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【イグノーベル賞】10年かけて世界最大クラスにまで育てた銀行が、たった3週間で3つとも潰れて国ごと沈んだ件【2009年 経済学賞】

火山と氷河が共存し、オーロラや間欠泉で知られる北大西洋の島国、アイスランド。 人口はわずか32万人。北海道の旭川市とほぼ同じ規模の小さな国です。

そんな小さな島国の銀行が、ある時期、資産規模において世界最大クラスの金融機関に並ぶほど膨れ上がっていました。

そして2008年、1週間足らずで崩壊しました。

国が、まるごと道連れになって。

アイスランド首都 レイキャビク
[Berit from Redhill/Surrey / UK, CC BY 2.0 / Wikimedia Commons]

▶ 動画版はこちら https://youtu.be/UgH2ADoBelo


2009年イグノーベル経済学賞とは

2009年のイグノーベル賞委員会は、アイスランドの3大銀行(カウプシング・ランズバンキ・グリトニール)と、アイスランド中央銀行の役員・幹部・監査担当者たち全員に「経済学賞」を授与しました。

受賞理由はこうです。

小さな銀行をあっという間に大きな銀行に変え、
また大きな銀行をあっという間に小さな銀行に変えることができると実証し、
さらに、同様のことを国家経済全体に対しても行えると証明したこと

イグノーベル賞 公式サイト:https://improbable.com/

笑えない皮肉です。以下では、その経緯を詳しく見ていきます。


銀行とはどういう商売か

銀行の基本的な仕組みはシンプルです。 銀行は預金者からお金を預かり、そのお金を別の誰かに貸し出します。預金者に払う利息よりも、貸し出すときに受け取る利息のほうが高い。その差額が、銀行の利益になります。

アイスランドの銀行は、この基本的な仕組みをはるかに超えたことをやりました。

キーワードは「レバレッジ」——日本語で「てこの原理」です。

てこの原理。てこを使えば軽い錘で重い荷物を動かせるように、レバレッジを使えば少ない自己資本で大きな資本を動かせる。
[CR / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons]

てこを使えば、軽い錘で重い荷物を動かせます。金融の世界でも同じで、レバレッジを使えば少ない自己資金で、その何倍もの大きな資金を動かすことができます。たとえば、手元の100万円を担保に1000万円を借りて投資する。うまくいけば大儲けです。でも失敗したとき、返さなければならないのは1000万円。手元の100万円では到底足りません。

アイスランドの銀行は、このレバレッジを限界まで使い続けていました。


「漁業の小国」が「金融立国」を目指した

ヨーロッパにおけるアイスランドの位置
[TUBS / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons]

なぜそのような無謀な拡大が許されてしまったのでしょうか。

2000年代の世界の金融市場は、一種の熱狂に包まれていました。先進国の金利は低く、お金を借りやすい環境が続いていました。「どんなリスクのある投資でも、うまく分散すれば安全に管理できる」という考え方が広まり、複雑な金融商品が世界中に流通していました。

アイスランドもこの流れに乗りました。1990年代末から2000年代にかけて、国が所有していた銀行を民間に売り渡して民営化し、海外からの資金を自由に受け入れられるよう規制を緩めていきました。それまでの「漁業と観光の小国」から、「金融立国」を目指す路線へと大きく方針転換したのです。

その結果、何が起きたか。

2003年、アイスランド3大銀行の総資産はGDPとほぼ同じ規模でした。それが崩壊直前の2008年には、GDPの11倍以上にまで膨れ上がっていました。金額にして約14兆4,000億クローナ、日本円にすると約20兆円規模です。

当時のアイスランド全体の年収(GDP)は約2兆円。その国の中にある3つの銀行の負債は約20兆円。もし銀行が倒れたとき、その借金は最終的に国全体にのしかかってきます。年収2兆円の国が、20兆円の借金を背負わされる——そういう構造が出来上がっていたのです。

国内では「アイスランドの奇跡」と呼ばれるほどの好景気が続いていました。平均的なアイスランド人の世帯収入は、わずか3〜4年で約3倍になったとも言われています。ポルシェやランドローバーが街を走り、海外旅行も日常の光景になっていました。

そして実は、アイスランドの銀行は日本市場にも手を伸ばしていました。カウプシング銀行は「サムライ債」と呼ばれる円建て外国債券を日本で発行し、780億円を調達していました。この780億円は、後に全額がデフォルト(債務不履行)となります。


崩壊のしくみ——自転車操業と内部取引

銀行がここまで巨大化できたのには、もうひとつの仕掛けがありました。

アイスセーブのロゴ

ランズバンキ銀行が展開した「アイスセーブ」というオンライン預金サービスです。イギリスとオランダで一般市民に向けて提供されたこの口座は、高い金利が設定されていました。当時のイギリスの一般的な預金金利が年に1〜2%程度だったのに対し、アイスセーブは年5〜6%以上を提示していました。「どこよりも利率がいい銀行口座が、オンラインで簡単に開ける」という口コミが広まり、イギリスだけでアイスランドの総人口とほぼ同じ、約30万人の個人が口座を開設していました。

しかし銀行の内部では、問題のある取引が繰り返されていました。

3つの銀行は互いに、相手の銀行の株式を担保に融資し合っていました。カウプシングがランズバンキの株を担保に融資し、ランズバンキがグリトニールの株を担保に融資し、グリトニールがカウプシングの株を担保に融資する——輪になって、ぐるぐると回り続けているだけです。実際のお金は外部から一切入っていないのに、帳簿の上では3行それぞれの資産が増えていきます。

この状態を日本語では「自転車操業」と呼びます。互いに融資し続け、互いの株価が上がり続けている間は、外から見れば健全に成長しているように見えます。ところが、外部から「あの銀行は危ないかもしれない」という疑念が生まれた瞬間——1行の不安が、3行すべての崩壊に直結する構造が出来上がっていたのです。


2008年10月、3行すべてが崩壊

自転車が、突然止まります。

2008年9月15日、アメリカの大手投資銀行「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻しました。いわゆる「リーマン・ショック」です。その破綻は世界規模の衝撃となり、金融機関どうしの信用が一夜にして消え去りました。

短期間だけ借りたお金を繰り返し「借り換え」しながら運営していたアイスランドの銀行は、この資金調達の道が断たれた瞬間、崩壊しはじめます。

  • 9月29日、グリトニール銀行が政府管理下に置かれました。

  • 10月7日、ランズバンキ銀行が国有化されました。

  • 10月9日、カウプシング銀行が国有化・破綻処理されました。

1つの国の主要銀行すべてが10日間以内に相次いで崩壊するという事態は、現代金融史においてほぼ例のないことでした。

アイスランドの株式市場は約90%暴落し、通貨「クローナ」は対ユーロで半値以下になりました。多くのアイスランド人が年金を銀行株や外貨建て資産で運用しており、それが一夜にしてほぼ無価値になりました。

1998年〜2008年10月までのアイスランドの主要15銘柄(OMX Iceland 15)の株価指数の値動き

アイスランド政府は国際通貨基金(IMF)に緊急融資を要請しました。先進国がIMFの支援を受けたのは、1976年のイギリス以来、実に32年ぶりのことでした。


鍋とフライパン革命

アイスランドの市民は激しく怒りました。

首都レイキャビクでは、毎週末、議会の前で抗議デモが行われました。市民たちは台所から鍋やフライパンを持ち出し、叩き鳴らしながら議会を取り囲みました。このデモは「鍋とフライパン革命(Pots and Pans Revolution)」と呼ばれ、2009年1月には内閣が総辞職に追い込まれます。

アイスランドの鍋とフライパン革命
[OddurBen / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons]

一方、海外のアイスセーブ預金者は口座を凍結され、お金を引き出せなくなりました。イギリス政府とオランダ政府は自国の市民を守るために、合計約39億ユーロ(当時のレートで約6,000億円規模)を肩代わりして補償しました。アイスランド国民は、この返済案を国民投票で2度否決。2013年1月、ヨーロッパの貿易裁判所(EFTA裁判所)がアイスランドの全面勝訴を宣言し、約4年半に及ぶ法廷紛争は終結しました。

事件後、アイスランドでは銀行幹部への刑事捜査が始まりました。2015年だけで26人の幹部が実刑判決を受けており、これは2008年世界金融危機において実際に銀行幹部が刑事責任を問われた、ほぼ唯一の事例です。アメリカでも、ヨーロッパでも、リーマンショックの責任者が刑務所に送られることはありませんでした。


受賞の皮肉と、アイスランドの選択

授賞式では、受賞者は誰ひとりとして姿を現しませんでした。司会者のマーク・エイブラハムズは淡々と告げました。「受賞者の方々は、来られなかった——あるいは来る気がなかったのでしょう」

金融の世界には「大きすぎて潰せない(Too Big to Fail)」という概念があります。大きな銀行が倒れると、そのあおりで無数の企業・個人・さらには国家まで道連れになるため、政府は多額の公費を使ってでも救済しなければならない——というロジックです。

リーマンショック後、アメリカはこの論理に従い、税金数千億ドルを投じて大手銀行を救済しました。ギリシャやアイルランドも、巨額の借金を国民が引き受ける「緊縮財政」の道を歩みました。

ところがアイスランドは、まったく違う選択をしました。

アイスランドが取った方針は、大きく3つです。

まず、破綻した銀行を国内向けと海外向けに分離しました。国内の預金者は全額保護しましたが、海外の債権者への返済は拒否しました。「アイスランド国民が、銀行の借金を肩代わりする必要はない」という判断です。

次に、通貨クローナの大幅な下落を受け入れました。クローナが安くなると、海外からの旅行者にとってアイスランドが「割安な旅行先」になります。観光客が急増し、漁業の輸出競争力も回復しました。

そして、教育・医療などの公共サービスは維持しました。緊縮財政で国民の生活を直撃した他国と違い、社会の安定が保たれたことで消費が下支えされました。

その結果、2012年にはIMFへの返済を完了し、同じく経済危機に陥った他のヨーロッパの国々よりも早く財政健全化を達成しました。現在のアイスランドは年間200万人超の観光客が訪れる観光大国として知られており、危機の記憶は「失敗から立ち直った国」の手本として、世界中の経済学者が今も研究し続けています。


まとめ

人口32万人の国で、誰も止められなかった。

規制当局も格付け機関も、政府も国民も。「成長し続ける銀行」という物語を信じたかった、という意味では、全員が共犯者でした。

イグノーベル賞委員会が皮肉を込めて指摘したのは、銀行幹部だけでなく、そういう仕組みを作り、乗っかった世界全体のことだったのかもしれません。

「急成長」と「急崩壊」、「ハイリターン」と「ハイリスク」は、いつもセットです。これはアイスランドが、世界に向けて身をもって証明したことです。


▶ 動画版はこちら https://youtu.be/UgH2ADoBelo

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