我が家の一大事。
家族に定義はあるのだろうか。
我が家は6人家族だ。子ども4人に、私を含む親2人。子どもの多い、騒がしい家族だ。
小2のA男はレゴであらゆる物を作り上げる。終いには1つの町を勉強机の上に築き上げた。おかげで宿題が捗らず、よく叱られている。小5のB男はサッカー小僧だ。気性の荒いところがあり、一部では暴君と呼ばれる始末。
中1のC子はおっとりしていて、スローペースに生きている。会話はゆっくり、明日の準備もゆっくり、おまけに学校の成績まで“ゆっくり“だ。けれど、誰よりも笑い、人を大切にする。高1のD子はしっかり者。学校では学級委員としてクラスをまとめ、将来のためにバイトでお金を貯める。大人からも子どもからも一目置かれる存在だ。
我が家は絶妙なバランスで回っている。子どもそれぞれ個性を持ち、親は子どもに寄り添い、時にぶつかり、その都度またやり直してここまでやってきた。
何の変哲もない家族だ。
ただ1つ、変わっているとすれば…
それは誰1人、血の繋がりがないことだろうか。
我が家は、児童養護施設という枠組みに当てはまる。児童養護施設とは、なんらかの事情で親と暮らせなくなった子どもたちが生活する場所だ。A男もB男もC子もD子も、それぞれの理由でここに来た。彼らを親に代わって育てることが、ここに勤める大人の役割である。
我が施設の理念はこうだ。
「等しく、親心を」
理念を体現するように、私たち職員の一部は施設に住み込み、子どもたちと生活をする。(ワークライフバランスという概念はまだ上陸していない)。それでも、もちろんすぐには信頼なんてしてもらえない。彼らは一度、親を心の中で失っているのだ。「この野郎は信用していいものか」と、大人を試そうとする。私も何度も試されてきた。
例えば、C子に書いた手紙は、翌日無惨にも破かれて私の部屋に差し込まれていたし、B男には「お前なんかに俺の気持ち1ミリも分かってたまるか‼︎」と怒鳴られたりした。D子からは何ヶ月も無視をされていた。
毎日のように敵意を向けられた私の心は逃げ場を失い、時に軋み、ボロボロと崩れ落ちるような感覚に襲われることもあった。それでも逃げずに向き合い続けると、1年で安心が芽生え、2年で信用が生まれ、3年で信頼に変わった。私の心臓にも毛が生え、ジェームズボンドばりの剛毛になった。
今となっては仕事とプライベートの区別も怪しい。子どもたちの支援は、もう生活の一部なのだ。
朝は彼らとカフェオレを飲み、まったり過ごす。時間を見て学校に追いやると、掃除や書類作成に取り掛かる。昼に寝溜めして、夜は男子共とせっせとスマブラに励む。奴らが寝たら女子の話に耳を傾け、あーだこーだと愚痴に付き合う。これが仕事で良いものか。最高だ。血こそ繋がっていないけれど、我が家には家族のような安心感がちゃんとある。
そんな我が家に変化が起こった。
施設主任から電話がかかってきた。
「相談なのですが、女の子1人受け入れてもらえませんか?」
児童相談所から受け入れ要請があったそうだ。定員はあと1人分空いており、私は承諾することにした。そうこうして、新しく中学2年生の女の子が我が家にやってきた。ここではE子と呼ぶことにする。
彼女は初め大人しく、口を開いても敬語。困っていることも自分からは言えないような様子だった。そんな姿を見て、裏でA男は「E子ちゃん、だいじょうぶかな?」と心配を寄せる。レゴで一緒に遊ぼうと誘っていたが、丁寧にお断りされ、ちゃんと落ち込んでいた。A男よ、優しさはいつか報われるからな。(そして、レゴは万能じゃないぞ)
とはいえ、大人の私もまだどう関わってあげたら良いか分かりかねていた。いつも頼りになるD子も、今回はお手上げのようだった。それほどE子の心の壁は厚い。だが、おっとりC子は違うようだった。E子はC子といる時にはよく笑った。マイペースでおっとりなC子の柔らかな雰囲気に安心したのだろう。C子を媒介にして、だんだんとホームに馴染んでいった。子どもは時に、大人にできないことをいとも簡単に成し遂げてしまう。C子よ、ありがとう。
E子についていろいろと分かってきた。
マンガが好きであること。推しのグッズにはつい財布のひもが緩くなってしまうこと。絵が上手なこと。案外スポーツも得意で、以前は空手を習っていたこと。カップヌードル「カレー味」がたまらなく好きなこと。
2ヶ月も経つと、E子はだいぶ馴染んだ様子で、大きな声で笑うようになった。私には「ねえ、あの漫画読んでほしい!」と、好きなものを共有してくれるようにもなったが、まだ私が読んでいないエピソードまで夢中で話そうとするから、おいおい待ってくれよと止めないといけない。そんな風に楽しく過ごす時間は増えたが、彼女は時折悲しげな表情を浮かべ、黙り込むことがあった。
ある雨の日の夜、彼女は些細なことでB男と言い合いになった。本当に些細なことで、ただどちらもテレビを見たくて、それがそれぞれ違う番組だったのだ。B男も口が悪く、「てめえ俺のが先やろおおっ!!」なんてべらんめえ口調で舌を巻くから、話にならない。E子も珍しく譲らず、「黙れええっ!!」と舌を巻く。
えらく治安が悪くなってしまったところで私が介入し「ちょいとお二人さん、一旦落ち着こうか」と声をかけると、E子は涙を浮かべて自分の部屋に帰ってしまった。暴君B男は興奮冷めやらず鼻息をフンッフンッさせていたが、私が背中に手を添えると、徐々に落ち着いていく。
しばらくすると、B男はバツの悪そうな顔で「ごめん」と呟き、一粒だけ涙をこぼした。カッとしがちな彼も、本当は変わりたいのだ。背中に添えた手は、しばらくそのままにした。
E子の部屋のドアをノックする。返事は返ってこない。話をしたかったが、今は1人で落ち着きたいのだろう。夜も遅いため、「また明日話そう」とドア越しに声をかけ、その場を離れた。
23時になる頃には、子どもたちは全員自室に戻り、リビングには人がいなくなった。私は業務を終え、入浴してから自室に戻った。布団に入り一度眠りについたが、外線の音ですぐに起こされることになる。
「プルルルップルルルッ」
時計を見ると24時だ。こんな時間に誰なんだよと思いつつも、受話器を取った。
「夜分に失礼します。E子ちゃんの担当の方でしょうか?」
「はい…そうですが…」
「23時頃、雨の中裸足で道路を歩いていたところを、私どもで保護しています。〇〇警察署です。」
一大事だ。私はすぐさま車に駆け込んだ。
E子は、B男との件がきっかけで自室の窓から飛び出したそうだ。雨の中、傘も差さず裸足で。そこにたまたま警察が通りかかり、保護に至ったとのことだった。
警察署に向かう道中の私は、自分を責める気持ちでいっぱいだった。なぜすぐにE子の部屋を確認しなかったのか。B男の件はきっと1つのきっかけに過ぎない。日々苦しかったのだ。そのサインを出してくれていたはずなのに、なぜ気づいてあげられなかったのか。
警察署に着く。施設名とE子の名前を伝えると、「ああ、こちらです」と、署内の奥の部屋に案内してくださった。「すみません、すみません」と頭を下げながら付いていく。通された部屋には、E子の姿があった。
「寒かったやろう、この雨の中」
「………ごめんなさい」
E子はうつむいている。
警察の方には私からもB男との一件を説明し、E子と一緒にしっかりと謝罪をして、署を出た。時刻は夜中1時を回っている。私は持ってきた靴をE子に履かせ、上着をかけ、車に乗せる。
「カフェオレかジュース、どっちがいい?」
「………カフェオレ」
自販機に小銭を入れる中、私は今のE子の気持ちを想像する。実の親と離れてここにやって来た寂しさ。知らない土地、知らない人たちと暮らす落ち着かなさ。雨の中裸足で窓から出ていかないとやってられない程の、怒りと虚しさ。
車に戻り、エンジンを入れ、あえて遠回りに我が家までの道を走らせる。
「B男とのこと、腹が立ったよね、いつもB男は言いすぎなんだよホント」
「………私が悪いんです」
そう言って、E子は口を閉ざす。
子どもの言葉はあまり当てにならない。彼らの気持ちはいつだって複雑だ。彼ら自身も、自分の気持ちが分からないでいることが多い。それを言葉で伝えられないから、黙ったり、物に当たったり、飛び出してしまったりするのだ。私は言葉の奥にあるE子の気持ちを、1つずつ、E子に代わって言葉にしてみる。
「E子はさ、B男の言葉にきっと腹が立ったよね。納得、できないよね。今はそれでいいんだよ。それでいい。でも、雨の中外に飛び出したのは、もしかしたら、その気持ちだけじゃないんじゃないかな…。」
E子は黙って聞いている。私は続ける。
「E子はここに来てよく馴染んでくれたけど、それでもまだ2ヶ月しか一緒にいれてない。E子の心には、きっとまだ、急にここにやってきた戸惑いがあるんじゃないかな。」
E子は聞いている。
「それに、こんな気持ちもあるんじゃないかな。私、ここに居ていいのかなって。最初に比べると笑顔も増えたし、私やみんなと話すことも多くなって、楽しい時間も増えたけど、それでもいつも心の奥に、無理してるE子がいたんじゃないかな…。」
E子の目から涙がこぼれるのが見える。
「そうだよね…。飛び出したくも、なるよね。」
E子がたんを切ったように泣き始める。堪えていた気持ちを吐き出していくように、声を出して泣く。
私の言葉がどこまでE子の心に沿っているかは分からないが、涙の中にE子の安心を感じ取る。「大丈夫だよ」と一言だけ添えて、そこからはただ黙って横に居続ける。そんなことしかしてあげられない自分に無力感を感じながらも、側にいる。E子の境遇、心の内に、また思いを馳せる。
しばらくそうしていると、次第にE子が落ち着いてきた。表情はだいぶ和らいでいる。そろそろ切り替えかなというタイミングで、
「さ、もう夜中だけど、今から夜食でカップヌードルカレー味食べちゃいますか〜!」
と完全に冗談で言ってみたのだが、E子は「うんうん」と笑って頷くので、私たちは不健康を覚悟して深夜のコンビニに車を走らせるのだった。
後日、B男とE子はそれぞれ言いすぎたことを謝罪した。「こんなことで大ゲンカになるとはね…!」と私が嫌味っぽく言うと、なぜかC子が「まあまあ、よしなさいよ〜」と近所のおばさんのように割って入ってくる。B男もE子もバツの悪そうに、けれど照れたように笑った。
こうして、我が家の一大事は幕を閉じた。
E子は、あの一件を境に色んな話をしてくれるようになった。実の家族のこと。以前通っていた学校のこと。日々の不満。将来の目標。
我が家に来て半年が経つ頃にはもうすっかりと馴染み、好きなマンガの話を夢中に語り出しては周囲を引かせ、他愛のない話にゲハゲハと笑うようになった。細かい問題はたくさん起こるが、「ここに居ていいんだ」という安心感は感じてくれているようだった。
施設にやって来た子どもたちは初め、必ずと言って良いほど何か事件を起こす。E子のように飛び出したり、例えば物を壊したり、暴力行為だって起こったりする。でもそれらは、大人を困らせたいのではなくて、困っている自分に気づいてほしいというサインであるように思えてならない。
「困った子は困っている子…」。いつも私はそう心の中で呟き、彼らの行動の奥にある心を見るようにしている。
これまで何十人もの子どもたちと向き合ってきたが、根っから悪い子なんてただの1人もいなかった。人を責める子は人から責められてきた子かもしれないし、すぐに怒る子はいつも怒られてきた子なのかもしれない。
その子の背景に目を向けると、彼らの困った行動の奥にはいつも、彼らの苦しみが聞こえてくる。そこに至ると、彼らへの共感や労り、しぶとく関わっていこうという覚悟が自然と湧いてくる。私はそれを、愛情と呼ぶことにしている。
家族に定義はあるのだろうか。
もし定義があるとすれば、それは血の繋がりではないと思う。もし定義があるとすれば、それは「ここにいてもいい」と思える心の繋がりのことだ。家出をしたって、帰って来たらいい。迷惑をかけたって、また戻って来たらいい。家族とは、その関係性のことを言うのだろう。
E子がやってきて2年が経った。我が家は今何とか平和を保っているが、この2年の間に目まぐるしくいろんなことが起こった。
A男はレゴを卒業し、今はロボット作りに手を出している。B男は気性の荒さを残したまま中学に上がり、サッカークラブで泥にまみれ練習に励む。C子は恋愛で苦労し、今はその傷を癒す最中だ。D子はピンキーな友達の影響でルールというルールを破るようになったため、ある日厳しく注意し口論になった。彼女はそれをまだ引きずっている。
ここでは書けないような重く悲しい出来事もあった。けれど、ここでは書ききれないような幸せな瞬間もあった。子育ては波のように、良い時期と苦しい時期を行き来する。
E子はと言えば、その後も何度か家出をした。B男とはケンカが絶えず、B男に飛び蹴りをお見舞いしたこともある。なぜかC子はそれを見て笑っていた。子育ては中々綺麗に進まない、まあそんなものか。中々学校に行けない時期もあった。苦労の多い子だ。それでも何とか登校し、晴れて中学を卒業。志望していた高校に無事合格した。
中学校の卒業式の朝。「あ〜緊張する〜!今日休もうかなあ」なんてバカなことを言うE子のケツを叩き、学校へ送り出す。私はスーツを着て参列する。最後のホームルームの時間、サプライズのように子ども達からそれぞれの保護者に手紙が渡された。E子は、たいしたこと書いてないよ〜と目を合わせず私に手紙を渡す。
「真剣に向き合ってくれたこと、一生忘れません。たくさん話を聞いてくれてありがとう。たくさん叱ってくれてありがとう。ここに来れて良かったよ。おかげで少し、変われた気がする。」
せっかくの手紙なのに、視界がぼやけて最後まで読めない。私こそ、この手紙は一生忘れないだろう。先生の声かけで子どもたちは席につく。
先生に呼ばれて、1人ずつ卒業証書が手渡されていく。E子の番が来た。E子は立ち上がり、照れた笑顔で一瞬こちらを振り向く。私は心の中で「よくやった、誇らしいぞ」と呟く。
卒業証書を受け取るE子の背中に、私は割れんばかりの拍手を送った。
