卒業しませんか?「お気持ち人材」
「次からは、ここも確認してもらえる?」
そう言われた瞬間、なんとなく気持ちが引っかかることがあります。
今までのやり方が駄目だったと言われた気がするし、信用されていないようにも聞こえる。そもそも、その言い方は少しきつくないか。こちらが考えてやったことは、まるごとなかったことになるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、「次から、どこを確認すればよいのか」という一番大事な話が、どこかへ行ってしまいます。

私は、こうして話の中身よりも「自分がどう扱われたか」が気になり、なかなか先へ進めなくなる状態を、半分は自戒を込めて「お気持ち人材」と呼んでいます。
少し嫌な名前ですが、誰かを分類して笑うための言葉ではありません。
本当は「人材」というより、誰でもときどき入ってしまう「お気持ちモード」と言った方が近いのだと思います。
何を隠そう、自分もそうだった
以前の私は、仕事で資料の修正を頼まれると、どこを直すかを確認する前に、頭の中でいろいろと考えていました。
「それなら、最初から言ってくれればよかったのに」
「こちらはこちらで、かなり考えて作っている」
「全部駄目だったような言い方をしなくてもよいのではないか」
実際に口に出すこともあれば、黙ったままモヤモヤしていることもありました。
相手が求めているのは数行の修正だったとしても、こちらとしては、自分の努力や考え方まで否定されたような気がしてしまいます。そうなると、修正そのものよりも、「自分は悪くない」ということを分かってもらいたくなります。
もちろん、今ではすっかりできるようになりました、とは言えません。
疲れているときや、自分なりに頑張った直後、相手との関係に少し不安があるときには、今でも同じような反応が出ます。内容を理解するより先に、「いま責められたのだろうか」と考えてしまうこともあります。
以前と少し違うのは、そのモヤモヤが始まっていることに、多少は早く気づけるようになったことです。
モヤモヤしているうちに、話がずれていく
指摘されて嫌な気持ちになること自体は、おかしなことではありません。
時間をかけて作ったものに修正が入れば、残念にもなります。言い方が冷たければ腹も立ちますし、自分だけ厳しく見られているように感じることもあります。
ただ、モヤモヤしているうちに、最初とは少し違う話になってしまうことがあります。
「次から、この方法でやってほしい」と言われただけなのに、「これまでのやり方を全部否定された」と感じる。
「ここも確認してほしい」と言われただけなのに、「自分は信用されていない」と受け取る。
「期限を決めたい」と言われただけなのに、「細かく管理されようとしている」と感じる。

そう感じてしまうこと自体を、無理に否定する必要はありません。ただ、その気持ちを何とかしてもらうことが会話の中心になると、肝心の「次からどうするか」が決まらないまま終わってしまいます。
話し合ったはずなのに、嫌な気持ちだけが残り、次に何を変えればよいのかはよく分からない。そのため、しばらくすると同じことが起こり、また似たような話になります。
私自身、こうしたことを何度も繰り返してきました。
相手の気持ちは想像するのに、必要なことは確認しない
モヤモヤしているときほど、不思議と相手の気持ちは悪い方へよく想像できます。
本当は怒っているのではないか。無能だと思われているのではないか。遠回しに嫌味を言われているのではないか。
ところが、実際に動くために必要なことは、あまり確認しません。
いつまでにやればよいのか。どこまで直せばよいのか。判断に迷ったときは誰に聞けばよいのか。そうしたことは曖昧なまま、「説明されていなかったから分からなかった」となってしまいます。

私も以前は、相手が何を考えているのかについては延々と悩むのに、何をすれば話が終わるのかは、あまり聞いていませんでした。
「そんなつもりではなかった」
「自分なりに頑張った」
「良かれと思ってやった」
こうした言葉も、たいていは本心です。悪気はなかったのでしょうし、本人なりに時間も使っているのだと思います。
ただ、こちらが頑張ったことと、相手が必要としているものがそろっているかは、残念ながら別の話です。
頭では分かっていても、気持ちが追いつかないことがあります。追加や修正を求められたときに、「足りないところを少し補ってほしい」ではなく、「あなたの頑張りには意味がなかった」と言われたように感じてしまうからです。
ここを一緒にしてしまうと、小さな修正の話でも、かなり重たい話に聞こえてきます。
まずは、話を小さく戻してみる
私がモヤモヤに気づいたとき、なるべく考えるようにしていることがあります。
「それで、今回は何を変えれば終わる話なのだろう」
気持ちの問題をなかったことにするのではなく、いったん話を元の大きさに戻します。
「次からは、ここを見ればよいですか」
「どこまでできていれば大丈夫ですか」
「迷ったときは、その時点で聞けばよいですか」
そうやって確認してみると、思っていたより小さな話だったと分かることがあります。

言い方が気になっているなら、それも後から話してよいと思います。
「少し言い方が気になっているので、そのことはあとで話したいです。先に、次からどうするかだけ確認させてください」
これなら、気持ちを無視せず、本題も止めずに済みます。
すべてをその場で一緒に解決しようとすると、話がどんどん広がります。まず次のやり方を決め、まだ気になることがあれば、そのあとで話す。分けて考えた方が、結果的にはどちらの話もしやすくなります。

分からないときは、分からなくなった場所だけ伝える
指摘を受けるのが苦手だと、分からないことを確認するのも怖くなります。
また何か言われるかもしれない。こんなことも分からないのかと思われるかもしれない。以前の説明と少し違う気もするけれど、聞き返すとかえって面倒になるかもしれない。
そうして黙ったまま止まり、あとになってから「分からなかったので進められなかった」となることがあります。
これも、私には身に覚えがあります。
実際には、
「ここまでは分かりましたが、この部分だけ判断できません」
「AとBのどちらで進めればよいですか」
と早めに聞いた方が、話は短く済みます。
何でも察して動ける人になる必要はありません。分からなくなったときに、どこで止まっているのかを伝えられれば、それで十分なことも多いはずです。

相手の言い方や要求がおかしいこともある
もちろん、いつでも受け取る側に問題があるわけではありません。
人前で恥をかかせるような言い方をする人もいます。最初に言っていた条件を後から何度も変える人もいれば、曖昧な説明しかしていないのに、結果だけを責める人もいます。

そのような場合まで、「自分が気にしすぎているだけだ」と考える必要はありません。
ただ、「あの人は自分を見下している」「わざと困らせようとしている」と相手の気持ちを決めつけても、なかなか話は進みません。
それよりも、
「最初に聞いていた内容と、今求められている内容が違っています」
「この話は、ほかの人がいないところでお願いしたいです」
「どこまで対応すればよいか、先に確認したいです」
と、実際に起きていることをそのまま伝える方が、自分を守りやすくなります。
「お気持ち人材」から卒業することは、何でも我慢することでも、自分が悪かったことにすることでもありません。
自分が嫌だと感じたことと、実際に何が起きているのかを、少し分けて考えられるようになることだと思います。
きれいには卒業できない
正直なところ、一度卒業したら二度と戻らない、というものではないのでしょう。
余裕がある日なら気にならなかった一言が、疲れている日にはひどく引っかかることもあります。昨日は素直に確認できたのに、今日は言い方ばかりが気になってしまうこともあります。
私も今でも、そうなります。
ただ、以前より少しだけ早く、
「いま自分は、話の内容よりも、どう言われたかを気にしているな」
と気づけるようになりました。

気づいたら、もう一度だけ考えます。
「それで、次から何を変えればよいのだろう」
嫌だったことは、嫌だったと感じて構いません。その気持ちを無理に消す必要もありません。
ただ、モヤモヤしたまま、返事や次の行動まで決めなくてもよいのだと思います。
まずは何をすればよいのかを確認し、それでも残っている気持ちがあれば、あとから言葉にする。
それくらいの意味でなら、そろそろ一緒に「お気持ち人材」を卒業してみませんか。
