見出し画像

クリスマスの贈りもの @晩夏の朝

今朝、目覚めたらこの暑さというのに枕もとにクリスマスプレゼントが届いていた。

切るタイマーをかけ忘れた扇風機がリビングの向こうから風を送ってくる。

起きるなりばりばりっと包みを破くと(いつからかこの欧米式プレゼントの開け方ができるようになった。子どもの頃は、包みのセロテープをそっと剥がし、折り線をていねいに開き、包装紙まできれいに折りたたんでとっておいた)、ぶ厚い一冊の本が出てきた。
おもわず表紙をめくり、ページに目を走らせる。

ああ、読みたい。

けれど、今日は月曜日。出社勤務の日なのだ。
あきらめて本を閉じ、両手で抱えたままふとんから出て、ダイニングテーブルの上に置いた。

黒いサブかばんに社用パソコンを入れ、マウスと卓上カレンダーを入れ(うちの会社はフリーアドレス制なので、机に私物はいっさい置いておけない)、携帯用の保温マグと朝の電車でデジタル版新聞を読むためのiPadを入れ、おやつのピーナツクリームパンを二つ入れた。

支度をしながらも、本の感触と重さを手がしっかりと記憶していて、ついつい鼻歌が出る。

いつもより三分も早く出かける準備ができて、さ、かんぺきと思いながら家を出た。ホームで電車を待つ余裕もあった。
それなのに、電車に乗り込んでから、次の駅に着くまでのあいだにああやってしまったということに気がついた。
スマホがない。
いつもは忘れて出ても玄関を出て階段を下りたところあたりで気がつくのに、今日は電車に乗るまでその存在を思い出さなかった。
なんと迂闊な。

一瞬、今日はスマホなしで過ごそうかと思い、そういう1日を想像してみる。スマホがないとiPadのテザリングができないから朝の新聞が読めない。会社のフリーデスクの予約もスマホで登録しなければならないし、会社のパソコンの多要素認証でいつログインにスマホアプリのワンタイムパスワードを求められるかわからない。
ああだめだ。スマホなしはもはや不可能だ。

次の駅ですごすご電車を下りる。
もう出社やめて在宅勤務にしようかな。
せっかくまじめにメイクもしたしサブかばんの中身もかんぺきなのに。
あ!しかも今日は月曜日だからフルーツデイじゃないか(会社のパントリーに果物とナッツ類が並ぶのだ)。くやしい。
それに。

このまま在宅したら、ぜったいに仕事しないであの本を読んでしまう。
確実に。
手の届く場所にあの本がある空間で仕事するのは、それこそ不可能だ。

幸い一駅目で下りたので、時間のロスはそこまで大きくない。
いったん家に戻ってすぐに出れば、1時間以内の遅刻で済む。
時給で働いているが融通はかなり効く会社なので、遅刻したぶん残業すればそれでちゃらだ。

ホームで下りの電車を待つ。
上り電車が出て行ってほどなくして、下りホームに電車が到着した。
ふだんの自分はあのぎゅうぎゅうの満員電車に乗ってもう東京に向けて行ってしまった。
透明人間になったようなふしぎな気分で閑散とした下り電車に乗り込む。

いつもなら自分の存在しない8時半過ぎの最寄り駅に降り、開店したばかりの駅前スーパーを通り過ぎ、住んでいる団地に帰る道を辿る。
通勤、通学時間を過ぎた朝の団地にはゆるやかな空気が漂っている。

ただいまあ、と扉を開け、玄関を上がってダイニングに入ったときに、あの本がテーブルの上に鎮座しているのが目に入った。
ああ。

どうしてわたし、今日スマホ忘れたんだろう。
どうして家に帰ってきちゃったんだろう。
吸い寄せられるように、ダイニングテーブルのほうに足が向かう。
今日という日に限って、そういうことになっていたのではないのか。
テーブルの前に立ち尽くす。
もうスマホを取りに帰ったことなど忘れている。
卓上に手が伸びる。

表紙には婀娜な娘が、挑戦的な目でこちらに視線を送ってくる。

#8月25日 (月)
#なんのはなしです課通信
#婀娜な四十三通目




いいなと思ったら応援しよう!