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浜松市は文化不毛の地なのか?

 浜松市は「文化がない」「文化度が低い」「文化不毛の地」などと言われる。よく言われる。この記事ではこれらの発想は根本から誤っていると述べ、浜松市におけるこれからの文化観を提案する。


事例紹介

静岡市や東部と比較して文化度が低い

 まず、浜松市に拠点のある俳句結社の主宰の発言は「西部は東京からの疎開者が少ないから東部や中部に比べて文化度が低い。静岡新聞の新春読者文芸も西部の俳人は少ない」と云うもの。歴史的な事例を踏まえており正しそうだ。
 2025年1月3日付の静岡新聞に掲載された新春読者文芸の俳句欄(恩田侑布子選)は7名7句が掲載されている。うち県外の東京都が1名、中部は静岡市と焼津市が3名、東部は沼津市と長泉町が2名で、西部は浜松市の1名しかいない。紙面と主宰発言を踏まえると「東京>静岡県東部・中部>静岡県西部」という文化格差の構図が見える。

文化不毛の地

 「文化不毛の地」という言葉も使われる。これはどちらかというと年配の方が伝聞として反証のために発言しているという個人的印象がある。

「文化不毛の地浜松」という言葉が、安易に使われることがある。そういう認識への反証を示すことは易しいが、その一つとして、全国に誇り得る郷土誌『土のいろ』の存在した事実を挙げることが出来る。このような長い歴史と輝かしい実績を持つ活動をこそ、真の郷土の文化と見なすべきであろう。

浜松市史

 浜松市で児童向けの文芸事業を主催している方もポエデイを踏まえて伝聞調として次のように発言している。

「文化不毛の地(音楽以外)」との声が聞こえてくることもある浜松に、新しい文芸の風を感じます。

心地よい風が包むつどいに!

 やらまいかミュージックフェスティバル実行委員会の文脈でもこの言葉が使われるという。

2006年、浜松のタウン情報誌「浜松百撰」に、「ほんとうの音楽の街ができるか」という現実行委員長・鈴木氏の寄稿文が掲載されました。それは、「文化不毛の地」と言われる浜松市に、世界、全国から集まった音楽好きが、浜松市民といっしょになって音楽のすばらしさに感動する、夢のような音楽の街を築こう!という熱いメッセージでした。

やらまいかミュージックフェスティバル実行委員会

 これらは発言者が、浜松市は文化不毛の地と信じているわけではなく伝聞としてそう言われていると、いわば引用している。

音楽も海外と比べて文化レベルが低い

 どうやら浜松市は音楽以外が文化不毛の地と言われているようだ。
 とある団体職員も「『音楽以外は文化がない』と言われます」と伝聞調で発言していた。しかし、とある音楽家は浜松市のイベントで出演依頼をされたときの逸話としてだいたい下記のような発言(うろ覚え)をしている。

「出演料は500円でいいですか」と言われて、ほんとうに文化レベルが低いと思いました。海外と比べて音楽にお金を払うという文化がない。

某音楽家

 音楽も文化不毛の地のようだ。他分野でも同じようなことがあると沢渡あまねさんは書いている。

浜松も製造業が強い都市で、それは価値ある基盤なのですが、それゆえに統制管理型、下請け型の組織カルチャーやビジネスモデル(呪縛)がまだまだ強い。目に見えるものには投資するが、目に見えないものの価値が認められにくい。

目に見えるものであっても、染みついたコスト削減主義が仇となり、顧客から買い叩かれる。よって高収益にならない。待遇が良くならない。とはいえ、地域の人が暮らすぶんにはそこまで大きな不自由もないものだから(ある意味とても幸せなことではあるのですが)、低位安定構造でなんとかなってしまう。ところが、意欲ある人、仕事にやりがいや成長を求める人にとっては物足りない。だから東京などの他都市に出ていってしまう/戻ってこない。

この呪縛から脱していかなければ、若手や意欲的な人が出ていってしまう/居つかない状況は打破できないでしょう。

ズバリ言うと、見えないものの価値を認めようとしない、お金を出さない、買い叩く。そのような文化を改めようともしない。
その姿勢に地域や企業に若手や意欲ある人は、この地域「ダサイ」「情けない」「恥ずかしい」と思い、そっと東京などのイケている地域に出ていってしまうのです。

「暮らしやすい地域なのに、なぜ若手が出ていってしまうかなぁ」→水曜日のヨル喫茶(浜松)に参加してみての振り返り

そもそも文化とは何か?

 事例をまとめると「(東京や海外や県内他地域と比べて)文化度が低い」「文化へお金を出さない」ということがあるようだ。ではそうやって低いとかなんやと言われている文化とは何だろう。ここでは文化とはそもそも何かを考える。

世界史における文化

 文化は漢字なので古代中国史で考える。文化と対置される言葉は文明である。そうすると世界史では黄河文明や長江文明といった用語が出てくる。一方で仰韶文化(彩陶文化)や竜山文化(黒陶)などは文化と呼ばれる。これらの関係はどういうものかというと

ところが実際は、夏王朝・殷王朝・周王朝が支配を及ぼしたのは、基本的に文化地域一つ分にすぎなかった。副都などによって別の文化地域に支配を及ぼす場合もあったが、基本は文化地域一つ分の支配にあった。

平㔟隆郎『中国の歴史(2)都市国家から中華へ 殷周春秋戦国』講談社

 は鎬京を首都とする陜西文化地域の国だったが、中原文化地域にあるを滅ぼしたため雒邑(洛陽)を副都として占領した文化地域の統治拠点とした。

戦国時代の領域国家は、新石器時代以来の文化地域を母体として成立する。

平㔟隆郎『中国の歴史(2)都市国家から中華へ 殷周春秋戦国』講談社

 つまり黄河流域を包む大きな黄河文明があるとすると、そのなかにいくつかの文化地域があって、それぞれを統治したのが領域国家というわけだ。もちろん文明の外には蛮夷戎狄の文化地域がある。漫画『キングダム』でいうとはひとつの文化地域の領域国家であり、は別の文化地域にある領域国家である。
 史記の趙世家には「封長子章為安陽君」という記述がある。これはの武霊王が長男の王子章を、占領したという胡地の「君」に封じたという記述だ。中国戦国時代には安陽君以外にも戦国四君が登場する。これら「君」は上記の安陽君が趙の占領したという胡人の文化地域の統治を委ねられたように、占領した他の文化地域の統治を委ねられている。戦国四君のひとり春申君はの重臣でありとは同じ長江文明圏であるけれど他の文化地域であるの統治を王から委ねられた。
 戦国時代に戦国四君など「君」の制度が出てきたのは領域国家の拡大に伴って他の文化地域を統治する必要性が生まれたからだ。ここから戦国時代あたりまで同じ黄河文明や長江文明のなかでも違う文化地域が併存し、それぞれの文化地域が存在感を出している様が伺える。
 平㔟隆郎の史観ではひとつの文明のなかで或る地域を他の地域と分ける要素が文化であるようだ。

一般的な文化

 世界史、とくに古代中国史のなかの文化を見てきた。そのうえで一般的に使われる文化という言葉を見てみる。

文化は精神的で根源的、文明は物質的で表面的。

評論文読解のキーワード「文化/文明」、明治書院

文化はローカルなもので、言語と結びつき、民族や自然環境と結びつき、伝統や歴史や風俗と結びついている、生活のスタイルです。

橋爪大三郎氏と佐藤優氏が語る、文明とは何か?世界のすみ分けができた時代を探る

文化は,人と人とを結び付け,相互に理解し,尊重し合う土壌を提供するものであり,人間が協働し,共生する社会の基盤となります。
郷土の豊かな自然や言葉,昔から親しまれている祭りや行事,歴史的な建物,地域に根ざした文化活動などは,それ自体が独自の価値を持つだけでなく,郷土への誇りや愛着を深め,住民共通のよりどころとなります。

「文化を大切にする社会の構築について ~一人一人が心豊かに生きる社会を目指して」文化庁

 どうやら文化は精神的なものでその地域の誇りの根拠となるもののようだ。これは平㔟隆郎の史観における文化とおおきな差異はない。

浜松市は文化不毛の地なのか?

 文化はその地域の誇りの根拠となるものだった。つまり他地域と高低を比較できないものであり、もし比較するなら誇るために自文化を高く、他文化を低く言うものであり、数値化して高低を比較できるものがあるとすれば技術や科学などの文明の方だ。もちろん比較文化という言葉があるがここで比較されるのは文化の差異や共通点であり、高低ではない。
 上記の事例紹介ではさまざまな人が「静岡市や東部と比較して」「海外と比べて」と述べ、沢渡あまねさんは「東京などのイケている地域」などと文化について言及して、浜松市の文化度の高低を他地域と比較して低くとらえ卑下している。これらは文化という言葉を誤った尺度で語っている、もしくは文化と文明を混同して言及している。
 つまり自分たちの属する地域を文化度が低いと卑下する言説はそもそも文化が何たるかを分析し忘れていたことに由来する。文化は、自分たちの地域を誇るための道具なのに自分たちの地域を卑下するために使ってしまっているのだ。糊を、鋏のように使って紙を切り刻もうとしているかのように。

イノベーターや企業エグゼクティブはもちろん、クリエイターやデザイナーが活躍していたり、いきいきと仕事している土地は「文化度が高い」と僕は思います。

文化度の高い地域や企業に良い人が集まる⇒文化度上げていこう

 クリエイターやデザイナーが活躍していたり、いきいき仕事をしていたりするのが経済的に良いことなのはもちろんだけれど、それは文化度の高低とは直接つながらない。クリエイターやデザイナーがまったく仕事をしていなくても、どんなにダサくてもイケていなくても活力がなくても、文化 cultureの語源のとおり耕して土みまれであっても、それに誇りを持ってさえいれば文化なのである。

 穿った言い方をすると「目に見えるものには投資するが、目に見えないものの価値が認められにくい」のも浜松市の誇りうる文化のひとつなのである。音楽家やクリエイターやデザイナーにお金を払わなくても文化なのである。そもそも文化は音楽家やクリエイターやデザイナーを食わせていくためだけに存在するのではない。文化は地域に住む群衆の誇りのために存在するのである。

文化の否定はもはや文化的ではありえない

ギー・ドゥボール、木下誠『スペクタクルの社会』ちくま学芸文庫

浜松市の文化度が高いから浜松市は文化度が低いと言っている説

  文化は自らの地域の文化を卑下するためではなく自らの地域の文化を尊大なまでに誇るための道具だった。ではなぜ浜松市の文化はレベルが低いとか不毛だとか改めるべきと言及されるのだろう。

クリエイターたちの共同幻想

 浜松市を、文化不毛の地や文化度が低いや文化レベルが低い、さらには文化がないとまでと語られるとき、①それゆえにクリエイター(何か文化的な活動に携わっている人を以後はクリエイターと一括して呼称する。但しこれは特定の個人を指さない)が食べていけない、クリエイターの人気が低い、クリエイターの待遇が良くない、クリエイターがチヤホヤされないなどと続くことが多い。さらに②東京など他の地域と比べて〜、だから③浜松市は変わらなければいけない、文化振興などで文化レベルを上げていかなければならないなどと続くのである。
 こういった語り口は文化についての知識不足に由来しているし、責任転嫁の姿勢も読める。そもそもクリエイターたちが相手にされないのを浜松市の文化度の責任だと押しつけているのではないか? そういったクリエイターたちが集まって語り合い、浜松市の文化度が低いという共同幻想の強度を強くしているだけではないのか? 他地域が浜松市を文化不毛の地と呼ぶ伝聞をうまく活用してクリエイターたちの収益構造を築こうとしているのではないか?

隠されてしまった文化人たち

 というのはポエデイ詩丼など詩歌イベントの宣伝や活動を通して、浜松市民や静岡西部民の文化度の高さを再認識するとともに、複数のおもしろい人物が誰からも相手にされずひっそり静かに眠っている実態に驚いたからだ。彼らは隠棲した文化人とも呼べる。たとえばある人物はパソコンは持っているけれどスマートフォンを持っておらず、いまだに公衆電話を使って連絡をしていた。ある人物は同じ活動域の人と積極的に交わろうとしなかった。彼らは氷山の一角に過ぎない。声と拡散力だけは大きいふつうのクリエイターたちに阻まれて、またはハママツクリエーターズフェスに参加していたり「浜松クリエイターズファイル」に掲載されたりするようなふつうのクリエイターたちと関わることを粋とはしないために、浜松市や静岡県西部にはもっと多くのおもしろい人がおのずから潜伏させられていることだろう。
 たとえば浜松市に多くの文化レベルの高い人たちがひっそりと暮らしているのであれば、地元とはいえ彼らから見ればふつうのイベントに敢えて金を出すわけがない、わざわざ観にいく必要がない。彼らから見ればふつうの、変わり映えしないクリエイターたちが「浜松の人たちは無知だから教えてやる」(おカネを払え)、「浜松の人たちは文化を改めるべきだ」(おカネを払え)、「浜松の人はアートディレクションを知らないから教えてやる」(崇めろ)などと徴税吏のようにさばっている地元・浜松市を離れて東京や大都市へ逃れるかこれまでと同じように黙って日々をやり過ごすしかない。 

これからの文化振興への原理

 目に見えるものを認めるが、目に見えないものの価値を認めていないのは、実は「浜松市の文化度が低い」「浜松市は文化を改めるべきだ」などと言い張っているクリエイターたちの方だ。もっと、クリエイターやデザイナーや作家といった肩書による名詞中心の思考を離れて、描く・作る・書く・描くデザインする・企画するといった動詞中心で考えていこうよ。目に見えない浜松市の潜在的な文化力に着目し、それらを活かす方向での文化振興、クリエイティブな街づくりを考えていこうよ。


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