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おばけについて

おばけってどう思う?

あなたは心霊やとかホラー的な恐怖の原体験を覚えているだろうか?俺は覚えている。
確かあれはまだ俺が小学校1年生か2年生くらいの時だったと思う。夏休み、昼下がりのテレビ放送で『学校の怪談』が放送されていた。テケテケとか出てくるあれ。久しく観てないのでうろ覚えだけどラストシーンで校舎の上階の端に主人公達が蜘蛛男か何かに追い詰められる。その後一悶着あってハッピーエンドだったかなんだったか。でもこれは覚えてて、エンディングでX JAPANの「Forever Love」が流れる。それ以来あの曲は俺にとって怖い曲なのだ。

また別のある晩、そろそろ床に着こうかという時にリビングで親父が酒とつまみをやりながら金曜ロードショーに観入っていた。何この映画?と尋ねる俺に親父は一言「怖いやつ」とだけ。俺の中で怖いやつといえば学校の怪談みたいに妖怪がわんさか出てきて終始てんやわんや、怖いながらもエンターテイニングなショーだという刷り込みがあったので、俺も親父の隣に腰を下ろして観てみることにした。
しかしこの映画はなにやら子供にはようわからん内容で地味だし、なんかズーンと暗いというかなんでずっと画面緑なん?と思っていた。
退屈しかけたその時、あるシーンに俺の意識が全て持っていかれた。
男が見つめる画面のその先には人気のない山奥にポツンと佇む古井戸。画面がノイズで激しく乱れている。すると井戸の淵になんか見える。なんかが井戸からぬるりぬるりと這って出てくる。手だ。それも爪は剥がれ井戸の古水でぬら〜と照る、とても血が通っているとは思えない手。その手が井戸の縁を掴むとそれが全容を現すのだった。女だ。長い黒髪。ゆらゆらと人間らしからぬキモい歩行でカメラに近づく。そしてあろうことかテレビの画面を乗り越えて現実世界に侵入して来た。恐怖に慄く男。首を垂れたままゆっくり近づいてくる女。ノイズとも音楽とも取れないギリギリキュウキュウという不快な音楽。女が頭を上げた。アップで映し出される、目。今まで一度たりとも見たことのない目。それを見たとき全身の血の気が引き、軽く失禁して股が温かくなった。映画『リング』だ。その晩は母親にしがみつき頭まで布団を被らないと寝付けないほどに恐怖したのを覚えている。
思えばそれが初めて体験した本当の恐怖とでもいうかなんというか、「不気味」「おぞましい」みたいな感情だった。恐怖の象徴としての妖怪やモンスターのようなお伽話ではなくて、霊魂だとか呪いといったもっと精神的抽象的で、恐怖のアンテナを直に刺激するもの。
人ってのは変な生き物で、軽いトラウトを植え付けられたはずの俺はなぜかそれ以来結構ホラー映画や怪談話、強いてはオカルトや都市伝説に至るまでありとあらゆる胡散臭いものが好きになったりした。

話は現在に戻って、大人になった俺はというと割と霊だとか呪いだとか死後の世界だとか、そういう所謂胡散臭い系のものについて肯定的に捉えている。
第一に良いエンタメだし、死生観を身近に保つためのツールとしても良い。思うにそもそも日本人はとてもスピリチュアルな国民ではなかろうか。幼い頃から初詣で神仏にお祈りしたり、神さんかなんかそういうのんが見ててバチが当たるから悪いことはしてはいけないという倫理観が一般に根付いていたり、縁起が悪いことは避けたり。
そんなアホらしい、と思ってる現実主義一貫のあなたも、怖い映画とか怪談話とかそういうのんの後に風呂でシャンプーしてる時、目を瞑ると背後から誰かに見られてるような不気味な感覚になったことくらいあるだろう。
(ちなみにこの「誰かに見られてる気がする」現象についてオカルトオカルトしく言及すると、人と霊魂とではそれぞれ存在している次元が異なるので第六感の無い一般人は普通はそういった別次元の存在を感知することはないが、自分の意識が霊とか恐怖に向いた際に背後?はたまた横?もしくは真上?から見られてる感じする…という時は、誰しもが潜在的に持つほんの米粒程度の第六感が反応してしまう程の超至近距離、あなたの目の前真正面から霊があなたを凝視してるんだって。。。)

ここまでは前置き。こっから本題なんよ。
改めて日本人は特に神霊についての感覚が深く根付いた国民だと思うし、ホラーやオカルト好きとして日本に生まれたことはラッキーだったと思う。
と同時に、恐怖は地域や宗教ごとの文化に根差していると思ってて、異なる文化間、異なる地域間では互いの恐怖を輸出入することって難しいと思う。

というのも、

日本に住んでた頃、例えば恐怖映画を観た帰りの一人っきりで歩く夜道だとか、学生の頃夏休みにTSUTAYAの旧作5本1000円レンタルでかりてきた呪いのビデオ系DVDをド深夜に見漁った後の静まり返った寝室の隅だとか、自分ではアホらしいと思いながらも背筋がゾクゾクとする恐怖感覚をよく覚えたものだ。なぜなら俺が日本に居たから。
今異国の地に住んでて、悪魔だのエクソシズムだのを題材にしたホラー洋画を観ても、それが上記のような体の芯を冷やすような感覚を与えることは全くない。
たとえ今めちゃくちゃよく出来たリアルで怖い心霊コンテンツを真夜中に一人で楽しんだとして、その後夜道でひとりで降霊術の真似事をしろと言われれば一切の恐怖もなく出来てしまう。一人の夜にコックリさんせえ言われれば出来てしまう。
せいぜいイングランドの夜空は綺麗だなぁとか、海外の古民家は情緒があって素敵だなぁくらいの感想しか出んだろう。なぜなら俺が日本に居ないから。
自分の中の恐怖心の根源、バックグラウンドである日本という地を離れてしまったから、いくらリングを観ようが呪いのビデオ観ようが心霊YouTuber観ようが、現在の自分の環境では日本的な恐怖が全くリアリティのない他人事になってしまうのだ。

ぶっちゃけも一つ胡散臭い話をすると、日本に居たころ何度か心霊体験まがいのことを経験したし、所謂"よくない気"だとか"よくない場所"だとかを若干嗅ぎ分けられるような感覚を持ってるけど、海外に越してからはそういったアンテナがほぼ働かなくなった。
一回だけスコットランドのエディンバラという街でそういった経験があるけどそれはまた別の時にでも書くか。

とにかく、餅は餅屋とでも言うか、ホラーを観て怖く感じれるのはもはや日本に居る時だけ。
あなたも海外に行く機会があったら、日本に住んでて感じるような不気味な恐怖を現地でも感じるかどうか試してみてほしい。

今日はこんなもんかなぁ。結局何のまとまりもないままやけど、まぁええや。文章を書く際に風呂敷を広げるだけ広げて、それを畳むのってめっちゃめんどくさいよな。でもそんなことは気にしなーい。
ほなまた。


P.S.
写真は義実家にいる2匹の究極愛玩生命体のうちのもう1匹。名前はデカいぬ(仮名)。御歳10歳、オスの黒のラブラドールレトリバーだ。
とにかくデカい。体重が実に50キロもある。
大型犬に明るい人なら分かるだろうがラブラドールとしてはやっべえでけえ。やや肥満気味なのは否めないが著しいほどではなくて、重量級な体重の原因はシンプルにラブラドールにあるまじき巨人族の骨格なのだ。普通のラブラドールと並ぶと人間と3m級巨人くらい違う。
とにかくデカくて甘えん坊、寝坊助、普段めちゃくちゃのろまなのに野生のリスに遭遇した時だけなぜか全身全霊ではしゃぎ庭の椅子を薙ぎ倒す性質の持ち主。
たまに写真の様に毛布をかぶって寝る様子はまるでちびっこ相撲横綱の少年がごはんいーっぱい食べた後に昼寝をしている様。こちらも凄まじい愛玩能力を有している。

デカいぬ。

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