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地方紙が向き合うべき本当の“地域密着”

先日、仕事で高齢者の向けのスマホ教室を見学する機会があった。
その中で気になったのは、自分がどのプランに入っているのか、どれだけデータを使っているのかを説明できない人が大半だったことだ。

今やスマホは生活インフラの一部だ。それなのに料金体系だけは複雑なままで、多くの高齢者が理解の外側に置かれている。結果的に余計な出費という形で負担になっている場合が多い。

ガジェットに親しんでいる立場から眺めると、やはり少しにひっかかるものがある。知らないまま損をしてしまう構造は確かにあるが、ここまで複雑になった料金体系の前で「勉強しない方が悪い」と断じるのは、現実をあまりにも軽く扱いすぎているように思える。

使っていないデータ容量に毎月お金を払う人々

MMD研究所の調査によれば、大手キャリアユーザーの半数以上が月7GB以下の利用しかしていない。一方で契約しているのは20GB、30GB、あるいは無制であるケースも少なくない。

単純に言えば、使っていない分にお金を払うという構造が生まれている。

これは“情弱”という言葉で片づけられる問題ではない可能性がある。
複雑な料金体系と専門用語の嵐を前にすれば、自分がどれを選べばいいのか分からなくなるのは当然だ。

高齢者であればなおさらだ。

“知らないあなたが悪い”—その言葉が持つ暴力性

SNSではよく、「調べれば分かる」「勉強しない人が悪い」という意見を目にする。でも、本当にそうだろうか。

僕(96年生まれ)たちの世代は物心ついたときからネットがあり、スマホが身近にあり、自然と慣れていった世代だ。
一方、高齢者がスマホに触れたのは、老後に差しかかった頃だろう。仕事も家族も生活も、すべてがデジタル化する流れの中で、彼らは置いていかれた側だ。

その人たちに「知らないのはあなたの責任です」と言い放つのは、あまりに冷たいのではないだろうか。

端末代の負担は、年金生活にこそ響く

大手キャリアと格安SIMでは、端末代も大きく違う。同調査では、大手は月 4,131円、格安SIMは 2,669円。毎月1500円の差は、年金生活を送る人ほどダメージが大きい。

高齢者がメインで必要とするのは、
・LINE
・写真
・地図
これくらいだろう。あとは地元スーパーのアプリや病院の診察券、マイナポータルなどもあるかもしれない。
にもかかわらず、最新機種や高性能モデルが勧められるケースも少なくなく、「どうせなら」と契約してしまう。

確かに最新機種は動作も快適で上記に挙げたアプリを使う上でも不便なく利用ができるだろう。しかし本当にそのスペックが必要か否かを彼らは判断する術がないのだ。その結果生まれた端末による“ちいさな差”が、積み重なると大きな負担になる。

正しい情報は、弱い立場の人を救う

生活者を助けるのは、正しい情報であることは間違いないだろう。
この記事を書くのは、キャリア批判をしたり、格安SIMを推すためではない。
ただ、情報が偏った世界では、知らない人ほど不利になる。スマホ料金もその一つで、複雑化したサービス体系は、弱い立場の人をじわじわと追い込んでしまう。
だからこそ、正しい知識を届ける必要がある。それだけで、毎月の負担が軽くなる人が確かにいるからだ

取り残される人がいるなら、そこに新聞の仕事はある

ここまでだらだらと書いてきたスマホ料金の話題は、一見すると新聞とは無関係のように思えるかもしれない。しかし、こうした暮らしの中にある小さな複雑さこそ、地方紙が向き合うべき問題だと思う。

「地域密着」とよく言うけれど、それは地域で起きた出来事を並べれば達成できるような単純な話ではない。
地域の人たちの暮らしに寄り添い、その奥に潜む不安や損失に気づき、必要な情報を丁寧に届ける。そうした営みの積み重ねが、本来の地域密着なのだと僕は思っている。

新聞は“オールドメディア”と揶揄される時代になった。だが、情報が複雑になり、生活者がその渦のなかで立ちすくんでしまう今だからこそ、古いメディアにしかできない役割があるのではないだろか。
派手さはなくとも、ずっと地域に根を張ってきたメディアだからこそ触れられる領域がある。弱い立場のまま、取り残されそうな人の支えになるー。そんな場面では、案外、古いメディアのほうが頼りになるかもしれない。

前述のとおり、現に多くの高齢者が複雑な料金体系の中で、知らないうちに損をしている可能性がある。この状況に目を向けずに地域密着を名乗るのは、どこか白々しい。
もし新聞が生活者の味方であり続けたいのであれば、こうした日常の困りごとにもっと真剣に耳を澄ませるべきだと思う。少しでも負担を軽くできるなら、その情報を届けるのが新聞の役割ではないだろうか。

やさしい世界は、情報の共有から始まる

スマホは便利だ。しかし、その仕組みが複雑であればあるほど、弱い立場の人ほど不利になる。

スマホ代に悩む人がいるのなら、新聞はその悩みに手を差しのべる側でありたい。それは単なる“お得情報”の紹介ではない。地域の暮らしに向き合い続けてきた地方紙だからこそできる、実用的で誠実な助けであるべきだ。

生活の中に潜む小さな不利益や不安を見逃さず、必要な情報を届けること。その積み重ねこそが、いま新聞に求められている役割だと僕は思う。

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