創作大賞参加作品『眠りの森の植木屋さん』読めば幸せの輪がひろがる快作
恋愛をあきらめた人たちに、読んでもらいたい『眠りの森の植木屋さん』
恋愛に摩耗しきっても、心の底からひとを愛することは素晴らしいと思いださせてくれる快作です。
不幸な学生たちとちがい、私は作者がどのような意図をもち本作を書いたのかを知っている。
それは、小説を読んだひとが、幸せを実感した、気持ちが明るくなったと感じられるような作品を書きたいと思い筆をとられたと宣言されていた。
この小説を読みおわったあと、読者は忘れがたい幸せな結末に酔いしれることができる。
蒸し蒸しとした夏の夕暮れに雨音が跳ねるような強烈な雨がふりアスファルトから地熱を一瞬でうばいとり、赤ちゃんの産毛のような柔和な風が肌をなでるような爽快さ。
青空をおおい隠すほどの満開の桜が空をおおっている。
その下にある硫黄臭がなく、ぬるめの温泉につかりながら、日本酒をかたむけているお猪口に一片の桜の花が落ちてくるような幸せ。
鬱蒼とした山道をぬけると、そこは山の頂上だった。そこは裸の地面がむきだしになっており、地平線のかなたまで遠望できる。
そのとき体感できる湿気をふくんでいない爽快な風につつまれたような明るい気持ちに読者はひたることができる。
小説を読み終えた読者は、そんな幸せと明るい気持ちに包まれる。
物語の結末は、すばらしい。
それだけでなく、小説の地の文もすばらしい。
私の持論になるのだが、小説コンテストの中間発表をくぐりぬけたことのある作家さんは、もうデビューした作家さんとおなじ文章力もち、同レベルの文章をつづることができると思っている。
『眠りの森の植木屋さん』の作者さんは、noteの中間発表を一度突破なされている。
なので、作者の地の文には安定感がある。
しっかりと地面を踏みしめている重みがある。
Noteの中間発表を突破するのは容易ではない。
おそらく、あなたの住んでいる市町村の人口よりもおおくの書き手が参加しているコンテスト。
月のでていない砂丘のなかでも、きらりと光る宝石のような文章力がなければ応募数の地層をぶちぬけないだろう。
『眠りの森の植木屋さん』は、文章で書いた棒人形のようなペラペラなものではなく、読みごたえ、手ごたえのある、かぎりなく純文学にちかい文章だと感じた。
つぎに人物の描写。
どれだけ小説の構成がすぐれていても、人物に魅力がなければ小説はつまらないものになる。
男目線で精査したところ、どの登場人物にも好感をいだいた。
どのような人物かをしっかりと文字で描写している。
それだけではなく、読者に登場人物の姿や声などを想像させる余白をのこしている。
読者は、自分の想像力を駆使し、登場人物の姿に最後の形容をほどこす、龍やダルマに目をいれるように。
人と動物をわけへだてる想像力を刺激し、のばし育んでくれる『眠りの森の植木屋さん』
さらに登場人物は、みな優しい。
その優しさは、つぎに入店するひとのために扉をあけておくような自然なもので、さらりとスマート。
心地よい優しさが、微風のように心にしみこんでくる。
真心から自然にでてくる見返りをもとめない純粋な親愛の結露は、読者に優しさとはいいものだったな、とつよく思いださせてくれる。
小説を読みおえたあと、まわりにいる人に優しくしよう、感謝の言葉をつたえようという気持ちになる。
その気持ちのおもむくままに、まわりの人と読者が接することで、ちかくの人たちに幸せが伝播し、そこから感謝の輪がどんどんと広がり、日本中が、いや世界中に優しさの大航海時代が幕あけするかもしれない。
たしかに、物語のラストは心地よいハッピーエンドではあるが、そこに到達するまでの道は平坦なものではない。
過去のコンプレックス・トラウマなどの問題を抱えている登場人物たち。
笹船が清流を爽やかに流れるように幸せな結末にはたどりつかず、もしかしたら、ひとつのボタンをかけまちがえていたならば、悲しい結末になったのではと思わせる緊張感が結末までつづく。
この感想文を読まれたあと、小説を読みだされた読者は、あれ?これ?ハッピーエンドになるの、と不安におもわせるスリリングな展開がおしよせてくる。
ひとは殺されないけども、それによく似た緊張感の糸がはりめぐらされている。
恋愛小説でありながら、破滅のラッパの音が聞こえてきそうな不吉な罠が巧妙に配置されており、読者をあきさせない。
ハッピーエンドの障害ともいえる問題に対処していくうちに、過去のコンプレックスやトラウマを克服していく姿は、いくつになっても人間は成長できるんだな、と目がしらに熱いものをこみあげさせてくれる。
その登場人物たちの幸せをあきらめない姿勢は、いま現在コンプレックスやトラウマをかかえてこんで生きるひとたちを勇気づけてくれる。
一世を風靡した『嫌われる勇気』では、トラウマはあなたが作りだしているだけで、あると思いこんでいるだけ、と語られていた。
『眠りの森の植木屋さん』を読みおえたあと、トラウマはないと思いこむ勇気が必要で、さらにその勇気をふりしぼるキッカケになる他者の助けが必要なのかもしれないと思った。
たしかに、他人に頼りすぎるのはよくない。
まずは自分で行動しなければならない。
それでも、ニッチもサッチもいかなくなったら、他人に頼ってもいいんだよ、と作者は哲学者のように優しく語りかけてきている。
コンプレックスやトラウマをかかえ、恋愛に臆病になったひとたちの一助になる。
恋愛をわずらわしいものだと思いこんでいるひとたちに、計算しない愛の素晴らしさを魅せてくれる。
恋愛を忘れてしまった日本のカンフル剤になる『眠りの森の植木屋さん』です。
