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【イグノーベル賞】試験官が見ている時だけ「いい子」でいる車を作ったら、全世界にバレて歴史的スキャンダルになっていた件【2016年 化学賞】

クルマの排気ガス検査というものがあります。
新車の型式認定や車検のときに、排気管から出るガスの成分を測定し、基準値以下かどうかを確認するものです。

もしも、その検査中だけ自動的に排気ガスが「減る」クルマがあったとしたら、どうでしょう。

試験会場では、完璧な優等生。しかし現場に出た瞬間、その正体が変わるーーー。

これは、世界トップクラスの自動車メーカーに実際に起きた話です。
そして、その「発明」に対して、イグノーベル賞委員会が2016年の化学賞を授与しました。

▶ 動画版はこちら https://youtu.be/w3pgXXkiGEM


主役はドイツの「国民のクルマ」

フォルクスワーゲンの工場
[AndreasPraefcke / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons]

今回の主役は、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンです。

社名はドイツ語で「国民のクルマ」を意味し、ゴルフ・ポロ・ビートルなど日本でもなじみ深い車を多数持つ、世界トップクラスの自動車グループです。傘下にはアウディ、ポルシェ、ランボルギーニ、ベントレーなども含まれます。

2015年当時、フォルクスワーゲンはトヨタ自動車と「世界販売台数ナンバーワン」の座を争う巨大企業でした。

そのフォルクスワーゲンが行ったのは、「排気ガス試験の時だけ、自動的に窒素酸化物の排出量を減らす制御プログラムを、ディーゼル車のエンジンに仕込む」 という行為です。

通常の走行中は排気ガスが基準値を大幅に超えているにもかかわらず、ステアリングの角度や車速などのデータから「試験中である」と自動判断した瞬間だけ浄化システムをフル稼働させ、「環境に優しいクルマ」に見せかけていました。

通常走行時の窒素酸化物排出量は、検査時と比べ、最大で40倍ほどもあったとされています。

この仕掛けはのちに「ディフィートデバイス(不正制御装置)」と呼ばれ、対象車両は全世界で約1100万台。自動車産業史上最大規模の不正スキャンダルのひとつとして、「ディーゼルゲート」 と称されました。


なぜ巨大企業が不正に手を染めたのか

背景には、欧米における環境規制の急激な厳格化があります。

1970年代のアメリカでは、自動車の急増による大気汚染が深刻な社会問題となっていました。ロサンゼルスを中心にスモッグが広がり、これを受けてアメリカ議会は1970年に大気清浄法を大幅改正。自動車排ガス規制を世界で最も厳しい水準に引き上げました。

2000年代に入ると、地球温暖化対策として「燃費の良いクルマ」への需要が急増します。ディーゼルエンジンはガソリンエンジンより燃費が良く二酸化炭素排出が少ないため、ヨーロッパ各国の政府はディーゼル車を「環境にやさしい車」として優遇。欧州では新車販売の半数以上がディーゼル車という時代が続きました。

フォルクスワーゲンはこの流れに乗り、「クリーンディーゼル」を旗印とした大規模マーケティングを展開します。特にアメリカ市場では2008年以降、大量のテレビCMを投下し、エコ意識の高い消費者へ強くアピールしました。

しかし、ここに矛盾がありました。

ディーゼルエンジンはガソリンより窒素酸化物を多く排出します。これを基準値以下に抑えるには高性能な排ガス浄化装置が必要ですが、フル稼働させると燃費が悪化し出力も落ちる。つまり「本当に環境に優しくしようとすると、クリーンディーゼルの売り文句だった『燃費の良さ』が消えてしまう」という矛盾に直面していたのです。

フォルクスワーゲンが選んだのは、この矛盾を技術で解決することではなく、ソフトウェアで「見えなくする」ことでした。


巧妙すぎる不正の仕組み

不正が始まったのは2009年ごろとされています。問題のエンジンは「EA189型」と呼ばれるディーゼルエンジンで、アメリカ市場向けに本格投入されました。

フォルクスワーゲンが仕込んだ不正プログラムの仕組みは、悪魔的なほど巧妙でした。

車に搭載された「エンジン制御ユニット」というコンピューターに、「排ガス試験中かどうかを自動で判別し、試験中だけ排ガス低減装置をフル稼働させる」プログラムが組み込まれていました。

このプログラムは、ハンドルの角度・車速・エンジン回転数・気圧・室温などの複数データを組み合わせて分析し、「今は試験室のローラーの上にいる」と判断すると浄化システムをフル稼働。通常走行時には出力や燃費を優先して浄化システムの出力を大幅に落とす——という二重動作をしていました。

排ガス試験の様子
[geigercars.de GmbH / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons]

「40倍」というのは、単に基準を少し超えているという話ではありません。試験の数字と現実の排出量の間に、これほどまでの乖離があったのです。


不正を暴いたのは「大学の研究チーム」だった

この不正を暴いたのは、巨大企業でも政府機関でもなく、アメリカのウエストバージニア大学の研究者チームでした。

2013年、非営利団体のICCT(国際クリーン交通委員会)の依頼を受けた研究チームが、実際の路上走行時と検査時の排ガスを比較する独自調査を行います。フォルクスワーゲンのジェッタとパサートのディーゼルモデルを、カリフォルニア州からシアトルまで実際に走らせ、走行中の排ガスをポータブル計測器で測定するというシンプルな手法です。

結果は衝撃的でした。検査では問題なかったはずの車が、路上では基準値の15倍から35倍の窒素酸化物を排出していたのです。

この調査結果は2014年に報告書としてまとめられ、環境保護庁(EPA)と当局に提出されます。フォルクスワーゲンは当初「技術的な誤差」と説明しソフトウェアの「修正」を行いましたが、不正なデータは消えませんでした。

そしてついに2015年9月18日、EPAはフォルクスワーゲンに対して公式の違反通知を発出。翌日、このニュースは瞬く間に世界を駆け巡り、フォルクスワーゲンの株価は2日間で約**35%**も下落しました。時価総額にして約250億ユーロ——当時の換算でおよそ3兆円以上が吹き飛んだことになります。


スキャンダルの波紋は世界へ

フォルクスワーゲン最高経営責任者のマルティン・ヴィンターコルンは同月23日に辞任を表明。ドイツの検察当局はのちに詐欺罪などで起訴し、裁判は長期化することになります。

不正対象車両は世界全体でおよそ1100万台以上。北米約48万台、ヨーロッパ約800万台に加え、アジア・オーストラリアなど世界中の市場に広がっていました。アメリカでの和解金・リコール費用・制裁金の合計は約143億ドル(当時レートで約1兆7000億円)に達し、世界全体での総額は300億ドルを超えるとも言われています。

この事件の余波は日本にも及びます。2016年には三菱自動車の燃費データ不正が発覚し、その後相次いだ日産・スバル・マツダ・スズキなどの完成検査不正問題も、自動車業界の検査への社会的視線が厳しくなった時代に発覚したものです。フォルクスワーゲンのスキャンダルが、その視線を厳しくした一因であったことは否定しにくいでしょう。

ヨーロッパでは、ディーゼル推進だった各国の政策が一転。フランス・ドイツ・イギリスなどがディーゼル車の都市部走行規制を強化し、電気自動車推進への転換が加速しました。皮肉なことに、フォルクスワーゲンのスキャンダルが「ディーゼルの時代の終わり」を早めた可能性があります。


イグノーベル賞委員会の「笑えない一言」

そしてイグノーベル賞委員会は、この行いに対してこう評しました。

「自動車の過剰な排気ガス問題を解決するため、【検査中には】自動的に排出量を少なくする装置を開発したことに対して」

受賞理由にある「検査中には」という一言が、すべてを表しています。 技術で問題を本当に解決したのではなく、「見た目だけを解決した」という事実を、ユーモアの形で世界に突きつけたのです。

通常、イグノーベル賞の授賞式にはユーモアを理解した受賞者が登壇し、会場を笑いで包みます。しかしフォルクスワーゲンの代表者は授賞式に出席しませんでした。笑えない側にいたので、当然かもしれません。

化学賞」という部門が選ばれた点にも、委員会の皮肉が込められています。窒素酸化物は化学物質であり、その排出をコントロールすること自体は化学の問題です。しかしフォルクスワーゲンがやったのは化学的な解決ではなく、数値を書き換えることでした。「化学の問題を、データの改ざんで解決しようとした」ことへの、批判混じりの皮肉です。


この事件が変えたもの

この事件が残した最も重要な遺産のひとつは、試験方法そのものの見直しです。「測定値が良ければ良いクルマだ」という前提が、この不正によって崩れました。

その答えのひとつとして、現在では検査室での試験だけでなく、実際の道路走行中に排ガスを測定する「リアル・ドライビング・エミッション(RDE)試験」が義務付けられるようになっています。日本でも2022年以降、この実走行排ガス試験が段階的に導入されています。

かつてフォルクスワーゲンが欺いていた「測定」の方法が、より現実に近い形へと進化した。「試験官が見ている時だけ優等生になる車」が存在したという事実が、制度そのものを変えたのです。


まとめ

世界一の販売台数を誇る巨大企業が、「バレなければいい」という判断で積み上げた不正は、最終的に自分たちを大きく傷つける結果となりました。

試験に合格することと、現実に対応していること。この二つが同じであるべきだというごく当たり前のことが、1100万台という規模で裏切られていました。

イグノーベル賞委員会が「化学賞」を授与したのは、笑いのためだけではなかったはずです。「その技術力を、本当の問題の解決に使えなかったのか」という問いかけが、この受賞の裏にあります。

笑えるが、笑えない。それがこの受賞の本質です。


▶ 動画版はこちら https://youtu.be/w3pgXXkiGEM

▶ チャンネルはこちら https://www.youtube.com/@おかしな科学賞イグノーベル図鑑


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