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染む十一面観音一幅

紅葉で知られる龍田神社に
ゆかりがある。
神仏習合のただなか、
時をかけ熟成された赤みだろうか。

昔、奈良博で催された「美麗」展の折り、初めて実物を見た。
この度の国宝展で、
一番楽しみにしていた平安画のひとつ。

まず目を釘付けにするのは、
妖しく匂ひたつような肌色…。
その紅顔の効果は絶大で、
単なる平面の大幅を、
よりリアルな立体造形に (へんげ)させる。
首も 胸元も 印をきる かいなも、まるで ひと風呂浴びてすぐのように 火照っている。

もとは台座も含め、身に付ける衣も極彩色だっただろうから、肌の赤みは 今ほど 目立たなかったのかも知れない。
重暗く見える背景も截金で もっと 輝いていたはず…。
今、僅かに残る天蓋、瓔珞、後背の煌めきは、闇夜に しだれ 消えゆく花火……。
観音のバックが、かのように黒澄んだトーンになったお陰で、生気帯びる肌色が、益々 眼に迫ってくるように感じられる。

その尊顔は
幽玄に例えるだけでは足りない …。 

反対に
ゆで玉子みたいな頬…と
和かい印象も いだかせる。

閼伽水 潤したばかりに見える唇は深紅…。

鼻は 衆生の悪気をくまなく吸いとる為、強く横に張っている。

平安の(かな)思わせる糸髭は、無空たなびく雲か…。
末法の揺らぎ救うに奔走し
伸びてしまった雲…。

まなざしは どこまでもすっきりしている。同じ時代の仏像ほど、つり目ではないような気もする。
穏やかで  おおらかなライン…。

櫛眉毛が、三輪山と香久山に見える。白毫とその周りの珠が、天に日輪の足跡を点けていく…。

お顔縁取るのは朱線。
遥か大陸の石窟画にも通じている…。

頭部には、赤や緑の花飾りを挟んで
十一面が鳥居の如くズラリと並ぶ。
ほとんどが 太い男眉で 目をむく表情だが、中心線貫く二つだけは下の母体と同じく櫛眉に切れ長の目をしている。
その二つには 糸髭が無いので、菩薩から如来へ移る準備の最終段階だろうか…。

頭頂の一面は、
なぜか白毫が紫っぽく
頬の赤みは 失せている。

満月が天頂に昇るにつれ
色白くなるのにも
似ている……。

益田鈍翁が、
大床に掛ける写真が残っている。
厳かな法輪のような軸先飾りが添う…。
鈍翁の ふくぶくしい お顔と髭に
十一面観音が
乗り移っているようにも見える……。

この平安一とも言える一幅を所持すると
どんな心持ちだろうか…。
画を見たままは、いくらでも語れるが
心うちの言葉は
おそらく
一言も出てこない……。

はじめ
鈍翁と写るモノクロ写真で出会い、
次「美麗」展で、畏れながら目の前にし、
今この「超国宝」展で
唯  赤みを感じた…………。

また次の機会が あるかは分からない…。

もし あるとすれば
この観音に
なに色を感じ、
どんな声を聞くだろう。 

今より ほんの僅かでも

この あたたかみに 近づき
触れられることを
願ってやまない。


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阿毘羅亭日乗 お心お寄せいただきありがとうございます。お考えいただきましたこと厚く御礼申し上げます。