No.1742 みつけた!
「やつと秋細胞なべてリフレッシュ」
堀百合子
「俳誌のsalon」掲載誌「苑」(2010年12月)
15年前に発表された句ですが、今年は特に細胞の核にまで染みる響きです。
童謡(唱歌)「小さい秋みつけた」を歌えますか?
♭誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
めかくし鬼さん 手のなる方へ 澄ましたお耳に
かすかにしみた 呼んでる口笛 もずの声
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた♪
サトウハチロー作詞、中田喜直作曲のこの歌は、1955年(昭和30年)にNHKの特別番組「秋の祭典」の為に作られたものだそうです。本来は、その番組限りの、使い捨てとなる曲でした。実際、特に話題になることもなく忘れ去られ、数年の時が経ったそうです。
ところが、その7年後、とあるレコード会社のディレクターがこの曲を偶然発掘し、当時、大変人気のあった男声コーラスグループのボニージャックスに歌わせてみました。すると、これが空前の大ヒット!何とその年のレコード大賞童謡賞まで受賞。更には、文部省認定の曲として小学校の音楽の教科書に掲載されるようにもなったといいますから、世の中、何が契機となるか、どう転がってゆくか予測がつかないものですね。摩訶不思議です。
この詩が生まれた背景について、
『ちいさい秋みつけた』作詞者のサトウハチローは、3歳ごろ熱湯で脇腹に大やけどを負い、数年間病床に伏せっていた。
火傷(やけど)は大きな後遺症となり、ハチローは母親ハルの背中に背負われて小学校に通ったという。
体の不自由さもあり、ハチローは家にこもりがちだった。クリスチャンだった母親は、そんなハチローをよく教会に連れて行ったという。教会の屋根には風見鶏(かざみどり)があった。
『ちいさい秋みつけた』の歌詞には、これら作詞者による幼少期の体験が色濃く投影されていると考えられる。
ちなみに、この火傷の後遺症のせいで、サトウハチローは仕事の際に机を使わず、布団の上にうつぶせに寝た状態(一番楽な姿勢)で創作活動や読書を行っていたのは有名な話である。
という興味深い解説があり、生まれるべくして生まれた詩だったように思いました。
もうずいぶん前の、ある年の10月初旬のこと、廊下で会う度に笑顔で挨拶してくれる生徒たちがいました。生徒それぞれの笑顔にも季節の彩りがあるなと感じていたので、
「小さい秋、見つけた!」
と声をかけたら、顔を赤くして笑われました。生徒の中には、ハゼの葉のように鮮やかな紅葉の表情を映す人がいます。色とりどりの表情も秋の木の葉の風情に似ていて楽しい。
「小さい秋みつけた」の詩誕生から、今年で70年です。在職中のあの日から10年以上が経ちました。私は70代をオロオロしながら生きています。
「人生に悔なき秋やなほ余命」
泉田秋硯
「俳誌のsalon」掲載誌「鴫」(2010年12月)
※トップ画像は、クリエイター・青木詠一さんの、タイトル「小さい秋みつけた。」の1葉をかたじけなくしました。
「やわらかな、優しい日差しの中で、小さな秋みつけた。」
の説明に、なにかしら70代の私にはグッとくるものがありました。
お礼を申し上げます。
