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七支刀は喋らない

鋭く刃は 付けられていたのか…。
もし付けられていたとしても、
肉厚の鈍刀だろう。
薄刃だと、銘文を囲う細い象嵌線が邪魔になる。
今言う刀のイメージとは恐らく違う。
刀身と 研ぎ出された刃の部分が、
ハッキリ区分けされた刀ではなく
「一色 ひとつの鉄の塊に、銘文が背負わされている」と言ったほうが分かりいい。
鉄は国威を象徴する。
全般推察されるように 物を斬る為の道具ではなく、政治的なモニュメントと見て間違いなかろう。
どのようなやり取りから、この銘文は生まれたのか……。
必ずしも 一方的に贈られた言葉ではないと思っている。

六つ突出した刃の間隔は、
一定ではない。
仮に計って六つ等間隔で作ったなら、この神宝のような柔らか味は出ないだろう。
製作時、かなりバランスを重視して作られたと見てよい。
各枝刃の長短、開きかたを微妙に調整したあとが伺われる。
銘文により表と裏が分かっている。
やはり一番上の枝刃が左向くほうが安定して見える。
錆びかたによるのか判然としないが、裏面から見るほうが不思議と剣先が太く見える。
出土した石上神宮は物部。
聖徳太子の七星剣との繋がりが
見えそうで こじつけるまでの要素は見い出せない……。

目の錯覚だろうか、刀身が微かにクネクネしているように見える。
一瞬 近年発見された蛇行剣が思い浮かんだ。
鍛造による揺らぎとも考えられなくもないが、技術的に叩きだしは難しいとされている。
鋳造するにしても 鉄は鍛えるより溶かすほうが遥かに高温が要る。
当時の製鉄最先端である百済。
銅銭を鋳造する時、流し込む型技に似ないでもないが、銅と鉄では融点が違う。
永く 鉄は加工しか出来なかった倭。
驚きは ひとしおだったと
想像が止まらない。

柄頭は いかに…。
古墳から良く出る環頭は、デザイン的に合わない気がする。
もっとシンプルで直ぐなる形が好ましい。百済から正式に添う拵えがあっただろう。
鞘は刀の形的に考えにくいが、出したり仕舞ったりせず、常に祀られる存在ならば収納する必要は無い。
今は、刀の形に合わせた木枠があるおかげで表裏がつぶさに拝見出来る。
誠に有難い演出……
今だけ
鑑賞される神品として
世に お出ましになられている。

オリジナルなのか……。
百済が倭に 唯一ひとふりだけ作ったものなのか、それとも他国への外交手段として、作る慣わしがあったものなのかは知れない…。
銘文を入れる時点で、 オリジナル色は当然強まる。
高句麗に攻められる百済は、中国にも協力を求めておかしくない。
見れば見る程 呪術的なデザインは、 どこから来たのか謎は深まる…。
枝刃は 多弁に見えて意外に無口。
土中に傷んだ枝……。
見るに忍びない気持ちにもさせる曲がりかた……。
形なぞる象嵌線が枝芯を そっと支えているのが奥ゆかしく感じられる…。

倭が 百済に返したものとは……。
この七支刀を朝貢と見るか、下賜されたものと見るかで話しは変わる。
しかし
政から見えない土中に鎮まった時から
役目は終えているようにも思われる。
戦いではなく
世の平安を支える神器としての存在。
この度の国宝展で前期後期二度に渡って観ることが出来た。
布留の神懐から目覚め、祈り捧げ続けられる  一口。
まさしく神さびる杉のような御影……
遠く百済で産声をあげた祈りが、
今 日の本の神道美術の頂に在ることを思うと
震えが止まらなくなった。

また近く
神鶏遊ぶ庭に
参ろうと思っている。

次 あいまみえる日は
いつ来るのだろうか……。

忘れられない初夏になったことを
幸せに思っている…。


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阿毘羅亭日乗 お心お寄せいただきありがとうございます。お考えいただきましたこと厚く御礼申し上げます。