世界のつじつまがあった日【アキポンと神様の話】
私がまだ、とても小さかった頃のことです。
たぶん、五歳くらいだったと思います。
ある日、母が私に言いました。
「この世界は、一人の神様によって造られたんだよ」
母がどんな話の流れでそう言ったのかは、もう覚えていません。
けれど、その言葉を聞いた瞬間のことは、今でも覚えています。
幼い私の中で、何かが突然つながったのです。
「ああ、そうなんだ」
なんだか分からないけれど、すべてのつじつまが合ったように感じました。
誰かに詳しく説明されたわけでも、よく考えて結論を出したわけでもありません。
ただ、それが真実だと分かったのです。
春になると、花が咲く。
夏には木々が青々と茂り、秋になると葉っぱの色が変わる。
そして冬が来て、また春が来る。
季節ごとに、違う種類の花が咲きます。
花にはそれぞれ違う色や形があり、どれも美しく造られています。
空には太陽があり、夜になれば月や星が見えます。
地球や月や星は、ばらばらに飛び回るのではなく、秩序をもって動いています。
その中で、人間も動物も植物も生きています。
幼い私は、それらを造った方がおられるなら、すべてが説明できると思いました。
こんなに美しく、秩序をもって動いている世界が、造り主もなく存在しているとは思えませんでした。
もちろん、五歳の私は「創造」や「宇宙の秩序」などという言葉を知りません。
聖書もまだ読んだことがありませんでした。
イエス様がどのような方なのかも、十字架で何をしてくださったのかも知りませんでした。
それでも、この世界を造られた神様がおられることだけは、なぜか分かりました。
私はその日、神様について詳しく知ったのではありません。
けれど、神様がおられることを知ったのです。
私の両親は、キリスト教の信仰を持っていました。
母は、自分が信じていることを幼い私に話しただけだったのかもしれません。
でも今振り返ると、あのとき私の心に働いてくださったのは、聖霊様だったのだと思います。
聖霊様は、聖書の中で「神の御霊」「キリストの御霊」「真理の御霊」と呼ばれています。
聖霊様は、ただ私たちの頭に知識を入れるだけではありません。
今まで見えていなかった真理を、心に分からせてくださる方です。
後になって聖書を読むようになり、エペソ人への手紙にある、
心の目がはっきり見えるようになって
という言葉を知りました。
あの日、幼い私に起こったことは、まさに「心の目が開かれた」ということだったのかもしれません。
母の短い言葉を通して、聖霊様が私の心に光を当ててくださった。
それまで何度も見ていた空や花や木々が、その瞬間から、造られた方を指し示すものになりました。
聖書には、
天は神の栄光を語り告げ
大空は御手のわざを告げ知らせる
と書かれています。
空も花も、声を出して話すわけではありません。
けれど、造られた世界そのものが、造り主がおられることを静かに語っています。
その日から私は、両親が信じている神様が、本当の神様なのだと信じるようになりました。
人の手で石や木を削って造ったものが、この世界を造り、太陽や月や星を動かしているとは思えませんでした。
人が造った神様ではなく、人と世界を造られた神様。
私はまだ小さく、うまく説明することはできませんでした。
けれど、心の中では、もう答えが決まっていました。
それからずっと、私はほかの神様を拝むことはありませんでした。
もちろん、その後すぐに熱心に聖書を読み始めたわけではありません。
イエス様を本当に知るようになるまでには、もっと長い時間が必要でした。
それでも、振り返ってみると、私と神様との歩みは、あの日すでに始まっていたのだと思います。
私が神様を見つけたのではありません。
神様のほうから、幼い私の心に光を入れてくださったのです。
五歳の私は、神様を説明する言葉を何ひとつ持っていませんでした。
それでも、神様がおられることを知っていました。
世界が、意味のないものの集まりではなくなった日。
花にも、星にも、季節にも、命にも、それを造られた方の思いがあると分かった日。
それは、私にとって、世界のつじつまが合った日でした。
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