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長編小説⑨:胸に腕時計

おれは、子どもの遊具で頭を砕かれて殺されちまう。
やったらめったら長い名前の遊具で殺されちまう。
いましがたのホストのように。
大学を卒業してから、さまざまな記事を書いてきた。
噂だけ、憶測だけで、おもしろおかしく記事を書いてきた。
その記事が、ひとを傷つけたこともある。それは知っている。
それは、子どもの遊具で頭を砕かれるほど悪いことだったのか。
おれは、事件や事故の当事者でなかった。
外から眺めるだけでなく、事件や事故の当事者たちの心のうちに土足でふみこみんでしまった。
そして、当事者たちの気持ちをふみにじったかもしれない。
たくさんの人を傷つけたかもしれない。
とはいえ、仕返しされることはない。ましてや、殺されることはないと思いこんでいた。
事件や事故には、決して立ちいってはいけない領域があった、それを今日やっとわかった。
虎児をえようとし、虎の牙にかみつかれようとしていている。
その虎の牙は、消防車の姿をしている。
消防車が顔に追突した。いままでに体験したことのない痛みをかんじた。
鼻はつぶれ、息がとおらない。液体が口にあふれる。鉄の味がノドにつまる。
酸素を吸入できない。肺や脳に酸素をとどけられない。
陸上にいながら溺れているように苦しい。
真っ赤なレースをかけられたように視界がくもった。

懐にいれている、腕時計を娘に渡したかったな。

時間はすこしさかのぼる。

お笑い芸人のオゲレツな姿をうつした写真つきの記事をかいた。
その記事が掲載された雑誌の売りあげがよかった。
すこしまえに書いた暴力警察の記事も公表だった。
おれは編集長からボーナスをもらった。
おれのペンとカメラは強い。世間を沸かす万能感にひたっていた。
ボーナスをいれた封筒は、ケチな編集長が渡したにしてはぶ厚い。
離婚した嫁についていった娘が、成人のお祝いにとねだっていた腕時計を買えるなと考えた。

駅前のデパートにむかう。
清潔で明るいデパートの入口。3Fの腕時計売り場にむかう。
銀色の華奢な腕時計をくれ、と店員につたえる。
プレゼント用だとつけくわえた。
ていねいに、音をたてずに、腕時計をしっかりとおれに見せてくれる。
保証書を箱のなかにいれ、きっちりと梱包してくれた。
梱包する紙の色とリボンを選んでくれといわれ、たいへんこまった。
ちいさいころは、青色が好きといっていたと思う。
いまの娘の好きな色をしらない。
白い紙とあかるい青色のリボンをえらんだ。
手提げ袋はいらないとつたえ、腕時計がはいった箱を内ポケットにいれデパートをでた。
父親らしいことができる、と充実感につつまれていた。

ボーナスをいれた封筒はまだ厚い。
夕暮れ時だ。今日は飲みあかそう。
赤ちょうちんをぶらさげた店にはいり、瓶ビールを1本、日本酒を2合飲み。刺身や豆腐、枝豆などを食べた。
ほの暗いBARにいきマティーニとギムレットを飲む。
ふだんのおれなら、ここで家路につく。
まだまだ遊べる厚さの封筒。
若いお姉ちゃんと話したくなった。おれは、夜になると明るさをます街の中心へと歩きだした。
接待でよくつかう、若いお姉ちゃんと話せる店にはいった。
娘とおなじ年のお姉ちゃんにはさまれご機嫌だった。
いつもはおれの自慢話だけをお姉ちゃんに話す。
今日は、お姉ちゃんたちの身の上話をききたくなった。
東北からでてきてお姉ちゃんは、昼は保育士として働き夜は夜ではたらいているそうだ。
地元の両親に仕送りするために、昼だけでなく夜もはたらいているそうだ。おれは目に涙をたたえ、東北からでてきたお姉ちゃんに好きなものを飲みなさいと伝えた。
今日はとてもよい気分だった。
東北からでてきたお姉ちゃんが、地元の両親に仕送りをせずに、ホストに貢いでいようとも今日はよい気分だったのだ。
水を通常よりもたっぷりいれたウイスキーの水割りをたらふく飲んだおかげで足がふらつく。たおれるほどではない。

店をでた。封筒の厚みは紙二枚分になっていた。

深夜らしく、葉がこすれる音すら聞こえそうな道を歩いていると、ホスト風の男と20代後半の女性が人気のない道へとはいっていたのが見えた。
なにか、よからぬことが起こりそうだ、と記者の直観がチカっと点灯した。
いま思いかえすと、危険信号だったのかもしれない。

仕事でつかう一眼カメラは手元にない。
コンパクトなカメラしかない。コンパクトなカメラを左手ににぎりしめ、しずかに二人の後をつけた。
二人は、公園でジュースを買うようだ。
ホストの男は、ただ女性につきそっているだけなのだろうか。
事件性はない、おれの記者の直観もにぶったもんだ、と思った瞬間。
ホストの体がのびた。頭と足を巨人につかまれ、ゴムのようにのばしたように見えた。ホストは地面にたおれこんだ。
左手のカメラをとおし、なにが起こっているのかを確認する。
地面にたおれこんだホストを女はひきずり、遊具のまえで手をはなした。
女は、儀式のように、おごそかに遊具の汚れを白いハンカチでふきとった。そして、女性は遊具に衝撃をあたえた。
おおきな音は、離れた位置にいるおれの耳にまでとどいた。
遊具が動きだした。その動きかたは、おれの知っている遊具の動き方ではない。
いたずら好きの子どもが、ブランコをこぐような勢いで遊具がスイングしている。
あの遊具の先端が、地面にたっするまで動くとは知らなかった。
遊具の先端は、地面のうえに置かれたホストの顔を当然のように砕いているだろう。
いま、カメラで撮影しているあの女は、連続殺人の犯人だ。

カメラをもつ手の指がしっとりとぬれた。
心臓の鼓動がおおきくなり、たくさんの空気を血にのせ体のすみずみにまで運んでいる。
宝くじの前後賞をあてた、とおれは思った。ボーナスどころの話ではない。昇進の話すらも持ちあがるだろう。
それだけではない、警察が逮捕できなかった連続殺人犯をみつけたおれは、一瞬にして時のひととなるだろう。
記事ではなく、本を出版できるかもしれない。
いままでの人生でもっとも浮かれた瞬間だった。

動きをとめた遊具。その遊具をじっと見つめる女。
女の口は動いている。何を話しているのかわからない。
自販機と月の光にてらされた女の姿は、美しく清く、そして、透明だと思った。

女はホストをその場にのこし、大通りへと歩きだした。
頭をこっぱみじんに砕かれたホストの姿をしっかりと撮影し、女の足跡をおった。
有名なカメラマンたちが手にしてきた世界的に有名な写真の賞すらも獲得できるのではと、クリスマス前夜の子どものようにはしゃぎまわりたかった。

20mほどの距離をあけ、女を追跡した。
たまに車はとおりすぎるが、おれと女のほかに歩行者はいなかった。
30分ほど女を追跡した。
なんの変哲もない2階建てアパートのまえで女は足をとめた。
なにか秘密基地、もしくは魔女が薬を調合しているような家に住んでいると考えていたが、そうではないようだ。
雲のすきまから漏れている月光をながめる女。
5分ほど空をながめながら、口だけをうごかしている。
女は、ごそごそとカバンをあさりだした。
カギでも探しているのだろうか。

突然、ぐりんと女の顔がうごいた。
瞳孔がひらききっている目で、おれのいるあたりを眺める。
肉食動物が、岩をひっくりかえしながら獲物を探しているような様相だ。
月あかりはある。けれども、おれは電柱の影にひそんでおり、女からはおれの姿が見えないはずだ。
タイガーアイによく似た無機質な女の目は、しっかりとおれの姿を黒目の中心にとられている。
首筋に細く薄い金属をおしあてられたような寒気をかんじた。

おれは電柱の影から飛びだし、一目散に逃げだした。
信号無視をした車から娘をかばったときに痛めた左足は、いつものように動いてくれない。
さらに酔ったあとの全力疾走だ。足はもつれる。心臓は破裂しそうだ。
頭はクラクラする。胸がむかむかする。ゲロを吐きそうだ。
一生懸命に足を動かしながら、後ろをふりむいた。
靴をぬぎさり、カバンをほうりだし、長い髪の毛をふりまわしている女の姿が、すぐ後ろにあった。

「あっ」と思うヒマもなく、全身に雷がはしった。
指先すらも動かせない。
エリをつかまれ、ひきずらている。革靴はぬげ、黒い靴下のカカトの穴がひろがった。
赤い消防車の遊具のまえにころがされた。
いままでの被害者や今日のホストのように殺されるのか。
おれは今日はじめて当事者になるのか。

腕時計を娘に渡したかったな。

10話

1話
https://note.com/oltutarou/n/nd99e86da37d5?magazine_key=ma9011de3722a

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