥に関しては、ought to だけで過去のことが言われることはありませんから、この訳者は sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
(11)第Ⅱ部、第15回
Und die Schwester sollte Geld verdienen, die noch ein Kind war mit ihren siebzehn Jahren, und der ihre bisherige Lebensweise so sehr zu gönnen war, die daraus bestanden hatte, sich nett zu kleiden, lange zu schlafen, in der Wirtschaft mitzuhelfen, an ein paar bescheidenen Vergnügungen sich zu beteiligen und vor allem Violine zu spielen?
すると妹がかせがなければならないというわけだが、これはまだ十七歳の子供であり、これまでの生活ではひどく恵まれて育ってきたのだった。きれいな服を着て、たっぷりと眠り、家事の手伝いをし、ささやかな気ばらしにときどき加わり、何よりもヴァイオリンを弾(ひ)く、という生活のしかただった。どうしてこんな妹がかせぐことができるだろうか。
〔直接話法〕Und die Schwester sollte/soll Geld verdienen, die noch ein Kind ist mit ihren siebzehn Jahren, und der ihre bisherige Lebensweise so sehr zu gönnen ist (または war*), die daraus bestanden hat (または bestand), sich nett zu kleiden, lange zu schlafen, in der Wirtschaft mitzuhelfen, an ein paar bescheidenen Vergnügungen sich zu beteiligen und vor allem Violine zu spielen?
〔注〕*の箇所では、これを ist とするのか、war とするのかによって意味がだいぶ変わってきますが、本稿のテーマではありませんので、ご関心がおありの方は私の連載の第15回をご覧下さい。
https://note.com/okanoue_kafka/n/nf7747563669d
〔原文の sollte の、この文中での意味〕この文は前の(10)の続きであり、ご覧いただきますとおわかりのように、この sollte は(10)の sollte と全く同じ意味で使われています。
〔原文の sollte の、英訳での訳し方〕英訳でも(10)と同じように訳されています。もっとも、(10)とは訳し方を変えてある英訳もかなりありますが、そのようなパターンをあげていますと煩雑になりますし、あげる必要性もないと思いますので、省略します。ただ、(10)であげていなかった訳し方を、ここでだけしている訳が4つありましたので、それらだけをあげておきます。
①And must his sister work for wages, ... ?
must はこれだけで過去のことを言うことはありませんから、この訳者は sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
②And his sister, ...―was she to be expected to earn money?
この訳はことさらに過去形を使って訳されていますから、この訳者は sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
③And his sister ...―...―could not be expected to earn any money.
could は、過去形として訳されたとも、仮定法として現在のことを言っているとして訳されたとも解せます。ですから、この訳者が sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたのか、過去形とみなしたのはわかりません。
☆④And, then too, there's(=there is) his seventeen year old sister, she's(=she is) supposed to find work somewhere, …
この訳は現在形で訳していますから、sollte を接続法第Ⅱ式とみなしたものと思われます。
(12)第Ⅱ部、第17回
Nichts sollte entfernt werden; alles mußte bleiben; die guten Einwirkungen der Möbel auf seinen Zustand konnte er nicht entbehren; und wenn die Möbel ihn hinderten, das sinnlose Herumkriechen zu betreiben, so war es kein Schaden, sondern ein großer Vorteil.
何一つ取りのけてはならない。みんなもとのままに残されていなければならない。家具が自分の状態の上に及ぼすいい影響というものがなくてはならない。そして、たとい家具が意味もなくはい廻(まわ)るじゃまになっても、それは損害ではなくて、大きな利益なのだ。(原田訳)
なんにも運び出させてはならない。(後略;以下同じ)(辻訳)
何ひとつ運び去ってもらいたくない、…(立川〔たつかわ〕洋三訳)
みんなそのままでなくちゃ。(丘沢静也〔しずや〕訳)
駄目だ、何も部屋から運び出させてはいけない。(野村訳)
全部そのまま置いておいてもらうのだ。(川島隆訳)
〔直接話法〕Nichts soll/sollte entfernt werden; alles muß bleiben; die guten Einwirkungen der Möbel auf meinen Zustand kann ich nicht entbehren; und wenn die Möbel mich hindern, das sinnlose Herumkriechen zu betreiben, so ist es kein Schaden, sondern ein großer Vorteil.
〔注〕この文はどちらかと言いますと断定的な感じで言われていますから、原文の sollte は、婉曲(えんきょく)的なニュアンスが強い接続法第Ⅱ式とみなすよりも、過去形とみなした方が自然かなと私は思いますが、断定はできません。
私の連載の第17回での直接話法への書き換えでは、現在形の soll のみを記していましたが、ここでは接続法第Ⅱ式の sollte も併記しておきます。
〔原文の sollte の、この文中での意味〕この sollte は、「…すべきである」と解することもできますが、原田訳のようにグレーゴルの意志を表わしていると考えてよいのではないでしょうか。辻訳、立川訳、丘沢訳、野村訳、川島訳は、その感じをいっそう出して訳していますね。
〔原文の sollte の、英訳での訳し方〕英訳者が sollte をどちらとみなして訳したかに関しては、ここでもこれまでと同じような感じで推測します。ただし、ここの場合には、以下の訳し方のいかんにかかわらず、nothing の前に、原文にはない No, を加えて訳している訳がいくつかあり、これらの訳者はここを体験話法とみなしたとも考えられますね。このことを別にしますと、原文の Nichts sollte entfernt werden; … に関しては以下のように訳されています。
①Nothing should be removed; …(または , …)
このように訳している訳が多いです。should だけで過去のことが言われることはありませんから、①の訳をしている訳者は、sollte を接続法第Ⅱ式とみなして、should を「…すべきである」という意味で訳したものと思われます。
sollte を過去形とみなし、さらにはこの原文を体験話法とみなして、英訳で should → shall と読まれることを期待している可能性は、「…すべきである」という意味に解したのでしたら、(2)で記した理由によって、低いのではないかと思われます。ですが、shall を話者の意志を表わす意味に解したのでしたら、上記の可能性はありうるとも思われます。
②(a)Nothing must be removed, …
②(b)Nothing ought to be removed from here; …
must や ought to もこれだけで過去のことを言うことはありませんから、②の訳者も sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したものと思われます。
③Nothing was to be removed; …(または , … 、または .)
この③のように訳している訳も多いです。
④No, nothing had to be removed; …
③④の訳はことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者は sollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
⑤Nothing, he decided, would be moved; ...
この訳ではわざわざ he decided と補っており、体験話法として訳していますね。この would は、will が時制の一致で過去形の would になったものと思われます。would を仮定法として書いていると解せないこともないように思えますが、菊池先生のご教示では、時制の一致と解するのが妥当とのことでした。いずれにしましても、この訳者は sollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したのでないかと思われます。
それから、現代の英語での will は、このように主語が物などであっても、話者の意志を表わす意味になることもあるようです。
〔付記〕
※Nothing ではなく、Not a thing としている訳が1つだけあります。
※entfernt werden の訳し方は、be removed としている訳が多いですが、be moved、be taken away、be taken out、be taken out of his room としている訳もあります。また、be removed のあとに from here、または from his room と付け加えている訳もあります。
(13)第Ⅱ部、第18回
(Die Absicht Gretes war für Gregor klar,) sie wollte die Mutter in Sicherheit bringen und dann ihn von der Wand hinunterjagen.
(岡上記)カッコ内は導入的な表現で普通の文であり、sie wollte から体験話法になっています。
グレーテの意図はグレゴールには明らかであった。母親を安全なところへつれ出し、それから彼を壁から追い払おうというのだ。
(原田訳)
(前略)母を安全なところに運んでおいて、それから自分を追い落とすつもりなのだ。(三原訳)
(岡上記)原田訳は ihn を「彼を」と訳していますが、三原訳は純粋に体験話法として「自分を」と訳していますね。
〔直接話法〕sie will/wollte die Mutter in Sicherheit bringen und dann mich von der Wand hinunterjagen.
〔注〕この文も(12)と同じく、どちらかと言いますと断定的な感じで言われていますから、原文の wollte は、婉曲(えんきょく)的なニュアンスが強い接続法第Ⅱ式とみなすよりも、過去形とみなした方が自然かなと私は思いますが、断定はできません。
私の連載の第18回での直接話法への書き換えでは、現在形の will のみを記していましたが、ここでは接続法第Ⅱ式の wollte も併記しておきます。
〔原文の wollte の、この文中での意味〕ここでは、妹の意志を表わしており、現在形で訳しますと「…したい」とか「…しようと思う」という感じになります。邦訳もほぼすべてが、原田訳や三原訳のような感じで訳しています。
〔原文の wollte の、英訳での訳し方〕die Mutter in Sicherheit bringen と ihn von der Wand hinunterjagen は多様に訳されています――〔付記〕で記します――が、この点を除きますと、訳し方はほぼ同じです。典型的なパターンは、
①(a)… :(または , 、または ;) she wanted to bring her mother to safety and then chase him down from the wall.
wanted to の代わりに、meant to や、wished to や、was going to を使っていたり、 and の前にコンマ、もしくは first を入れていたり、then のあとに to を入れていたりする訳もあります。
①(b)... : she was going to get her mother to safety and then come back and chase him down off the wall.
訳し方は①(a) と同じですが、come back and と入れているのがユニークと思いましたので、あげておきます。
これらの訳ではことさらに過去形を使って訳されていますから、これらの訳者も私の判断どおり、wollte を過去形とみなして訳したものと思われます。
ただ、3つだけですが、次のように訳している訳もあります。
②(a)It was obvious to Gregor that she wanted to get the mother to safety and then chase him down from the wall.
②(b)It was clear to Gregor that she intended to get the mother to safety and then chase him down from the wall.
②(c)It was clear to Gregor that Grete wanted to escort her mother to safety and then chase him down from the wall.
これらの訳では、時制の一致の原則からしますと、wanted や intended は現在形の wants や intends とみなされますから、wollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳したと考えられないこともありません。
ですが、今の英語では、時制の一致の原則はさほど厳密には守られないこともあるようでして、had wanted や had intended のつもりで書いたとも考えられますから、これらの訳者が wollte をどちらとみなして訳したのかは、はっきりとはわかりません。
〔付記〕
※die Mutter in Sicherheit bringen の訳し方:bring / escort / get / lead / take … to safety(このパターンが多いです) : … の部分は her mother としている訳が多いですが、his mother、their mother、the mother としている訳もあります;bestow her mother in safety;bring his mother into safety;bring his mother to a safe place;get her mother into security;get her mother out of harm's way;get her mother out of the way;get her mother safely out of the way;get her mother out safely;get her mother safely away;put her mother in a safe place;☆put mother back into the security of the living room;take the mother away to a safe place;take his mother away anywhere safe;take her mother somewhere safe
※ihn von der Wand hinunterjagen の訳し方:chase him down from the wall(これが多いです);chase him down off the wall;chase him down the wall;chase him from the wall;chase him(または Gregor) off the wall;drive him down from(または off) the wall;drive him from(または off) the wall;shoo him down off the wall;shoo him off the wall
(14)第Ⅱ部、第19回
Trotzdem, trotzdem, war(→ist) das noch der Vater? Der gleiche Mann, der müde im Bett vergraben lag, wenn früher Gregor(→ich) zu einer Geschäftsreise ausgerückt war; der ihn(→mich) an Abenden der Heimkehr im Schlafrock im Lehnstuhl empfangen hatte; gar nicht recht imstande war, aufzustehen, sondern zum Zeichen der Freude nur die Arme gehoben hatte, und der bei den seltenen gemeinsamen Spaziergängen an ein paar Sonntagen im Jahr und an den höchsten Feiertagen zwischen Gregor(→mir) und der Mutter, die schon an und für sich langsam gingen, immer noch ein wenig langsamer, in seinen alten Mantel eingepackt, mit stets vorsichtig aufgesetztem Krückstock sich vorwärts arbeitete und, wenn er etwas sagen wollte, fast immer stillstand und seine Begleitung um sich versammelte?
それはそうとしても、これがまだ彼(→ぼく)の父親なのだろうか。以前グレゴール(→ぼく)が商売の旅に出かけていくとき、疲れたようにベッドに埋まって寝ていた父、彼(→ぼく)が帰ってきた晩には寝巻のままの姿で安楽椅子にもたれて彼(→ぼく)を迎えた父、起き上がることはまったくできずに、よろこびを示すのにただ両腕を上げるだけだった父、年に一、二度の日曜日や大きな祭日にまれにいっしょに散歩に出かけるときには、もともとゆっくりと歩く母親とグレゴール(→ぼく)とのあいだに立って、この二人(→ぼくたち)よりももっとのろのろと歩き、古い外套(がいとう)にくるまり、いつでも用心深く身体に当てた撞木杖(しゅもくづえ)をたよりに難儀しながら歩いていき、何かいおうとするときには、ほとんどいつでも立ちどまって、つれの者たちを自分の身のまわりに集めた父、あの老いこんだ父親とこの眼の前の人物とは同じ人間なのだろうか。
(岡上記)(→…)の書き込みに関しては、このあとで説明してあります。
この文章の体験話法に関しては、連載の第19回で詳しくお話ししましたが、その中から、ここで必要と思われる部分のみ、以下に引用しておきます。ただ、「ただし、…言っていることになります」の部分は、今考えてみますと、連載でのもとの記述よりも、こちらのように記した方がより正確であると思いましたので、修正しました(連載の第19回の分でも既にこのように修正しています)。
ここは典型的な体験話法であり、たいていの邦訳がそのように訳しています。(中略)
ただし、der müde im Bett vergraben lag, … から最後までは過去のことを言っています。従って、 Der gleiche Mann, も含めて概括的に言いますと、「過去の父親はこんな人であったのに、これが今、目の前にいる父親と同じ人なのだろうか」という感じで言っていることになります。
体験話法では、登場人物が思っている内容が過去形で言われている場合には過去完了形で書かれるのが原則ですが、過去形のままにされることもあります。ですが、この文章では、本来でしたら過去形か過去完了形に統一されていなくてはいけないのに、過去形と過去完了形が混用されており、ちょっと不自然な感じがします。
特に、der müde im Bett vergraben lag, wenn früher Gregor zu einer Geschäftsreise ausgerückt war; ... と、gar nicht recht imstande war, aufzustehen, sondern zum Zeichen der Freude nur die Arme gehoben hatte, ... では、言われていることはそれぞれ同時に起きたことと言ってよいですから、一方を過去形にしてもう一方を過去完了形にする必要性はないと思われます。
なぜこのように不統一になっているのかは私もよくわかりませんが、単に文章に変化をつけたかったためかもしれませんね。はっきりした理由がおわかりになる方がおられましたら、ご教示いただけましたら幸いです。
この文章は非常に長いですが、wollte を含んだ箇所以外は、今回のテーマとはあまり関係がありませんし、直接話法に書き換えても直す箇所は少ないです。そこで、長くなることを避けるため、直接話法への書き換えは、上記の本文中にカッコで直接書き込む形で示しておきました。過去形と過去完了形の不統一は、そのままにしてあります。
上記のとおり、der müde im Bett vergraben lag, … 以降は、もともと過去のことを言っていますから、ここ以降を直接話法に書き換えるさいには、過去完了形を過去形にすることはしても構いませんが、過去形を現在形に直したりはしてはいけないと思います。ですから、今回のテーマになっている wollte は、ここでは直接話法に書き換えても、過去形の wollte のままでよいと考えられます。ちなみに、この wollte は接続法第Ⅱ式ではないのではと私は思いますが、その点はこのあとでまた記します。
また、体験話法として訳す場合でも、必ずしも登場人物自身のこととして「私」とか「ぼく」などとは訳さずに、三人称で訳す場合もありますから、原田訳でも誤訳では決してありません。ですが、純粋に体験話法として訳したらどのようになるかを、ご参考までに、上記の訳文中に、これもカッコで直接書き込む形で示しておきました。
〔原文の wollte の、この文中での意味〕邦訳では、etwas sagen wollte を、原田訳のように「何か言おうとする」という感じで訳している訳と、「何か言いたい」という感じで訳している訳と、wollte を無視して「何か言う」という感じで訳している訳とがあります。wollen には「…しようとする」という意味も、「…したい」という意味もありますし、ここではどちらに解しても間違いではないと思いますが、私としましては、wollen の一番一般的な意味である「…したい」と解してよいのではないかと思います。このあとに記すように、英訳では、3つの訳以外はすべて、こちらの意味に解しています。
また、ここでは過去の父親の行いの描写が続いていますから、この wollte だけが接続法第Ⅱ式になっているとはちょっと考えにくく、過去形――訳としては「…したかった」――と解してよいのではないかとも思います。
もっとも邦訳では、ちょっと意外でしたが、この wollte を過去形に訳しているものは1つもありませんでした。日本語では、基本的には過去形で書かれている文章であっても、しばしば現在形を混ぜて書かれることがありますので、ここでもそれではないかと思いますが、もしかしましたら、この wollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳した訳者もおられるのかもしれません。
〔原文の wollte の、英訳での訳し方〕英訳ではすべて、過去形か過去完了形で訳されており、この wollte を接続法第Ⅱ式とみなして訳した訳者はいないと思われます。
①when he wanted to say something、または、②whenever he wanted to say something としている訳が多いです。①では過去完了形(had wanted)にしている訳も2つだけあります。また、②では something ではなく anything としている訳も1つだけあります。英語では、条件的な意味になる文の中では、本来は some になるところを any とすることもありますから、そのためと思われます(以下の訳の中でもそのような例があります)。
これら以外の訳をあげますと、each time he wanted to speak、every time he wanted to say something、if he wanted to say something(または anything) 、when he wanted to speak、whenever he wished to say anything があります。
このほかに、wollte を「…したかった」という意味に解していない訳として、次の3つがあります。1つは、whenever he was about to say anything としており、この訳だけは原文の wollte を「…しようとした」と解しています。それから、☆if he should ever have anything to say、whenever he had something to say、whenever he had anything to say としている訳がありますが、wollte のどちらの意味とも合っておらず、適切ではないと私は思います。
最後になりましたが、英訳に関するいくつかの点につきまして、今回も高知市のエヴァグリーン英会話スクールの菊池春樹先生にご教示をいただきました。記して感謝いたします。ただ、最終的にはすべて私の判断で記しましたので、責任は私にあります。ご意見がおありの方がおられましたら、私宛にお寄せ下さいましたら幸いに存じます。
