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2026年5月のアルバム評――Drakeが話題をさらい、adieuが夜明けを鳴らした



今月の最大のトピックは、なんといっても稀代のヒットメーカー、Drakeによるアルバム3枚同時リリースだろう。事前にリリースが予告されていた『Iceman』に加え、『Maid of Honour』と『Habibti』を同日に投下するという、現代のスターにしか成立しない物量と話題性である。

ただし、その出来栄えは一枚ごとに大きく異なる。『Iceman』は三作の中でもっとも戦闘的で、冷徹な再起を狙った作品だ。暗い低音、硬いスネア、名指しの文化、スターの傷が交差する一方で、長尺ゆえの疲労も刻まれている。『Maid of Honour』はカリブ風リズムやR&B、ポップ・ラップをクラブ仕様に圧縮した作品だが、器用さがそのまま限界にもなる。祝宴というより、祝宴後の空白が残る一枚だ。『Habibti』は三作の中でもっとも小声のR&B作品で、Drakeが築いてきた夜の回路を再点検するようなアルバムである。歌心の残り香はあるが、濃密さより整理不足が勝つ瞬間もある。

Maid of Honour/Drake
Iceman/Drake
Habibti/Drake

それ以外の注目作としてまず挙げたいのは、Kacey Musgravesの『Middle of Nowhere』である。グラミー受賞作『Golden Hour』以後の揺れを通過し、『Deeper Well』の内省をさらに削ぎ落とした再定義の一枚だ。ウエスタン・スウィング、ブルーグラス、ノルテーニョ、マリアッチの要素を、ペダル・スティールやアコーディオンと結びつけながら、孤独、怒り、諦念、欲望を緩やかに接続していく。

単なるカントリー回帰ではない。故郷へ戻るようでいて、そこに安住しない。ひとりでいることを欠損ではなく、ひとつの主権として描く視点が鮮明である。『Golden Hour』のきらめきを愛した耳にも、初期作の辛口な語り口を好む耳にも届く、静かに強い作品だった。

Middle of Nowhere/Kacey Musgraves

他にも、6LACK、JPEGMAFIA、Bleachers、The Hoosiers、Salemなど、秀逸な作品が多く、2026年5月は豊作の月だったのではないかと思う。その中でも、RadioheadのメンバーであるEd O’Brienが本名名義で発表した『Blue Morpho』は印象深い。EOB名義を脱ぎ、沈黙と鬱をウェールズの自然と独作業で濾過したような一枚である。

この作品は、Radioheadの外伝というより、脇役の技法が主語を得た瞬間に近い。アコースティックなプログ・フォークとアンビエントが交差し、電子音と指弾きの生々しさが分離しない。声はトム・ヨークのように裂けるのではなく、ベックやニック・ドレイクを思わせる平熱で浮かぶ。その平熱のまま、どこかでうなされているような熱がある。

Blue Morpho/Ed O’Brien


そして、Maisie Petersの新作『Florescence』も外せない。全英1位を獲得した『The Good Witch』後の沈黙を破る第3作であり、テイラー・スウィフトのウェンブリー公演で前座を務めた経験と、メンタルヘルスを優先した休止を経て生まれた作品である。

かつての鋭い失恋ソングの語り口は残しながらも、今回は怒りの即効性より、回復の持続音を選んでいる。ナッシュヴィル録音の呼吸、アコースティック・ギター、薄いカントリーの跳ね、ダークポップの陰影が、彼女の会話的な歌詞を支えている。丸くなったのではない。過去の怒りを忘れずに、それでも許す側へ回る成熟がある。これぞポップス、と言いたくなる強度を持った一枚だった。

Florescence/Maisie Peters

そんな作品群の中で、ひときわ際立って素晴らしいと思ったのが、上白石萌歌ことadieuの『adieu 5』である。

まずジャケットが美しい。香港の街並みが、収録されている楽曲の空気と見事に呼応している。湿度、夜、孤独、少しだけ明るくなる空。そのすべてが、音と視覚のあいだで自然に結びついている。

『adieu 4』までの作品も良かった。しかし『adieu 5』では、adieuという表現の輪郭が一段も二段も明瞭になった気がする。柴田聡子、betcover!!の柳瀬二郎、比喩根、澤部渡、Jeremy Quartusらの書き手が並びながら、作品は提供曲集の散漫さへ流れない。インディーポップ、ドリームポップ、ソウルの淡い余韻が、adieuの声を中心にゆるやかに接続されている。

とりわけ「ブルーアワー」は、このEPの核に近い。夜明け前の静けさと熱を託されたこの曲で、adieuの声は景色を説明しない。ただ、空気の温度だけを確かに残す。息を多く含んだ歌唱が、未決の感情を未決のまま抱きとめる。「泣いてしまいそう」や「植物園」でも、メロディは大仰に盛り上がらない。揺れる心の輪郭を、細い線でなぞっていく。その抑制が、かえって言葉の奥行きを広げている。

5月に聴いた作品の中で、個人的なベスト・オブ・ベストは、Drakeでも、Kacey Musgravesでも、Maisie Petersでも、Ed O’Brienでもなく、『adieu 5』だった。

この音にしきれない、唯一無二の空気感。adieuという世界にひとつしかない楽器で奏でられた音楽は、夜明け前の世界を何度もリブートさせる。「ブルーアワー」がこのEP全体を統一し、作品の水位を何段階も引き上げている。自己主張を強く打ち出すのではなく、迷いを含んだまま立つ。その姿が、6曲を貫いている。

『adieu 5』は、俳優・上白石萌歌とは別の場所で育てられてきたadieuという表現が、ついに明確な音像を得た作品である。静かだが、弱くはない。淡いが、曖昧ではない。夜更けや明け方に一人で音楽を聴く者にこそ、深く届くEPだと思う。

adieu 5/adieu

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