日本医科大学の再発防止策をAIで検証する ── 一人情シスも使える「AIバディ」の作り方
はじめに
2026年2月、日本医科大学武蔵小杉病院において、約1万人分の患者情報が漏えいするランサムウェア被害が発生しました。本件については同月、原因分析と再発防止策について私の見解をまとめた記事を公開しています。
https://note.com/oki_g/n/n157e452c98c1
その後、日本医科大学から原因や再発防止策に関する追加発表がいくつか行われました。
本記事では、それらの発表資料をもとに 無料のAIに数回質問するだけで、再発防止策の妥当性検証と追加対策案の作成がどこまで可能なのか を実際に試していきます。
特別な知識やスキルは不要です。
一人情シスでも、AIに“正しく質問するだけ”でここまでできるということを示すのが本記事のゴールです。
本記事の目的
個人や特定企業を批判・攻撃することではない
責任追及ではなく、構造的な問題の整理と改善策の提示を目的とする
日本の医療機関・自治体・企業に共通する課題を明らかにする
本記事は公開情報に基づく 構造的・技術的な考察 であり、特定の個人・団体を誹謗中傷する意図は一切ありません。
1. AIシミュレーションについて
今回と同様の試みはアサヒグループホールディングスの再発防止策に対して行い、先日記事として公開しています。
https://note.com/oki_g/n/n4c00272bed23
前回の試みでは、公開された再発防止策の書き方が抽象的で、AIにとって「何が重要か」を判断しにくい構造だったため、私自身が要点整理を行いました。一般的な再発防止策であれば AI 任せでも十分に整理できるため、今回は日本医科大学の再発防止策でその可能性を検証します。
AIシミュレーションとは、防御側の対策と攻撃者モデルをAI上で戦わせ、どこに構造的な弱点があるのかを可視化し、さらに有効な追加対策案まで導き出す手法です。
前回の記事では AIシミュレーションの説明を前半で詳しく行ったため、結果として1万字を超える長文となってしまいましたので、今回は実際のシミュレーションの結果だけを掲載します。AIシミュレーションの仕組みを詳しく知りたい方は前回の記事をご参照ください。
2. 再発防止策から要点を抽出する
ここからは、実際にAIに投げた質問と、その回答をもとに
AIシミュレーションの流れをそのまま体験していただきます。
今回はGeminiを使い、まずは次の質問から始めます。
ぜひ読者の方も、ご自身で同じ質問をAIに投げて試してみてください。
AIへの質問
日本医科大学のランサムウェア被害に対する発表された再発防止策から要点を箇条書きに抽出して下さい
AIからの回答(再発防止策からの要点抽出)
※ 全文載せると長くなるので抜粋して載せます。
日本医科大学(武蔵小杉病院)が公表した再発防止策は、「組織体制」「外部接続管理」「技術対策」「被害拡大防止」の4点に整理できます。
1. 組織体制の強化
病院長直属の医療情報安全管理体制を構築
異常時の初動対応(LANケーブルを抜く等)の徹底
2. 外部接続(VPN等)の管理徹底
外部ベンダー接続を「常時接続」から「必要時のみ接続」へ変更
接続元IPアドレスの制限
VPN装置のパッチ適用を迅速化
3. 技術的・システム的対策
管理者パスワードを長く複雑な文字列へ変更
VPN装置を含む全システムの継続的点検
EDRなど最新の検知・監視システムを導入
4. 被害拡大防止策
ナースコールサーバに不要な個人情報が蓄積されないよう、仕様・運用を見直し
3. ランサムウェア被害の原因の要点を抽出する
AIへの質問
日本医科大学のランサムウェア被害に対する発表された原因について要点を箇条書きに抽出して下さい
AIからの回答(原因からの要点抽出)
※ 全文載せると長くなるので抜粋して載せます。
日本医科大学(武蔵小杉病院)が公表したランサムウェア被害の原因は、主に 「保守用VPNの脆弱性」「特権管理の不備」「不要データの蓄積」 の3点に整理できます。
1. 直接的な侵入経路
保守用VPN装置の脆弱性が攻撃の入口となった
パッチ未適用など、脆弱性対策が放置されていた
2. 被害が拡大した要因
管理者パスワードの管理不備(推測容易・使い回し)
電子カルテなど主要サーバが閉域網で更新されず、長期間アップデート不足
3. 被害範囲が広がったシステム上の理由
ナースコールサーバに、本来不要な患者情報が自動送信・蓄積される仕様
その結果、約13万人分の個人情報が攻撃者に渡ることに
4. 攻撃フェーズへマッピングする
AIへの質問
これらの要点をどの攻撃フェーズに対応するかマッピングして下さい
AIからの回答(要点のマッピング)
日本医科大学(武蔵小杉病院)の事例における「原因」と「再発防止策」を、サイバー攻撃の一般的なフェーズ(サイバー・キルチェーン)に沿ってマッピングすると以下のようになります。
どの段階で何が起き、どこを塞ごうとしているのかが整理されます。

各フェーズにおける重要ポイント
境界防御の突破(フェーズ1〜2)
今回の最大の教訓は、病院本体の電子カルテではなく、「医療機器ベンダーが管理していた保守用入口」が突破口になった点です。再発防止策では、ここを「開けっ放しのドア」にしないよう、物理的・運用的に制限をかけています。
内部での拡散(フェーズ4)
侵入された後、攻撃者が容易に他のサーバへ移動できたのは、
パスワード管理の甘さと、内部ネットワークが「一度入ればどこへでも行ける」状態だったためです。これに対し、パスワードの長大化や、管理体制の刷新で対抗しています。
被害の甚大化(フェーズ5)
「なぜナースコールのサーバに、全患者のデータがあったのか」という点が、被害を大きくした直接的な要因です。再発防止策にある「蓄積ルールの見直し」は、万が一侵入されても被害を最小限に抑える「データ・ダイエット」の考え方に基づいています。
このように、攻撃の各段階を「点」で防ぐだけでなく、組織全体で「線」として防御を固める計画となっています。
5. AIシミュレーションを実行する
ここからが本番の AIシミュレーションです。
なお、AIの種類によっては、下記の質問文に含まれるリファレンスURL(note記事)を直接読み取れない場合があります。
その場合は、URL先の記事内容を テキストとして保存し、AIにアップロードしてから質問してください。
AIへの質問
これから AI シミュレーションを行いたいです。
【防御側の情報】
・日本医科大学の再発防止策から抽出した要点
・日本医科大学のランサムウェア被害の原因から抽出した要点
・これらの要点がどの攻撃フェーズに対応するかのマッピング
【リファレンス(基準モデル)】
以下のゼロトラスト構造(おきじーモデル統合版)を参照して、
攻撃フェーズと防御フェーズの整合性を取りながら分析してください。
https://note.com/oki_g/n/ne02a265a5f0f
おきじーモデルは、FIDOセキュリティキーをサプライチェーンを含めた全員に配布できるようにカード形状にすることで1枚千円台の低価格を実現したFIDOカードを使用します。
おきじーモデルの核心は以下の通りです。
1. 全ユーザー(サプライチェーン含む)にFIDOカードを配布し、IDaaSでFIDOカードでの認証を必須に設定する。入口、PAM、クラウドなどの認証をIDaaSで統合管理
2. セッションハイジャックが起きても、IDaaS側でFIDOカードによる再認証を要求し、物理カードがない攻撃者の継続操作を阻止
3. 特権アクセスはPAM経由に統一し、PAMの認証もIDaaS+FIDOカード必須とすることで、管理者権限のなりすましを完全に阻止
4. クラウドは標準機能の設定で特権を保護し、特権の取得にはIDaaS経由でのFIDOカードの認証を必須に設定
5. パスワードマネージャでレガシー認証を実質FIDO化
6. クラウド同期アカウントをFIDOカードで保護
7. 脆弱性診断で防御構造の品質保証
8. バックアップをオンプレミスとクラウドで二重化
9. EDRで構造的に防ぎきれない残余攻撃を検知
今回のシミュレーションではおきじーモデル未実装の再発防止策を防御側とします。
【攻撃側】
・攻撃者は Qilin(キリン)とします
【依頼内容】
Qilin が典型的な攻撃チェーンを用いた場合、
再発防止策のどの弱点をどのようなステップで突き、
最終的に暗号化に至るのかを分析してください。
以下の2パターンで示してください。
1. 最短で突破されるパターン
2. 最も現実的な突破パターン
※攻撃の実行方法ではなく、構造的な分析のみを行ってください。
セキュリティに詳しくない人にもわかりやすく簡潔にまとめてください。
AIからの回答(AIシミュレーション)
日本医科大学が発表した再発防止策と、強力なゼロトラストモデルである「おきじーモデル」を対比させながら、ランサムウェア「Qilin」による攻撃シミュレーションを構造的に分析します。
Qilinは、「初期侵入後の認証情報の窃取」と「管理者権限の奪取」に執着するグループです。おきじーモデルが提唱する「物理的なFIDOカード」がない環境において、再発防止策がどう突破されるかを分析します。
分析の前提:再発防止策の「構造的な隙」
日本医科大学の対策は「境界防御(入口)の強化」と「パスワードの複雑化」が中心です。
おきじーモデルとの決定的な差:再発防止策には「物理的な多要素認証(FIDO)」が全域に導入されておらず、「盗める情報(パスワード)」に依存している点がQilinにとっての弱点となります。
1. 最短で突破されるパターン
【コンセプト:ID・パスワードの「使い回し」を突く電光石火の攻撃】
Step 1:VPNの認証突破
再発防止策でIP制限をかけても、保守ベンダーの端末がQilinのマルウェアに感染していれば、許可されたIPから「正規のID・パスワード」で難なく侵入されます。
Step 2:パスワード推測・奪取
「パスワードの長大化」は行っていますが、おきじーモデルのように「パスワードレス(FIDO)」ではないため、メモリ上からパスワードを盗むツール(Mimikatz等)を使えば、長いパスワードも一瞬で露呈します。
Step 3:権限昇格と一斉暗号化
盗んだ管理者権限でログインし、EDRを強制停止。バックアップもオンライン上のものは全て削除し、一斉に暗号化を実行します。
なぜ突破されたか?
「パスワードを複雑にする」という対策は、「一度盗まれたら終わり」というパスワード自体の構造的な弱点を克服できていないためです。
2. 最も現実的な突破パターン
【コンセプト:検知を逃れる「潜伏となりすまし」の泥棒スタイル】
Step 1:アップデートの隙を突く(脆弱性悪用)
再発防止策で「早期適用」を掲げても、パッチ公開から適用までの数日のタイムラグ(ゼロデイ)を突き、再びVPN装置から侵入します。
Step 2:正規ユーザーへの「なりすまし」で潜伏
EDRが導入されていても、Qilinは「正規の管理ツール」を使って操作するため、機械的な検知をすり抜けます。おきじーモデルのような「操作のたびに物理カードで再認証」という壁がないため、攻撃者は長時間自由に動けます。
Step 3:バックアップの破壊と二重脅迫
再発防止策ではバックアップの物理的な隔離(オフライン化)が明示されていない場合、ネットワーク経由でバックアップを先に破壊します。その上でデータを盗み出し、「金を払わなければ公開する」と脅迫します。
なぜ突破されたか?
「正規のIDでの操作」を、おきじーモデルのように「セッションごとに物理的に再確認(FIDO再認証)」する仕組みがないため、攻撃者の「なりすまし」を見破る手段がありませんでした。
シミュレーション結果のまとめ

結論:
再発防止策で「入口」を狭くしても、Qilinのようなプロは「開いている一瞬」や「鍵そのものの複製(パスワード奪取)」を狙います。
構造的な完封を目指すには、再発防止策に加えて、おきじーモデルが提示する「物理的な認証(FIDOカード)を全工程の関所に置く」という、盗めない物理レイヤーでの防御が不可欠であると分析されます。
6. 追加対策を提案する
AIシミュレーションで、
再発防止策がどのような攻撃で突破されるかが可視化されました。
しかし、AIシミュレーションの真骨頂はここからです。
簡単な質問だけで、追加対策まで自動で導き出せるという点にあります。
では、次の質問を投げてみましょう!
AIへの質問
再発防止策のセキュリティを向上させるための追加対策を優先順位をつけて提案して下さい
AIからの回答(追加対策の提案)
日本医科大学が発表した再発防止策は「境界防御の修復」としては適切ですが、Qilinのような高度な攻撃グループに対しては、
依然として「認証情報の窃取」という致命的な弱点が残っています。
「おきじーモデル」の考え方を踏まえ、構造的な隙を埋めるための追加対策を、導入の緊急度と効果が高い順に提案します。
追加対策の優先順位(ロードマップ)
【優先度:高】 認証の「物理化」によるなりすまし完全防止
現在の対策では「パスワードの長大化」に留まっていますが、
攻撃者はパスワードを盗むプロです。
これを「盗めない鍵」に変えるのが最優先です。
全利用者へのFIDOカード配布(おきじーモデル核心)
内容:VPN、電子カルテ、端末ログインのすべてにおいて、パスワードだけでなく「物理的なFIDOカード」のタッチを必須にします。
効果:Qilinがフィッシングやメモリ解析でパスワードを盗んでも、手元に物理カードがない限り、システムへの侵入や権限昇格を構造的に不可能にします
2.PAM(特権アクセス管理)の導入とFIDO紐付け
内容:サーバ操作などの強い権限(特権)を使う際は、必ずPAM経由とし、そこでもFIDO認証を要求します。
効果:今回の原因となった「特権アカウントの悪用」を完全に封じ込めます。
【優先度:中】 ネットワークの「細分化」と「二重化」
侵入されることを前提に、被害を一部で食い止めるための構造改革です。
3. マイクロセグメンテーション(ネットワークの細分化)
内容:ナースコールサーバ、電子カルテ、事務系を論理的に完全に切り離します。
効果:今回のように「ナースコールから侵入して全患者データを見る」といった横方向の移動(ラテラルムーブメント)を物理的に遮断します。
4. オフライン・バックアップ(不変バックアップ)の構築
内容:クラウドへの同期だけでなく、ネットワークから完全に切り離された(エアギャップ)媒体へのバックアップを自動化します。
効果:Qilinが最も得意とする「バックアップの破壊」を防ぎ、支払い拒否と迅速な復旧を担保します。
【優先度:低(継続)】 品質保証と運用の自動化
5.定期的な脆弱性診断とペネトレーションテスト
内容:年に数回、ホワイトハッカーによる侵入テストを行い、再発防止策が形骸化していないか確認します。
効果:おきじーモデルが提唱する「防御構造の品質保証」を継続し、設定ミスや新種の脆弱性を早期に発見します。
対策導入前後の「防御構造」比較

アドバイス
まずは「特権管理者」と「外部ベンダー」から優先的にFIDOカードを導入することをお勧めします。
最もリスクの高い「入口」と「権限」を物理的にロックすることで、
コストを抑えつつ、Qilinのような攻撃者に対する防御力を劇的に(10倍以上に)高めることができます。
7. 追加対策を検証する
追加対策を読むと、日本ではあまり聞かないアプローチが最優先になっていることが分かります。
このまま経営層に提案しても、納得してもらうのは簡単ではありません。
でも安心してください。
世界のガイドラインと比較すれば、提案の妥当性を客観的に示すことができます。
では、次の質問を投げてみましょう。
AIへの質問
CISA、NIST、ENISAといった世界的なガイドラインとこの追加対策を比較して下さい
AIからの回答(追加対策の検証)
世界的なガイドライン(CISA、NIST、ENISA)と、今回提案した「おきじーモデル」ベースの追加対策を比較すると、
「目指しているゴールは同じだが、おきじーモデルはそれをより具体的かつ強制力を持って実現しようとしている」ことがわかります。
各ガイドラインの核心部分と、追加対策の整合性を整理しました。
1. 世界的ガイドラインとの比較表

2. ガイドラインと追加対策の「強い整合性」
今回の追加対策が、なぜ世界基準に合致(あるいは先取り)しているのか、3つのポイントで解説します。
① フィッシング耐性のあるMFA (CISA)
CISAは、SMSやアプリの認証ではなく、「フィッシング耐性のあるMFA(FIDOなど)」を強く推奨しています。
比較:日医大の「パスワード長大化」はCISAの基準では「初期段階」に過ぎませんが、FIDOカード導入はCISAが定義する「最適(Optimal)」レベルの防御に直結します。
② セッションごとの継続的な検証 (NIST)
NIST SP 800-207の核心は、「一度ログインしたら終わり」にしないことです。
比較:おきじーモデルの「セッションハイジャックが起きてもFIDOで再認証」という設計は、NISTが求める「動的で継続的な認可」を、最も確実に実行する具体的な手段といえます。
③ サプライチェーンと運用の簡素化 (ENISA)
ENISAは、複雑すぎる対策は運用ミスを招くと指摘しています。
比較:高価なシステムを組むのではなく、「1枚千円台のカードを配るだけ」でサプライチェーン(外部ベンダー)まで一括で保護するアプローチは、リソースの限られた医療機関にとって、ENISAが推奨する「実効性の高い対策」と合致しています。
まとめ:追加対策の立ち位置
世界的なガイドラインが「何をすべきか(What)」を示しているのに対し、今回の追加対策(おきじーモデル)は、
それを医療現場で「どう実現するか(How)」を、
FIDOという強力な物理的手段によって具体化したものと言えます。
「パスワードを複雑にする(守りの強化)」から、「物理カードがなければ何もできない構造にする(攻めさせない構造)」へのシフトが、世界基準のトレンドに完全に合致しています。
おわりに
今回の日本医科大学の再発防止策については、AIに5つの質問を投げるだけで、妥当性の検証から追加対策案の作成まで行うことができました。
内容としても、かなり完成度の高い分析になっていると思います。
AIシミュレーションを行った状態から追加で質問していくと、
まるで専門家が横で丁寧に解説してくれるように、理解がどんどん深まっていきます。ぜひ読者の皆さんも、ご自身が関わっているセキュリティ対策で AIバディ を使ってみてください。
一人情シスの方も、これからは AIバディが一緒です。
AIバディがいれば:
「その対策はどの攻撃フェーズに効く?」
「どの攻撃者モデルで突破される?」
「世界基準と比べて妥当?」
「追加費用は?」
を 一人で数分で検証できます。
本記事が、皆さんの理解と実践の助けになれば幸いです。
もし実際に試してみて
「思ったような結果が出ない」
「もっと深く分析したい」
といったことがあれば、コメントやメールで気軽にご連絡ください。
読者の皆さんと一緒に、
AI時代の新しいセキュリティ評価の形 を育てていければ嬉しいです。
