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【小説】ラプソディ・イン・ブルー⑦/「#創作大賞」参加作品

猟友会の四人の男たちはすでに打ち合わせを終え、弾を込めた銃を構え始めていた。
最初は威嚇で追い払う、という話も出たが、逃げた先に民家があれば危険だ。いまこの状況となっては『駆除』するよりないというのが彼らの見解だった。
一番大きなクマから順に狙い、脅威を減らしていく。
極めて合理的な判断が下されようとしていた。
いつの間にか彼らの後方には市の職員のほか、盾を持った道警の機動隊なども現れ、急遽張られた非常線の外にも人だかりができ始めている。

「嬢ちゃん、やるなら今だ。人が増えると危険も増す。いま仕留めるしかない」
権田の言葉に、
「わかりました」
菊地原はヒノデを振り返る。
「ヒノデさん、生配信、始めましょう!」
このスマホの映像は、ヒノデのポケットWi-Fiを経由してネットに乗り、限定配信という形でDTVのPC編集機で再生され、10秒のディレイ(遅れ)を作る形で放送サーバに取り込まれている。そのデータは
DTVのマスターから北海道内各地の送信所、中継局を通って電波として道内の数多くの家庭に降り注いでいる。
いわば、クラシカルな昭和からの放送メディアと令和の中核たる通信メディアがしっかりとタッグを組んだ瞬間でもあった。
ヒノデアキラはもともと白い顔をさらに蒼白にして、スマホの配信開始ボタンを押すと、しゃべり始める。

ヒ、ヒノデアキラです。
ク、クマがいるというニュースを見て、私はあわててここに来ました。
全道、全国のニュースになるような出来事に自分が絡めば、配信のPVが増える。
そんなつもりでした。
でも私はいま、猛烈に恥ずかしい。
こうした事態に命がけで向き合う人たちがいて、それを真剣に伝えようする人がいる。
その思いは、ずっと私に欠けていたものでした。
家族に恥ずかしくない自分になるため、今この瞬間から私は生き方を改めます。
このあとのリポートはDTV記者の菊地原さんに委ねます。
菊地原さん、お願いします。

ヒノデアキラはそう言って頭を下げると、スマホの映像を自分の手元でインカメラからアウトカメラに切り替え、菊地原を映し出した。
菊地原は目を見開き、口を開けたまま立ち尽くしている。

その様子はDTV報道部のオンエアモニターにも映し出されている。
「どうした、菊地原!いけ!『真実の追求』だろ!」
有村は自分の立場を忘れて、歯噛みしながらつぶやく。

10秒ほどきょろきょろと落ち着かなかった菊地原だったが、ふいに目に力が戻る。

では、ここからは私がお伝えします。
こちらは小樽市銭函の海岸です。砂浜に打ち寄せられた魚のヤマを目当てに、ヒグマが現れました。その数はなんと五頭。前代未聞の状況です。
私はいま、命がけでクマの駆除に向かおうとしている猟友会のみなさんに同行しています。
クマの絶対数の増加。
餌となる植物の不作。
クマの住処を奪う人間側の事情。
そして、次第にヒトを恐れなくなりつつあるクマの世代交代。
こうした複合的な条件の積み重ねで、クマと人間との距離は、いまだかつてないほどに近づいています。
そんな中で、人里に出てきてしまったクマを駆除せざるを得ないという現実がある中で、見たくないものから目をそらすことはもう、できないのではないでしょうか。
命がけの駆除の現場を、リポートします。

前倒しできるCMを午前5時台に連打して迎えた午前6時。
坂本と有村はスタジオサブのプロデューサー席で放送を見守っている。
「彼女、やりますね。そこらのアナウンサーよりいけるかも」
視聴率が気になる坂本はどうなることかと心配の面持ちで見ていたが、菊地原の腰の据わったリポートぶりに、安堵の表情を見せた。
「ああ。だが、この流れだと、クマを撃つシーンは避けられんな……」
有村の表情は曇ったままだ。
「いざとなったらヘリか、スタジオの画に逃げるしかない」
「いやはや、痺れますね」
「ヘリの画に、乗りまーす」
オンエア卓についているディレクターがスイッチャーに指示を出す。
映像は空撮に切り替わり、菊地原のリポートが続く。

スマホの画面では小さくしか見えないかと思いますが、五頭のクマはこの場祖から80メートルほど離れた砂浜にいまもいます。姿を見せてからおよそ1時間ほどが経ちますが、立ち去るそぶりは見えません。
猟友会の方によりますと、一番大きなオスと見られるクマから駆除するしかないとのことで、いま、慎重にタイミングを計っている段階です。

ヘリの画面が何度目かの旋回の後、沖合を映し出した時にそれは起こった。

ヘリの搭載カメラは、沖合の海中に見えた巨大な黒い影が急速に浮かび上がってくる様を捉えた。
やがて影は屹立した塔のようなものを海面に突き出し、波をかき分け始める。
たまらずスタジオの宮沢がコメントをつけ始め、音声マンがあわてて宮沢アナのカフをあげる。

リポートの途中ですが、現場付近で予期せぬ動きがみられるようです。
ご覧いただいているのはヘリからの映像です。
銭函の沖合で、これはクジラ……いえ、潜水艦?……でしょうか。次第に浮上してその姿が明らかになり始めています。
えー、潜水艦と見られる物体はクマのいる海岸方面に一直線に向かっています!これは危ない。危険です1
これは、なにが、いったいなにが、どうなっているのか。
予想もつかない事態が発生しようとしています!

あまりのことに、百戦錬磨の宮沢アナウンサーも動揺を隠しきれない。

「下カメ、菊地原に戻して!」
有村は叫び、反射的にスイッチャーが現場からの中継の映像をテイクする。

……という状況の中で、え、あ、突然クマが落ち着きなく周囲を見回しています!どこかへ逃げ去ろうという、わ、なに!
う、海から何かやってきます。なんだ、大きな黒い船のようなもの。
そしてクマが、五頭のクマが一斉に海岸から逃げ去っていきます。
海岸に隣接する林の方へ、全力で走っています。
あっという間にクマは海岸からいなくなりました。
そして!巨大な船のようなものがこちらに向かって突き進んできます。
えと、権田さん、ヒノデさん、いったん逃げましょう!
安全を確保してからまたお伝えします!

有村の後ろで他局動向も含め、モニターを眺めていた当直記者の加賀が、声を上げる。
「有村さん、うちのLIVEーU、動きありますよ」
橿原アナと大崎・盛本コンビのクルーは非常線の外で、集まり始めた付近住民らの取材を試みていたらしいが、ちょうどその場所がクマの逃げ去った林のエリアに隣接していたのだった。
有原が声を発する前に、現場とやり取りをしていた中継連絡の高橋が
「LIVEーU、いつでもリポートできます!」
と、興奮した声で告げる。
「乗って!」
有村と坂本が同時に叫んだ。
直後に橿原アナの緊張した声が聞こえ始める。

こちらは銭函海岸の非常線で仕切られたエリアの外です。
ここに集まっていた地域の住民の皆さんに取材で噺を伺っていたんですが、つい先ほど、海岸に群れていた五頭のクマが私たちの目の前を、猛烈な勢いで駆け抜けていきました。

「スポーツコーダーでクマ逃げるところ、出せます!」
「天才かよ、高橋ちゃん!よく録ってたな。だして!」
坂本の指示でクマが逃げてくる様子を撮影した大崎カメラマンの映像が再生され、テレビ画面に映し出される。
本来は野球やサッカーなどで使われるスロー再生機能のついた収録機、スポーツコーダーの本領発揮とばかりに、五頭のクマが逃げ惑う住民たちの間をすり抜けて必死にかけていく迫力映像がスローで再生される。

クマは海側の道から、この場所を通過して、奥の林に向かって移動しました。付近の住民の皆さんは建物の影や車の後ろに隠れて、ケガ人の発生はありません。
この場所からは海岸は見通せませんので何があったのかはわかりかねますが、突然の思いがけない事態に驚きが広がっています。

有村はトークバックでヘリに呼びかける。
「012、田中さん!リポートお願い!!」

映像は空撮に切り替わり、5秒ほどヘリのローター音が響く。

え、えー、銭函の、上空です。潜水艦、らしきものが沖から海岸に向かって一直線に進んでいるのが、見て、えー、見えて、見えています。この勢いだと、間もなく、海岸に乗り、乗り上がる、乗り上げるかもしれません……

オンエア卓に座っているディレクターの田之倉がたまらずスイッチャーに、指示を出し、映像は一方的にしゃべり続けている菊地原の配信に戻る。

……距離を取り、安全な場所からお伝えしています。潜水艦とみられる物体は、まっしぐらに海岸に向かっています。海岸までの距離は目測で50メートルを切っていると思われます。かなりのスピードで進んで……と、乗り上げました!砂浜に乗り上げて、いま、停止しました。その勢いで機体は大きく右側にかしいでいます。
専門的な知識がありませんので、国籍などは見極めることができません。

伝え続ける菊地原のそばでは、猟友会の四人が険しい表情で銃を潜水艦に向けている。

「嬢ちゃん、さすがにここまでだ。アレから何が出てくるかわからん」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、機動隊員が20人ほど、盾を構えてその横に並び、菊地原とスマホの撮影をしていたヒノデは大勢の警察官に取りかこまれ、担ぎ上げられると、そのまま神輿のように非常線の外まで運び出されていった。
いったん外に出された後は、もうエリア内には戻れなかった。
ヘリも規制が入って即座に排除された。
のみならず、総理官邸からDTV報道部に対してじきじきに『高度に政治的な事情』への配慮を求められ、当面の間、あらかじめ許諾を得た映像以外は使用できない状況となった。

☆☆☆☆☆

後日わかったことではあるが、小樽市銭函の海岸に座礁したのは、某国の原子力潜水艦であった。
予兆はあった。
というのは、海岸に打ち上げられたイワシの群れというのは、潜水艦のソナーに追い立てられて逃げ場を失ったのではないかという、ある軍事専門家の見立てが世間に広まったことが大きかった。
日本の潜水艦が某国の潜水艦とやり合い、機能不全に追い込んだことが今回の『事件』につながったのだという声も聞かれたが、国家機密のレベルまで情報は隠匿されたため、都市伝説のような噂でしか、この出来事を語ることはできなくなった。
偶然がもたらした世界的なスクープは、しばらくの間、何ものかがネットに放送映像をあげたことで爆発的に再生されたが、数日のうちに次々と削除されていった。

有村と菊地原は数日間、謹慎扱いとなった。
ヒノデアキラは事情聴取の名目で、警察に勾留されていたが『嫌疑不十分』として釈放された。だが、スマホを含む機材は没収され、返還はされなかった。
ヒノデアキラはこの出来事をきっかけに、本気で北海道知事を目指すことになるのだが、それはまた別の話。
そのほかの者は注意は受けたが、特にお咎めはなかった。

「じゃあな、俺の分も頑張ってくれよ!」
あの出来事から10日がたった。
人通りも少なくなった夜8時のDTVの社員通用口で、菊地原はスーツ姿の有村を見送ろうとしていた。
「ほんとに辞めちゃうんですね……寂しくなります」
「ああ。なんか新しいことをやりたくなっちまってな。おまえさんに活を入れてもらったおかげだ」
当面、北海道内の政治経済専門雑誌の記者兼編集者として働くという有村は、
「『三つの使命』なんて言ってた割に、結局は国家権力には呑まれちまったじゃんか。だから別のやり方で、俺なりの筋の通し方を探そうと思ってる」
菊地原は無言のまま、コクリ、と頷いた。
こういうときに何と言っていいのかが、わからなかったからだった。
「……結果的に、巻き込んじまって悪かったな」
右手で後頭部をポリポリとかく有村に菊地原は、
「……でも、いいこともあったんです」
言いながらスマホを取り出し、画面を有原に見せる。
それは何者かから菊地原に送られたLINEのスタンプらしかった。
「……これは?」
「たまたまテレビを見ていたみたいで、音信不通だった古い友人が送ってくれました」
笑顔の菊地原を見て有村は
「……そうか。なんにせよ、頑張った甲斐はあったってわけだ」
と、ほっとしたような表情を浮かべた。
「それじゃいくよ。縁があったらまた会おう」

背を向けて歩き出した有村は半ば無意識のうちに、口笛で旋律を奏でながら、今回の出来事を思い起こす。

まあ革命だよな。
俺たちは、一歩先に進んだんだ。
いま使える最も有効なツールで『情報を伝える』ということの本質に迫った。
そのことに悔いはない。
時代は変わる。時代とともにニーズも、ツールも変わる。
常に誰かが、踏み出さなきゃならないんだ。
そのために俺は、アイツに先輩としての背中を見せてやらなきゃならん。

「DTV報道部、『三つの使命』!」
有村の背後から、菊地原の叫ぶ声が聞こえた。思わず、口笛が止まる。
「ひとーつ、真実の追求!」
「……」
「ひとーつ、権力の監視!」
「……よし」
「ひとーつ、弱者の味方!」
「……ヨォーシ!」
有村は振り返らなかった。後輩に泣き顔をみせるわけにはいかなかった。
そのまま大きく右手を挙げて、挨拶に代える。
そして、零れる涙をぬぐわぬままに、力強い足取りで暗闇へと姿を消していった。


「……いっちゃったか」
見送っていた菊地原は、両掌でパン、と自分の頬を叩いて気合を入れる。
「あざーっす!」
武道家のように気合をいれて礼をすると、そのままドスドスと戻っていった。
報道部へ。
彼女の戦場へ。
長く、厳しい戦いは、まだ始まったばかりだった。


<終わり>

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