見出し画像

主役の隣の脇役が、物語をふくらませる

写真を撮るとき、私たちはつい、真ん中に据えた主役だけを見つめてしまいます。けれど、あとから見返すと、フレームの隅に小さく写り込んでいた誰かが、その一枚の物語を、ぐっとふくらませてくれることがあるのです、という話を残します。

バルセロナのある夕方、大きな交差点で信号待ちをしていました。

沈みかけた夕陽の光が滲んで、向こうから、ターコイズ色のバスがゆっくりと近づいてきます。まぶしさに目を細めながら、私はそのバスにカメラを向けました。光を受けて輪郭がやわらかく光る様子が、なんとも言えず美しかったのです。

バスを画面の真ん中に据えて、何枚かシャッターを切りました。狙いどおりの一枚が撮れた気がして、そのまま満足して、信号が変わると歩き出しました。

その日の夜、宿でその一枚を見返していたときのことです。バスの奥、画面の端のほうに、自転車に乗った人が小さく写り込んでいるのに気がつきました。撮っていたときには、まったく意識していなかった存在です。

主役だけを追いかけていた夕方

撮っていたときの私は、バスしか見ていませんでした。

光の当たり方、車体の色、画面の中央にどう収めるか。頭の中は、そのことでいっぱいだったのです。まわりに何が写り込んでいるかまでは、正直、気にする余裕がありませんでした。

多くの場合、撮っているその瞬間は、こんなふうに主役だけを追いかけているものだと思います。それ自体は、悪いことではありません。狙った被写体に集中するからこそ、撮れる一枚もあるからです。

けれど、その集中の外側に、実はもうひとつの物語が、静かに紛れ込んでいることがあるのでした。

見返して気づいた、隅に写っていた自転車

夜、画面を見返していると、その自転車の存在が、少しずつ気になりはじめました。

バスは、交差点を曲がるために止まっている乗り物です。けれど、その奥を横切っていく自転車は、止まらずに、どこかへ向かって進んでいます。ひとつの画面の中に、止まっている時間と、動いている時間が、同時に写り込んでいたのです。

そう思って見返すと、この一枚はただの「夕方のバス」の写真ではなくなっていました。信号が変わるのを待つ人たちと、待たずに走り抜けていく人。同じ交差点にいながら、まったく違う一日の終わりを過ごしているふたつの時間が、ひとつの画面に同居していたのです。

主役だけを見ていたときには気づかなかった奥行きが、隅に写っていた小さな存在によって、ふくらんでいました。

背景を整えすぎないほうが、街の空気は残る

この経験から、ひとつ気づいたことがあります。

街の中で撮るときは、背景をきっちり整えようとしすぎないほうがいい、ということです。

余計なものが写り込まないように、隅々まで気を配って撮る方法もあると思います。けれど、街という場所では、その几帳面さが、かえって空気を薄くしてしまうことがあるようです。信号待ちの人、通り過ぎる自転車、道の端に停まった車。そうしたものを律儀に排除しようとすると、街そのものが持っていたざわめきまで、いっしょに削ぎ落としてしまうのです。

だから私は、主役を画面のど真ん中いっぱいに詰め込みすぎず、まわりに少しだけ余白を残しておく、というくらいのラフさで撮るようにしています。ぴったり主役だけを切り取ってしまうと、その脇に紛れ込むはずだった小さな物語まで、いっしょに切り落としてしまうからです。

もちろん、撮っているその瞬間に、脇役の存在まで見きわめるのは簡単ではありません。だからこそ、細かく整えようとする気持ちを、少しだけゆるめておくくらいがちょうどいいのだと思います。あとで見返したときに、その余白の中から、思いがけない脇役が見つかることがあるからです。見返す時間もまた、写真を撮り終えたあとの、もうひとつの撮影のような気がしています。

脇役に気づくと、写真の物語がふくらむ(まとめ)

1. 主役だけを追いかけていた夕方:撮っているその瞬間は、多くの場合、主役しか見えていない
2. 見返して気づいた、隅に写っていた自転車:小さな脇役が、止まった時間と動く時間を、ひとつの画面に同居させていた
3. 背景を整えすぎないほうが、街の空気は残る:几帳面に排除するより、ラフに撮るくらいが、街のざわめきを写しとめてくれる

あなたの一枚の隅にも、気づいていない脇役がいるかもしれません。

主役ばかりを見ていた一枚を、あらためて隅々まで見返してみる。そんな時間から、思いがけない物語が立ち上がってくることがあります。

私は写真を、6つの軸——技術・構図・光・意図・物語性・独自性——で見つめ直すようにしています。なかでも「物語性」の軸は、こうした隅の脇役が運んでくる奥行きを、ちゃんと言葉にして掬い上げてくれる軸だと感じています。

自分の写真に隠れている物語を、言葉にして受け取ってみたい方は、こちらの記事にまとめています。

いいなと思ったら応援しよう!

okura 📸 いただいたチップは活動費に使用させていただきます。読んでいただき本当にありがとうございます。

この記事が参加している募集