社会経済学者M. Cheyssonについて 武士道 15章 #16より
フランスの経済学者エミール・シェイソン(Émile Cheysson, 1836–1910)は、19世紀後半から20世紀初頭のフランスにおいて、技術者でありながら経済学・社会学の発展に大きく貢献した「エンジニア・エコノミスト(技術者・経済学者)」の代表的な人物です。
フランス独自の高度な数理・工学教育を受け、その手法を社会問題や経済分析に応用しました。彼の主な経歴、思想、業績は以下の通りです。
📊 主な経歴と立場
エリート技術者: フランスの最高峰エリート校であるエコール・ポリテクニークおよび国立土木学校(ENPC)を卒業した土木技師でした。
実務での活躍: 鉄道会社の技師長や製鉄所の工場長を歴任し、インフラ建設や産業実務の現場を率いました。
教育活動: 土木学校、鉱山学校、政治科学自由学校(現パリ政治学院)などで、経済学、社会経済学、産業経済学の教鞭を執りました。
💡 経済学・社会学における業績
計量経済学・空間経済学の先駆者: 数理的なアプローチを用い、産業活動の立地や偶然性(ランダム性)を重視した経済分析を行いました。ヨゼフ・シュンペーターからも「著名な経済学者に数えられるべき人物」と高く評価されています。
データ可視化(統計学)のイノベーター: 1882年に、経済データの3つの変数を円の大きさで表す「バブルチャート(気泡図)」の原型を考案したことでも知られています。
「社会経済」と社会的技師の提唱: 師である社会学者フレデリック・ル・プレの思想を受け継ぎ、単なる市場放任主義(古典派)ではなく、労働者の生活安定や貧困解決を目指す「社会経済(économie sociale)」の領域を切り開きました。技師は単にモノを作るだけでなく、社会問題を解決する「社会的技師(ingénieur social)」であるべきだと主張しました。
パターナリズムと住宅政策: 企業が労働者の教育・賃金・住宅を保障することで安定した労働力を育成できると考え、労働者都市や田園都市構想といった福利厚生(パトロナージュ/パターナリズム)の整備に尽力しました。

武士道 第15章 #16「各人はその血管の中に少くとも西暦一千年に生きてきた二千万人の血液を持っている」とは
2000万人という数字は、「世代をさかのぼるごとに先祖の数は2倍になる」という単純な掛け算(等比数列)から導き出されています。
具体的な計算式とプロセスの解説です。
1. 前提条件の整理
英文にあった条件を数字に直します。
期間:西暦2000年(現代)から西暦1000年までの 1000年間
世代交代:1世紀(100年)に3世代 = 約33.3年で1世代
2. さかのぼる世代数の計算
1000年間で何世代さかのぼることになるかを計算します。
3世代 × 10世紀(1000年) = 30世代
現代のあなたから見て、西暦1000年の時代は「30世代前の先祖」にあたります。
3. 具体的な計算式(先祖の総数)
子ども1人に対して親は2人(父母)います。1世代さかのぼるごとに、先祖の数は2倍に増えていきます。

4. なぜ「2000万人」なのか?
理論上の計算では約10億人になりますが、シャイソン氏の言葉では「少なくとも2000万人」と、かなり少なめに言われています。これには2つの理由があります。
当時の世界人口の限界:西暦1000年頃の世界の全人口は、諸説ありますが約2億5000万人~3億人程度しかいませんでした。理論上の「10億人」は物理的に存在できません。
先祖の重複(いとこ婚など):家系図をさかのぼると、遠い親戚同士の結婚によって、同一の人物が「父方の先祖」と「母方の先祖」のどちらにも何度も登場します。これを遺伝学で「祖先崩壊(Pedigree collapse)」と呼びます。
シャイソン氏は、この重複(ダブり)を考慮して厳しめに引いたとしても、「当時の全人口(約3億人など)のうち、少なくとも2000万人以上は、現代のあなたと血がつながっている(=あなたの先祖である)」と結論づけたのです。
関連記事

いいなと思ったら応援しよう!
このたびはご評価をいただきありがとございます。また、チップまで下さるとは私にとって大変な喜びです。さらに英文訓読の役を進め、アップさせていきたいと思います。