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439 最近見た夢の話、レポート作成の扱う範囲を間違えて、先生へとあれこれ説明する夢

スマホ下書き12月中旬、最近見た夢の話、レポート作成の扱う範囲を間違えて、先生へとあれこれ説明する夢



文字数3400



1
基本的な、日常的なことを、あれをして、これをして、と言う具合に一つ一つやっていくと実に時間がかかる。気づくと日が暮れていて、なんだか一日を無為に過ごしたような気持ちになる。
12月の半ば頃は一年の中でも特に日照時間が少ない、と最近耳にしたが、日が落ちるのが早いと、一日の時間が他の時期より短いような気がしてくる。

この時期は、なんとなく寂しいような気持ちを抱きやすく、やっていることに意味がないように感じる時がある。

しかし、そういう時に、意味がないように思えても、時間差でやったことに意味が発生していくことを信じて、小さな行動の蓄積をしていけるといいと思う。

人が語学の話などをしているのを前に聞いたが、勉強の成果は、一日後や一週間後よりも、半年後くらいに深く感じられるものだと思った、とその人は話していた。
そういう、時間差で収穫の時期が来る、と思って、黙々と蓄積をしていけるといいと今思っている。






2
最近、よく眠れている。
満足いくレベルで睡眠を深く取れていることを感じているが、それに伴って夢をよく見る。

夢の大半はどういうわけか「学力試験の締め切りに追われる」系で、タイムリミットに切迫感を感じたり、指定された試験範囲を自分が間違えていることに気づいたり、試験科目の学習参考書やノートがアクセスできない場所にあることがわかっていて、それで「どうしたものか」と気持ちが切迫する、という内容が中心になっている。

自分が学生だった頃はもう遠い話で、今更そうした学力試験に悩まされる機会も、なかなかなさそうなのだが、自分の深層心理の中に、何かこうした切迫感とか焦りの感情というものが深く印象づけられ、こびりついているらしい。




それと共に、自分は自分の言語操作能力(日本語を駆使して自分の感情や思考を十分に表現する力)に内心強い自信を持っているようで、
夢の中でその力の行使がたびたび描かれる。

(なんだか手前味噌な話だが、それでも無視し難い要素として自分の夢の世界にこの要素はたびたび現れる気がしているので、避けずに触れていく方が話が早い。)




一番最近見た夢で、自分は何かの学習科目の学習範囲を間違えて捉えていて、その科目の先生へのレポート提出みたいな場で、自分が間違った範囲にてレポートを作成していたことが判明した。

自分はとっさに、「着手すべき範囲がずれていたから、これはおそらく0点になるだろう」と思った。その様子を見ている数人の友人のうちの1人が、気の毒に思ったのか、「なんてことだ…」と呟いていることを認識した。

その科目が何なのかよくわからないが、先生は若い女性の先生だった。おそらくその人は自分の高校の時の、英語の先生と日本史の先生とがミックスされて生まれた人なのだろうと思う。その実在する2人の先生はどちらも女性で、どちらもきれいな人で、そして、自分の目から見て2人は互いに多少姿が似ていた。夢の中の先生も自分はきれいな人だと感じた。



先生は自分に対し、どういう経緯でレポート学習の範囲を誤ったのか、レポートを作成してどういうことを学んだと感じたか、といった質問をしてきた。

自分は先生に対して、どのような経緯によって自分が学習範囲を間違えるに至ったか、そしてレポート作成を通じて自分はその過程によって多くを学んだことを細かい実例をいくつか挙げて説明した。また、自分は間違った範囲を扱ってレポートを作成をしたため、点数がつかないことは仕方のないことだとして受け入れる気持ちがあることをも伝えた。

自分はそれらを伝えるためにある程度まとまった時間量、分量、喋り続けた。その弁論は自分にとって、一本道で、喋る内容に迷う余地はなく、自分はエネルギッシュに喋るべきことを喋っていった。

自分の考えを喋り続ける中で、自分はだんだんと先生の心が、自分の弁論の真剣さによって動かされつつあることを感じた。先生の側には、「そもそも扱う範囲を間違っているのだから0点にする権利」が間違いなくあるのだが、もし先生の心に「この生徒は、この生徒なりに真剣な学習意欲を持っていて、この生徒なりに意味のあるレポート作成を経験しているらしい」という印象がもし強く生じれば、先生はルールを越えて、それなりの及第点的な点数を付け得る権利があるらしい様子だった。

自分は、自分の弁論によって、先生の心が動かされつつあることを感じながら、横目にこの場面を目撃している友人たち数人の心も同じように動かされつつあることを感じ取った。

自分は、こうして先生及び友人たち、その場にいる人たちの心か自分の弁論の真剣さと熱量によって動かされつついることを内心悟り、それを感じ取ると同時に、「こうした俯瞰的な心の目を活発化させすぎると、自分の弁論の熱量は弱まる。こうした自分の弁論の感化力は、俯瞰的な目を排して、とことん自分の狭い視野に没入することによってこそエネルギーの機密性が保たれ、力が維持される。」ということを考えた。

それで自分は、周辺視野的な心の目をきっぱりと断つことを決定し、狭い視野へと集中力を結集させ、弁論への没入状態の温度をより高めていこうと決心した。



… というタイミングで自分は目が覚めた。
自分が先生に対して喋った内容は、目覚めた直後数分はおぼろげに覚えていた気がしたが、しかし時間が過ぎて、ほとんど記憶は失われてしまった。

後になって、上記のような自分の内心の変遷の印象のみが心に残っている。



それにしても、こうして具体的に先生が姿を夢の中に現すのは自分の夢の中の話としては珍しい。
前に、教室で明日の試験内容が発表されて自分はうろたえる、という夢を見たが、その時にぼんやりと先生らしい役割の人物がいたことを感じたが、しかし、今回の女性の先生ほど具体的な姿をとりはしなかった。




自分が「夢の中で何かについて筋道立てて存分に喋る」という現象が登場するのは今までに覚えているもので通算3回あった。
まるで目覚めている時と同じくらいの鮮明さで、夢の中で自分が人に何かを長々と確信を持って語り続ける、というような現象を含む夢である。


(これは目覚めている時の話だが、)
自分はある時から、「古典的名著の音読」(例えばプラトン作品やトルストイの作品の日本語訳)に愛着を持つようになり、時折、時を忘れて、名文の音読に没入した。夢中になって音読するうちに2時間3時間経過したりしていると、遠い旅から帰ってきたような気がしたものだった。

こうした文章への耽溺方法は、自分は黙読で得られる経験とはずいぶん違ったものだと感じていて、
自分は音読による没入を身体的なものとして捉えているが、これをしつこく繰り返し経験していくと、それは体に染み付いていく。

話によれば、江戸時代の学者の中江藤樹は「体得」とか「体取」という「体〜」という言葉をよく使ったらしいが、自分もそれに賛同し、音読で古典的な名文の中に土地勘や心地の良さを見出すようになる道は「体得」とか「体取」というように、頭脳的なはたらきよりも、身体操作的の熟練と共通した方向のはたらきのように感じられる。

そうして得られた身体的な規律は、無意識的な領域にまで刻印されるものなのか、それは睡眠の夢の中でもはたらくものらしく自分には感じられる。



自分はある時に、夢の中で人に対して多くを語った。自分は夢の中で、自分の思考や感情に筋道をつけて、整然とした流れに沿って大変な分量の内容を喋った。その時に自分は「夢の中で目覚めている時と同じ程度に意識的に喋る」ということを初めて経験したのだった。
喋っているのは夢の中の出来事なのだが、目覚めている時に喋る場合と全く同じ機能を用いて自分が喋っていることを自分は感じた。そのことが不思議に感じられた。
自分はその夢を見て、目が覚めた時に、自分の音読や「身体的な言語能力」の境地が、以前よりも一段階、進んだところにたどり着いたことを感じた。(夢の中でたくさん喋る夢①)


その後、再び自分は「夢の中で豊富に喋る」という要素を含んだ夢を見た。
自分はその夢の中で喋った内容の細部を、今でも記憶している。自分は夢の中で、ある特集な技能を持った業者2人に対し、無謀な計画を立てている友人を救うことを目的として、協力を求めて事情を事細かに説明した。
自分は夢の中で、そのような弁論をしながら、内心、「昔は自分は人に向けて言葉で何かを表現することが苦手で仕方なかったのに、今はそれについて得意意識を抱くようになっている。自分もずいぶん変わったものだなあ。」という考えを抱いたことを覚えている。(夢の中でたくさん喋る夢②)


この①②のあと、ごく最近、先ほど書いた「先生にレポート提出についての弁論をする」という夢③を見た。



なんだか、自分の心の中にあるものを残らず書き留めておこうとすると以上のような具合になるが、ところどころ、書き方に不手際があるかもしれない気がしている。
それでも後で思い出す種としてのラフスケッチとしてはそれで仕方がないとも思う。


夢について書くことは自分としては興味深いことだといつも感じている。
今後も、自分自身のために、夢を見たらそれを言語化して記録していきたい。





ここまでです。

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