No.1643 信濃の人
私が「仁の音」を始めたのは2020年12月からですが、2019年6月のコラムに「わが秘帖・人生の音」(「人生ノート」の洒落)というのを見つけ、驚き三嘆です。「仁の音」は「仁note」のダジャレで、結構気に入っていましたが、それ以前に発想源があったなんて…。すっかり忘却の彼方だった訳で、私の記憶力は「健やかにお忘れ」の一途をたどっているようです。
その「わが秘帖・人生の音」のページをめくっていたら、こんなことが書いてありました。
『万葉集』巻七・1411番(挽歌)には、こんな歌が載っています。
「福 何有人香 黒髪之 白成左右 妹之音乎聞」
「幸(さき)はひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 妹が声を聞く」
(「幸せ」とは、どんな人を言うのかな? 白髪になるまで妻の声を聞く人の事だろう)
直訳をすれば、そんな意味になるのでしょうか。
ちょっと意訳をするなら、
(どんだけ運のイイ人が、白髪になるまで妻の声を聞いていられるんだろう?)
ということでしょうか。
この歌は、人の死を悼む挽歌として採られています。作者は、早くに妻を亡くした人でしょう。共白髪になるまで連れ添っている夫婦を見て、羨ましさがこみあげてきたのでしょうか。同時に、己の叶わなかった人生への嘆きや溜め息が漏れて伝わってくるようでもあります。
私は、運命論者ではありません。共に居るからといって、必ずしも幸せだとは言えないでしょう。しかし、互いの白髪に目を細められるとしたら、偶然・必然にかかわらず、それは望外の喜びであろうと思います。奈良時代の庶民の生活は苦しかったでしょうが…。
昨日、そのページに気づいて、ちょっと涙腺が緩みました。娘の嫁いだ先の親戚の伯父さんが、79歳で病禍に倒れ、帰らぬ人となりました。
「若い頃から農業ひと筋 夏も冬も田畑に立ち 夫は生涯現役で 我が家を支えてきました(中略)寂しさは残るものの つらい病と闘い続けた夫が全てから解放されゆっくり休めると思えば 幾分か悲しみも安らぎます 」
奥さまの会葬のお礼状には、そのような言葉がしたためてありました。
わが娘は、身寄りのない信州に嫁ぎました。不安至極のところを、義父母は言うに及ばず、近在で農家を営み、親戚になったことをことのほか喜んでくださった義理の伯父さん伯母さんにもどれだけ助けられたか分かりません。いつも気にかけ声を掛けてくれ、腹蔵の無いお話が出来たこと、物心両面で厚い支援をいただいたことなど、失った人の存在の大きさに、娘の悲しみは、筆舌に尽くし難いことのようでした。
『万葉集』では
「幸(さき)はひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 妹が声を聞く」
と歌われた挽歌ですが、残された義理の伯母さんにとって、その歌は、
「幸はひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 背が声を聞く」
と、悲しみをこらえて口遊む日もあるのではなかろうかと察せられます。
謹んで哀悼の意を表し、御霊の安らかならん事を遥かにお祈りいたします。
※画像は、クリエイター・myao 〜前略 ハイエースから〜さんの、タイトル「共白髪」の1葉をかたじけなくしました。ささやかな一コマですが、理想の姿です。お礼申し上げます。
