No.1786 美しい心
一昔半前のお話ですが忘れられない思い出です。お付き合い下さいますか?
ある日の午前7時45分ごろのことです。毎朝、パンを購買部に配達するパン屋のおじさんの車が来ました。校舎の入り口から購買部までは50m足らずなのですが、中央廊下の入り口からは、下履きからスリッパに履き替えなければなりません。
すると、偶然登校して来た女生徒が、そのおじさんの姿に近づき、パンの入った番重(フードコンテナ?)のケースをスーッと受け取るように持ちながら、さっさと歩き始めたのです。パンケースには、おじさんが自分で持てる分を入れておいたのでしょうが、結構な量でした。
「いいよ。俺が持つよ。」
と言っても、
「いいから、いいから。」
と女生徒は進みます。自分のノートや教科書の入ったバッグを背中に担いだまま、中央廊下の入り口まで来たところで、女生徒は靴を脱ぎ捨て、ソックスのまま購買部まで運んで行きました。
パン屋のおじさんは、少し足が不自由です。女の子は、即座に気づいたらしく、おじさんに代わってパンを運ぼうとしたように見えました。おじさんは、申し訳なさそうに後に従いました。
たった、それだけの光景です。わずか、それだけのお話です。
たまたま後ろを通りかかった私の目の前で、出来立てのパンのように心が温まる、そんな小さな生のドラマがありました。
そうしないではおられない、そうしたくなる、彼女の中の親切心(要らん世話)は、見ていて気持ち良いものでした。
おかげで、その日は、一日中清々しい気持ちで過ごしました。こんなにも心優しい生徒がいてくれることが嬉しくてなりませんでした。いや、ひょっとしたら、高校に入って、そんな気持ちが生まれたのかも知れないなと、そんな気持ちにしてくれる美しい心でした。
でも、誰かは知らない女生徒でした。もう30代?今も気を利かせる、人に喜ばれる女性でいる事でしょう。ご本人は、その時のことを覚えているかどうかわかりませんが…。
※画像は、クリエイター・横田 裕市/写真家×編集者さんの番重に入ったパンの1葉です。お礼を申し上げます。彼女の持ったパンケースは、プラスチック製でした。
