武士道 第14章 #20 自殺した二人の婦人ペラギア及びドミニナがその純潔と敬虔の故に聖徒に列されている
#20 Even the Christian conscience with its horror of self-immolation, will not be harsh with them, seeing Pelagia and Dominina, two suicides, were canonised for their purity and piety .


私の訳:自殺に嫌悪感を持ったキリスト者の良心でさえも、自殺した二人の婦人ペラギア及びドミニナがその純潔と敬虔の故に聖徒に列しているのを見れば、彼女等に対し苛酷ではないだろう。

英単語の整理








ここでの Pelagia(ペラギア) と Dominina(ドミニナ) は、キリスト教の歴史において、自らの貞潔(純潔)を守るために自ら命を絶ったことで知られる聖女たちを指します。
キリスト教では通常、自死(自殺)は重罪とみなされますが、彼女たちの場合は「恥辱から身を守るための信仰的な決断」として例外的に称えられ、聖人として列せられました。
Pelagia (アンティオキアの聖ペラギア)
3世紀後半から4世紀初頭、ローマ皇帝ディオクレティアヌスによるキリスト教迫害時代の人物です。
経緯: わずか15歳の少女でしたが、キリスト教徒であることを理由に兵士たちに囲まれました。
最期: 兵士たちに乱暴されることを恐れた彼女は、「服を着替えさせてほしい」と頼んで屋上(または窓)へ行き、そこから身を投げて亡くなりました。
評価: 彼女の行為は、罪を犯すよりも死を選ぶという「純潔への情熱」の象徴として、聖ヨハネ·クリゾストモらによって称賛されました。
Dominina (聖ドミニナ)
彼女もまた、迫害時代に純潔を守るために命を絶った女性として言及されます。
経緯: 一般的には、母ドミニナが二人の娘(ベルニケとプロスドケ)と共に、兵士たちによる暴行を避けるために川に身を投げて殉教したエピソードが有名です。
評価: 彼女たちの物語も、ペラギアと同様に「肉体の純潔を汚されるくらいなら、神のもとへ帰る」という信仰心の現れとして、教父エウセビオスなどの記録に残されています。
文脈の解説
引用文は、「キリスト教の良心は通常、自死(self-immolation)を忌み嫌うが、この二人に関しては、その純潔(purity)と信心(piety)ゆえに聖人と認めており、決して厳しく批判することはない」という論理を展開しています。









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