お題 : 「レシートに」
#シロクマ文芸部
#創作大賞2026
#オールカテゴリー部門
#短編小説
レシートに、今日という一日が静かに記されていることを、帰り道のコンビニの灯りの下で、ふと知った。
夜はまだ少し冷たくて、春の名残りと初夏の気配が混ざり合う、曖昧な温度だった。手の中の小さな紙切れは、頼りないほど薄いのに、不思議と重みを持っていた。ミルクティー、サンドイッチ、絆創膏。それから、ついでに買ったチョコレート。
私はその文字列を、まるで誰かの生活を盗み見るみたいに、じっと眺めていた。
朝、少しだけ泣いたことは書かれていない。昼、無理に笑っていたことも。夕方、誰にも言えない寂しさを、カフェの窓越しにぼんやりと見つめていたことも。
けれど、この紙は確かに、それらを含んだ一日を支えている。
レシートに、感情は印字されない。けれど、そこに並ぶ品物のひとつひとつが、私の揺れを代弁している気がした。
ミルクティーは、やさしさを欲しがった証。サンドイッチは、生きるための最低限。絆創膏は、見えない傷への、ささやかな対処。そしてチョコレートは——少しだけ、甘くなりたかった心。
「大丈夫」
誰にも言われなかった言葉を、私はレシートに向かって呟いてみる。返事はない。それでも、その無言の白さが、なぜか受け止めてくれている気がした。
くしゃりと丸めて、ポケットに入れる。捨ててしまってもいいはずなのに、今日はなぜか、手放したくなかった。
家に帰ると、部屋は静かだった。灯りをつけて、バッグを置き、上着を脱ぐ。その一連の動作の中で、私はまだ生きていると、確かめる。
ポケットから取り出したレシートを、机の上に広げた。まっすぐに伸ばして、端を指で押さえる。そこにはやはり、何も語られない文字だけがある。
それでも、私は思う。
今日の私は、ここにいる。
うまく笑えなかったことも、うまく眠れなかったことも、誰にも頼れなかったことも、全部まとめて——この一枚に、確かに刻まれている。
やがて私は、レシートの裏に小さくペンを走らせた。
「生きた」
たった三文字。けれど、それだけで充分だった。
窓の外では、遠くの街灯が揺れている。明日もまた、同じように曖昧で、不確かな一日が来るのだろう。
それでもいい。
レシートは増えていく。私の証も、少しずつ、重なっていく。
そう思えた夜だった。
[完]
ʕ•ᴥ•ʔ小牧幸助部長様、提出致しま~す•*¨*•.¸♬︎
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