見出し画像

【DIC川村記念美術館】アンナの光と和菓子の中に指輪?

先日、今日を逃したらもう行けないと勇んで川村美術館に行ってきました。
なくなると知って慌てて行くのもどうかと思いつつ、ずっと観たいと思っていた絵をやっと観に行ったのですが… 
その日の私を書いてみました。


電気ストーブ

ここの美術館で私が一番好きな絵は、バーネットニューマンの「アンナの光」。
ニューマンルームという「アンナの光」を展示するために作られた特別な部屋に飾られている。ただ濃いオレンジ色だけの大きな絵で、両脇に広がった窓からは木々が見え柔らかな自然光が入る。日本の美術館ではめずらしい展示室。さすがに窓は空いていないのだけど、爽やかな空気と暖かな空気が一度に味わえる空間。

運よく学芸員さんの館内ツアーに参加した時に、学芸員さんが「アンナの光」のそばに立つと暖かいんですよ。と解説してくれたのだけど、その時は言われてみるとそうかも…ぐらいでピンとこなかった。それから少し経ってきた時に、学芸員さんの話を思い出して、これ以上は入れませんのラインまで近づいたら電気ストーブに頬を近づけたように暖かい熱が伝わってくるではないか。それと同時になぜか涙が溢れてきて、この気持ちはなんだろうと驚いてしまった。悲しいでもなく、高揚するでもなく、ただ暖かくて胸が熱くなる。これが癒されるってことなのかなと思った。癒されるって何なのだろう。ほんと不思議な感じ。
それから、時々あの頬が暖かくなったことを思い出してもう一度見たいと思っていて今日になってしまった。

「アンナの光」は2013年に売却されていて、私が最後に見てからゆうに10年が経っていた。
空っぽのニューマンルームに入った時に監視員の方に、「この間来た時にオレンジ色の大きな絵があったのだけど…。」と話しかけて仔細を教えていただき、少し前に見たと思っていたのにもうそんなに経っていたのだと、驚き少し恥ずかしくなった。

ただ白くひんやり冷たく光る壁を見ていると、
この10数年がよみがえりやはり涙があふれてきた。

 

和菓子の中に指輪?

110展示室は確か日本画展示されていた記憶がある。
ニュースによると、日本画は2013年ごろから売却されて今は全くないのだそう。だからなのか110展示室は、アメリカをはじめ色々な作家の作品が飾られていた。
奥の壁のQRコードで作品一覧が読み込めるようなので読み込んでいると、その壁の後ろ側にスマホをかざすカップル。気になって彼らかが立ち去るのを待ちのぞいてみると、お茶室の入り口。立て看板に、『完全予約制・QRコードを読み込んで予約を』と書かれていた。
もちろん即予約。

臨時のガイドツアーに参加し、再入館スタンプをいただき一旦外に出て持参した大豆入り鶏の炊き込みご飯を食べ、再入館してもう一度ざっくり館内を巡り、やっと予約の時間になりお茶室に入る。

DIC川村記念美術館音声ガイドアプリより

初めて入るお茶室は、春は満開のさくら、そのあとはツツジが見事になりそうな庭が見える窓が真っ先に目に入る。その風景を絵を観るかのように、少し距離を置いてテーブルが並んでいた。一番前の列で一つ席を空けて相席になった方は、ブルーのギンガムチェックのシャツワンピースを着た物静かでアートが好きそうな方。すでに和菓子もお茶もたのしんだ後で美しい姿勢で真っ直ぐ景色を観ていた。
私もおすましして姿勢を正し和菓子をいただくが、なれない一文字でいただく和菓子はやたら食べにくい。それでも一文字についた少しのあんこをねぶるようにしながらも何食わぬ顔をして食べていた。少し大きめに取れたあんこの塊を口に入れて、このくらいの大きさがないとねと口福を感じていたら、ガリッ。え?
パッとひらめいたのは、閉館を期したサプライズ?お茶室も思いがけないタイミングで見つけたし、そうゆう仕掛け?フランスの「ガレット・デ・ロア」的な?プロポーズするときにケーキから指輪が出てくるアレ?
なになに?
美しい姿勢の隣人の気配を感じ一瞬につついろいろな事が浮かぶ。そのまま飲み込んでしまおうと思ったのだけど、そっと懐紙ならぬ使い捨てのお手拭きに異物を出す。
おそるおそる見てみるとなんてことはない、先日被せてもらった歯だった。綺麗な黄緑色のあんこが詰まっていた。先日といっても詰めてもらってから半年は経っているかな。
そのまま何事もなかったようにそっとバッグにしまう。

果たして隣人は気づいていただろうか。
偶然にも帰りのJR佐倉行きの無料送迎バスで、通路を挟んでお隣に座っていた。


最後の訪問


ここはコレクションが素晴らしい。何度も書くが私はバーネットニューマンの「アンナの光」がお気に入り。
時々、思い出しては行きたいと思っていた。
ただ、閉館の理由の1つでもある利便性の部分がやはりネックなのと、企画展のインパクトというか魅力が、私の腰の重さと利便性の悪さを超える事がなかった。

それでも開館当初から何度か来ている。
桜の季節にデートで来たときは、見事な桜にロマンチックが100倍増しになってた。
アート好きじゃない彼とのデートでは、最後の展示室から出た長い廊下の長椅子に、いつまでたっても出て来ない私を待ちわびた彼が寝ていて申し訳ない気持ちになった事も懐かしい。
娘が初めて出会った現代アートはここで見た「ニキ&ティンゲリー展」。学校で習う美術以外の、こうゆう美術鑑賞もあるのだと初めて知ったんじゃないかな。

ひとりで来るようになっても何度か来ていて、前回来たのが2013年より少し前。ときどき行きたいと思い出しながら10年以上経っていた。ひとりのちょっとした寂しさと、気楽さ、そんな気持ちがごちゃ混ぜになりながらもどっぷり鑑賞にひたって、ドキドキワクワクするのが楽しい。

最近びっくりしちゃうは、少し経ったなと思う事はたいてい10年はたっている。
20代後半の事は30年前…
思い出が増えるわけだ。


むすび

最後の展示室の出口の壁に書いてあった文章が印象的だった。
確か題は「むすび」だっと思う。
珍しくメモを取りながら観ていたから、書き写そうと一瞬思ったのだけどやめた。やっぱり書いとけば良かったかなと今更ながら思うがしょうがない。
私の頭の中で都合よく変換されている部分があると思うけど、おぼえている部分だけ残しておこう。

『ここでの最後の展示に際して、私たちは特別な事はしていません。しいて言えば展示室のマップを作っただけ。
これまでも作品に過剰な解説をつけませんでした。それは、解説から作品を理解するのではなく、作品から直に鑑賞者が作家のメッセージを感じ取ってほしいと思ったからです。』


こんな感じだったと思う。


展覧会に行く時はなるべく下調べしないで行きたい派ではあるけど、オーディオガイドは必ず聴きながら観てる。
今回は何度か見てる常設展だし、音声ガイドアプリがうまくいかず、ガイドなしで過去に聴いたミュージアムツアーでの話しを思い出しながら、好き勝手に感じて見ていたから期せずして美術館の思惑にはまっていて嬉しかった。
そして、さりげなく書いてある中に「京都人か?」とつっこみたくなるような骨太さというか頑固さみたになものを感じた。
また、どこかで再会できる日がとても楽しみだ。

JR佐倉駅までの約20分
 無料送迎バスが大型観光バスになっていた
前に停まっているのは京成佐倉駅行、どちらも満員
後ろには美術館のマイクロバスも…
平日でこれなら、
土日や閉館間際はそうとう混雑するのだろうな川村美術は混みすぎないとこが好きだったのだか…


最後まで読んでくださってありがとうございます。


インスタグラムにこの日の写真を載せはじめました。




DIC川村記念美術館公式インスタグラムの投稿


WEBで見つけた記事


いいなと思ったら応援しよう!