特別企画②: ALEX MOULTON AM7
はじめに
自分自身の属性を考えると
縁遠いカテゴリーの車種と思っていましたが
ひょんなところから縁が始まりました。
いつもお世話になっている
葉山自轉車市場さんの門脇さんとの会話で
ある日、ツイードライドの話になった際に
もし私が参加するとしたら
どんな車種を選べばいいのかと尋ねた際
”モールトンなんていいんじゃないですか?”と
門脇さんが即答しました。
それまでツイードライドと言えば
ランドナータイプの車体しか思い浮かびませんでした。

画像は本年4月4日土浦で開催された、PEDALE CLASSICOより。
ましてミキストなどは、やはり女性が…
等と、狭い視野の私でしたが
実はかねてから、モールトンに対して
ある種の”モヤモヤ感”を抱いていたところで
”点と点が線”状態になりました。
”あっ、その手があったか!”と。
忘れかけていた物が
まるで走馬灯の様に駆け巡った瞬間です(笑
中高生の頃だった’90前後には
何となくその存在を既に知っていましたが
奇々怪々なトラスフレームの小径車が
”〇〇記録を達成”的な記事を
添えられた写真と共に雑誌で読む度に
”う~ん、変態車”(笑
と、当時Rossinに乗っていた私としては
繊細なダイヤモンドフレームのロードレーサーこそ至高と考え
視野狭窄な状態がつい数年前まで続いたのです。
ただし、その中でも
その独特の存在感そのものについては
ある種のモヤモヤ感として
依然として抱いていましたが
その内に記憶の奥底に閉じ込められてしまったのです。
以前の愛車紹介⑥
LOOK KG86で記した様に
私の自転車に対する嗜好としては
まずは普遍的な性格が強い、言わばオーソドックスな物。
その一方で対極とも言える
エポックメイキング的な物に対しても
非常に強い憧れを私は持ちます。
そして今春のある日にまた
葉山自轉車市場さんを訪ねると
あれっ、モールトンじゃん!と
一目惚れしてしまったのです(笑
考えてみれば
意識してモールトンの実車を見たのが
その時が初めてでした。

コンポの主な構成は
ステアリング周りはGB
ブレーキ、シングルのクランク、前後ハブはZEUS
Rシフター、ディレーラーはSimplex SLJ。
サドルはBROOKSです。
ちなみにタイヤは
今は亡きWOLBERの当時モノ。
カチカチですが貴重です(笑
そして何より驚きの、前後揃っているキャリア付き。

その構造から
このキャリア自体も
フレーム剛性の一部を担う造りの様です。

Rキャリア付きはWeb画像等で
比較的良く見掛けますが
Fキャリア付きは初めて見ました。
ちなみに30~40代の頃、私はバイクに乗っていました。
その時とうとう乗る事はありませんでしたが
気になるバイクがありました。
ヤマハSDR

見ての通りフレームはもとより、スイングアームも含め
トラス構造のフレームです。
私も少なかれコレの影響を受けていた部分もあると思います。
バイクもトラスフレームが少ない中で
やはりエポックメイキングなマシンには
以前お話ししたLOOK KG86、96同様に
後ろ髪を引かれる想いが静かに流れていたのです…
そしてこの出会い。
聞けばコレクターの方が他車を含め
今年の初めに手放すとの事で
葉山自轉車市場さんに預けたとの事。
FRキャリア付きで、このチャンスを
逃す訳には行きませんでした(笑
しかし、私自身
ALEX MOULTONに対して、殆ど素人です。
ここでALEX MOULTONの
特徴や歴史的背景を含め、一旦整理をし
より一層このマシンを愛でられるように
造詣を深めるのが、このお話の目的です。
1 開発者 アレックス モールトン
1920.4.9~2012.12.9、享年92歳。

ゴム製造業で成功を収めた曾祖父、スティーヴン・モールトン。
父は理学博士、ジョン・モールトン。
青年期に設計と金属加工の道を志し
ケンブリッジ大学に入学後
第二次世界大戦が始まった1939年に
航空機会社に入社し実務経験を積むのと共に
英国空軍の技術将校に志願をする事になります。
その後エンジンを始めとする研究開発部門に所属し
1945年の終戦後は
鉄道車両用サスペンションゴム部品の製造会社に入社しました。
ALEX MOULTONの特徴の内、フレームと並ぶ
もう一つの特徴、サスペンションについて
ここでの職歴が原点になったのだと思います。
その後曾祖父スティーヴンが
17世紀建築の壮大な館をレストアした
現在通称”お城”と呼ばれる
モールトン家を拠点として
ゴムやハイドロを使用して
縣架装置、サスペンションを研究するのと並行し
1956年に勃発した第二次中東戦争
いわゆるスエズ動乱から波及した石油不足により
庶民の交通手段として自転車に着目します。
そしてここが
自転車の”ALEX MOULTON”の原点となるのです。
2 自転車 ALEX MOULTON
1962年に発表されたモデル、通称”F型フレーム”の
シリーズ1はデビュー直後
カーディフ~ロンドン間約260㎞の
タイムレコードを塗り変える好成績を得ました。
しかし、イギリスの大手メーカーが
粗悪な似通った製品を製造販売した結果
本家MOULTONの評判をも落とす事となりました。
そして、これを危惧したモールトンは
自らが顧問となる事で、同大手メーカーに製造権を譲渡しました。
しかし1974年、同メーカーは生産を中止。
モールトンはALEX MOULTONの商標と特許の
買い戻しの申し出ましたが、これを拒絶されてしまいます。
そして、約10年の歳月を経て
1983年頃にシリーズ2と言える“トラスフレーム”の
AMシリーズを発表する事となります。
製品コンセプトも、当初の庶民の手軽な足としての大量生産から
AMシリーズは、通称”お城”と呼ばれる
自邸の工房内で熟練者の手による
精緻な小径鋼管のフレームと新型式サスペンションを搭載した
超高級車の少数製作の道を選ぶ事となるのです。
3 ALEX MOULTONの種類
大別すると、上記の
①”F”の字を倒した様に見える、通称 F型フレーム
② トラスフレームの、AMシリーズ
に大別されると思います。
またここに製造権譲渡やライセンス生産された部分を含めると
F型~自動車メーカーBMC(ALEX MOULTONの下請け)
RALEIGH(1960年代~1974)
BRIDGESTONE(1999~2018)
※ BRIDGESTONEは’60年代での、製造権譲渡によって止まった
F型の正常進化形の開発をモールトンと共に目指していた。
AM型~APB(英国パシュレイ社)
TSR(APBの後継機種、英国パシュレイ社)
と言った会社により、ライセンス生産が行われました。
つまりそれだけ、革新的な車体だった証なのでしょうね。
4 実車紹介
5月11日、納車整備着手前の様子。

この時点では、日東のステム、ハンドル、前歯50のZEUS製クランクが付いておりました。
5月31日、納車前整備中の様子。

ブレーキレバーのゴム製フードは破れていたので取り去り
金属剥き出しになったブラケットを磨きます。
車体の雰囲気に統一感を与えるため
ハンドル、ステムをGBへ
クランクもアームのグルーヴ(溝)に黒の墨入れをした
ZEUSの53Tに交換。
また不具合を解消するため
破れているZEUSのブレーキレバーの
ゴムフードを取り去り
ブラケットをポリッシュ仕上げ予定。
バーテープを革巻きへ交換。
またチェーンも交換等
具体的な形に仕上げて行きます。
この時点においては次回
イベント参加記⑥でお話しする
6月6日(土)、7日(日)に
神奈川県横須賀市で開催された
”モールトンサミット2026”にて
オリジナル状態で参加するため
車体は公道走行に必要な保安部品以外は
基本的にオリジナルそのままの状態です。

スプロケットは9×11×13×15×17×22×28です。
タイヤのサイドウォールに刻まれた文字。

前オーナーは中古輸入したのでしょうか。
イギリスのサイクリングクラブの物らしき
ステッカーが付いています。

シートピラーにも
サイクリングイベント参加を示すものらしき
ステッカーが貼付されています。

形式番号を示すコーションステッカー

交換したクランク。
墨入れしたグルーヴ(溝)がアクセントとなり
車体にマッチしています。

そして次回は
6月6日(土)、7日(日)に開催された
モールトンサミット2026参加記です。
備考:今回参考とさせて頂いた資料。
Wikipedia アレックス・モールトン
Dr. Alex Moulton
BRIDGESTONE Moulton
イベント参加記⑥
へつづく。
