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「デザインを売る」のをやめた話。楽天5万店舗の需要という名の罠

先日、SNSである投稿を見かけました。
「楽天のショップ数は5万以上。それだけクリエイティブの需要があり、制作ニーズは無限にある」という内容です。
元モールのデザイナーで、今は運営側として楽天を主戦場にしている僕にとって、それは「まさに自分たちのことだ」と強く共感できる話でした。

でも、スマホを置いて一息ついたとき、ふと思ったんです。
……けど、本当にそうなのかな?」という、ザラついた違和感です。

制作が「途切れない」のは、構造上の欠陥かもしれない

楽天に5万以上のショップがあり、それぞれに膨大な商品がある。
商品が動けばページ制作もバナー制作も、サムネイルのABテストも永遠に続きます。特にRPP(楽天の検索連動型広告)を回している店舗なら、制作を止めることは売上の停滞に直結します。

この「終わりのない制作」があるから、デザイナーの仕事は途切れない。
事業者は常に「モールの文脈を分かってくれる右腕」を探し、一度見つければ離さない。
一見、お互いにとってWin-Winに見えます。

でも、冷静に考え続けるうちに、僕はこれこそが「労働集約の沼」であることに気づきました。
需要があるから安心」というのは、「穴を掘り続ける仕事が無限にあるから安心」と言っているのと同じなんです。その穴掘りに、まもなくショベルカーが導入されることも知らずに。

2026年、デザイナーを襲う「単価の崩壊」

なぜ、これまで通り「腕の良いデザイナー」で居続けるだけではいけないのか。
その理由はシンプルで、残酷です。

一つは、AIによる制作の民主化です。
定型的なバナーや説明文は、すでにAIが爆速で生成し始めています。これまで職人技だと思っていた作業の多くが、プロンプト一つで、しかも圧倒的な速さで形になる。そのとき「作業」としてのデザインの価値は、恐ろしい勢いで削られていきます。

もう一つは、モールの二極化です。
勝ち残る店舗は、資本力とブランド力、そして仕組みを持った一部に絞られます。中小の撤退が進む中で残る仕事は、単価を叩かれる下請けか、経営のパートナーとして深く入り込む仕事か。そのどちらかしかありません。

「デザインを売る」をやめた、という話

ここで一つ、正直に書いておきます。

僕はまだ完全にやめたわけではない。でも、やめる方向に舵を切ったのは事実です。
きっかけは、自分の仕事を「手を動かす作業」と「判断基準を決める設計」に色分けしてみたことでした。

バナーにコピーを流し込むのは作業です。でも、どの商品にどのテンプレを当てて、広告の導線とどう紐づけるかを決めるのは、僕にしかできない設計です。そしてその設計を言語化してプロンプトやチェックリストに落とし込めば、作業は他の誰かに渡せる。

気づいたのは、事業者が本当に欲しいのは「うまいデザイン」ではなく、「制作が高速で回り続ける状態」だということです。そのための仕組みをつくれる人間は、モールの現場にほとんどいない。

だから僕は、制作時間を売ることより、その仕組みを渡すことを考え始めました。

答えはまだ途中。でも、問いは変わった

SNSの投稿に共感した瞬間、僕が感じたのは「仲間がいる」という安心感でした。
でも、その安心感に浸ったまま、制作の波に飲み込まれてはいけない。

モールに特化するという選択は、間違っていない。
ただ、モールデザイナーで終わるつもりはありません。
構造を理解したうえで、事業者の判断に関われる設計者になること。

まだ答えの途中ですが、問いが変わったことで、見える景色が少し変わった気がしています。
あなたは今、穴を掘っていますか? それともショベルカーを設計していますか?


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