止まった生産を戻す仕事|海外工場で見た、調達と現場復旧のリアル
六日目の夕方。
ようやく最初の出荷便が出た。
夕日を浴びながら、トラックが工場を出ていく。
私はその後ろ姿を見ながら、一人でつぶやいていた。
「やってやったぜ」
誰かに向けた言葉ではない。
誰かに聞かせるためでもない。
ただ、体の奥から勝手に出た言葉だった。
もちろん、それで全部が終わったわけではない。
供給はまだ不安定だった。
再発防止も残っていた。
後処理も山ほどあった。
関係部門への説明も続く。
現場の疲労も残っている。
それでも、止まっていた生産は動き始めた。
あの瞬間だけは、少しだけ息ができた。
だが、その六日前。
私は、朝五時に家を出て、深夜に戻る生活を続けていた。
赴任して、ちょうど一年が経った頃だった。
ASEANの海外拠点で迎えた、初めての旧正月明けでもあった。
現地では、旧正月前の数か月、工場が一気に忙しくなる。
長い休みに地元へ帰る人たちが、稼いだお金で土産を買い、家族に見せるものを買って帰る。
だから、旧正月前は大きな商戦になる。
工場もフル回転する。
土曜日も普通に出勤になる。
現場も、サプライヤーも、工場側も、そこで一気に走る。
そして、やり切ったところで長い休暇に入る。
休暇が明けると、空気は一変する。
繁忙期は終わっている。
生産量も落ちる。
工場全体に、どこか一息ついたような空気が流れる。
私自身もそうだった。
初めての旧正月休暇で旅行に行き、戻ってきたばかりだった。
赴任して一年が経ち、現地にも少し慣れてきた。
長い休みも終わった。
また仕事が始まる。
そのくらいの感覚だった。
今思えば、完全に油断していた。
朝、ラインに部品の破片が落ちていた
その日、一本の報告が入った。
朝、生産ラインに規格部品の破片が落ちている。
それも、大量に。
会議室の空気が止まった。
組み付けた瞬間に壊れるなら、まだ分かる。
その場で止まる。
不良として見つかる。
工程内で発見できる。
だが、今回は違った。
組み付けた後に壊れている。
組み付け時には異常が分からない。
見た目でも分からない。
普通に組み立てられて、後から破断している。
その場にいた人間は、みんな同じような顔をしていた。
「ウッ」
声には出さなくても、空気がそうなっていた。
強度系の問題であることは、誰の目にも明らかだった。
しかも、見分けがつかない。
これが一番厄介だった。
見える不良なら、まだ戦える。
寸法が違う。
色が違う。
形が違う。
傷がある。
そういう不良であれば、仕分けできる可能性がある。
だが、今回は違う。
普通に組み付けられて、後から壊れている。
使えそうに見えるものが、本当に使えるか分からない。
問題なさそうに見えるものが、本当に問題ないか分からない。
つまり、現場で見分けることができない。
私はどこかでまだ思っていた。
さすがに広い範囲の生産停止まではいかないだろう。
当時の私にとって、生産停止とは、リーマンショックや東日本大震災のような大きな外部要因で起きるものだった。
品質不良で広い範囲の生産が止まる。
そこまでの現実感は、まだなかった。
だが、話を聞いているうちに、その甘さは消えていった。
やがて、破断している部品には共通点があることが分かった。
ある特定の主要サプライヤーの品だった。
他のサプライヤー品では、同じ問題は出ていない。
問題の入口は一社だった。
だが、そのサプライヤーは主要取引先だった。
しかも対象は、いろいろな製品に使われる規格部品だった。
入口は一社。
影響は工場中。
そこが本当にきつかった。
外観が少し悪いとか、寸法が少し怪しいとか、そういう話ではない。
普通に組み付けられて、後から壊れている。
見分けがつかない以上、使えそうなものだけを選ぶことはできない。
残す判断ができない。
だから、止めるしかなかった。
止める判断と、動かす準備は同時に始まる
重い判断が下った。
対象在庫の使用停止と作り直し。
サプライヤー側の在庫も含め、対象品は使用できない。
工場側の完成済み品にも手戻りが出る。
つまり、生産停止である。
「どのラインが止まるのか」
ではない。
「どこまで止めて、どう再開するのか」
の話になった。
ここまで来ると、普通の品質不良ではない。
ほとんど災害である。
しかも、止めれば終わりではない。
止めた瞬間から、再稼働の準備を始めなければならない。
代替在庫を集める。
品質承認を通す。
サプライヤーを立て直す。
生産順を組み替える。
出荷影響を整理する。
関係部門へ報告する。
やることが、一気に降ってくる。
しかも、全部が超緊急だった。
代替品は、今日欲しい。
本当は、今すぐ欲しい。
もちろん、そんなことは無理である。
海外から物を動かす以上、今日中に届くわけがない。
手配して、確認して、輸送して、受け入れて、承認して、使える状態にする。
そんなものは、物理的に一瞬ではできない。
それでも、現場の感覚としては「今日欲しい」だった。
生産が止まるとは、そういうことである。
私は調達の番頭だった。
この修羅場では、現場側が止める判断と動かす準備を同時に進めるしかなかった。
普通の仕事なら、順番がある。
原因を確認する。
範囲を確定する。
対策を決める。
必要数を出す。
価格を確認する。
発注する。
納入を待つ。
きれいな流れである。
だが、止まった現場は、そんな順番を待ってくれない。
順番を守っていたら、生産は戻らない。
価格確認より、供給確保を優先した
最初に必要だったのは、代替在庫だった。
自分たちの拠点だけでは足りない。
だから、他拠点へ緊急で連絡を入れる。
同じ部品を使っている拠点に、手持ち在庫を出してもらうしかない。
まだ必要数は完全には見えていない。
どこまで影響が広がるかも、整理し切れていない。
本来なら、必要数量を確認する。
価格を確認する。
輸送条件を確認する。
社内承認を取る。
その順番で進める。
だが、その順番では間に合わない。
このときは違った。
「在庫を限界まで出してほしい」
「空輸でいい」
「出せる分はすべて引き取る」
価格確認より、供給確保を優先した。
安いか高いか。
条件が妥当か。
後で誰に説明するか。
それを考える前に、物を動かす必要があった。
生産が止まっている。
再稼働させるには物が要る。
それだけだった。
調達は、普段は価格を見る。
納期を見る。
条件を見る。
サプライヤーの妥当性を見る。
当然である。
だが、生産が止まる局面では、優先順位が変わる。
まず、物を動かす。
価格の話は、その後である。
このときほど、調達が「安く買う仕事」ではないと感じたことはない。
調達は、止まった生産をもう一度動かす仕事になる日がある。
もちろん、物を持ってくれば終わりではない。
同じように見える部品でも、勝手には使えない。
品質承認が必要になる。
同じように見える部品でも、用途が同じでも、確認なしには使えない。
品質面で確認しなければならないことはいくつもある。
ステップは飛ばせない。
だが、時間もない。
だから、品質部門にも同時に走ってもらった。
他拠点で同じ製品に使われている。
同じ用途で使われている。
その実績を根拠にしながら、必要な評価を並行で進める。
普通なら順番にやることを、全部同時にやる。
理屈としては荒い。
だが、現場は待ってくれない。
止める判断。
代替の手配。
品質承認。
輸送手配。
生産再開の準備。
すべてを同時に走らせるしかなかった。
このとき、私がやっていたことは、きれいな調達業務ではなかった。
見積を取って比較する仕事ではない。
システムに沿って発注する仕事でもない。
関係者に連絡し、在庫を探し、条件を後回しにし、必要な物を動かす仕事だった。
しかも、自分たちだけでは完結しない。
他拠点にも無理を言う。
その先のサプライヤーにも無理を言う。
物流にも無理を言う。
品質にも無理を言う。
社内にも説明しなければならない。
お願いではない。
ほとんど、泣きつきである。
ただ、そこで遠慮している時間はなかった。
生産を止めっぱなしにするわけにはいかない。
数時間前まで、旧正月明け特有のふわっとした空気があった。
休暇が終わり、繁忙期も終わり、生産量も落ちる。
どこか一息ついたような空気だった。
それが、規格部品一つで消えた。
全員の顔つきが変わった。
会議室の空気も変わった。
電話の声も変わった。
現場の歩く速度も変わった。
朝、生産ラインに部品の破片が落ちていた。
ただそれだけの一報が、数時間後には生産停止と緊急輸送の話になっていた。
赴任して一年。
初めて迎えた旧正月明け。
私はそこで初めて知った。
海外工場では、小さな部品一つで、広い範囲の生産が止まる。
そして、その瞬間から、止める判断と動かす準備が同時に始まる。
調達は、いつも価格を見る仕事ではない。
価格を見る前に、物を動かさなければならない日がある。
ただ、代替品を集めても、それだけで生産は戻らない。
元の供給を戻さなければ、現場は安定しない。
そこから、問題を起こしたサプライヤーの立て直しが始まった。
サプライヤーを立て直さなければ、生産は戻らない
問題を起こしたサプライヤーには、現地で張りつくしかなかった。
まず必要だったのは、原因究明だった。
なぜ壊れたのか。
どこで問題が起きたのか。
何が変わったのか。
ただ、現場はそんなに素直ではない。
サプライヤー側も必死だった。
自分たちに原因があると分かれば、当然責任問題になる。
だから隠そうとする。
ある日、サプライヤーへ行くと、一部のスタッフが別室に籠っていた。
こちらが現場確認や生産立て直しを進めている横で、ずっと部屋から出てこない。
何をやっているのか。
そう思って見ていた。
しばらくして、品質関係の書類が出てきた。
そこで違和感があった。
紙が妙にきれいだった。
金属加工系の工場である。
普通、現場の紙はもっと汚れている。
油も付く。
角も折れる。
だが、出てきた紙は妙に白かった。
きれいすぎた。
そこで気づいた。
向こうは、品質関係の書類を後から整えようとしていた。
その場ですべてが分かったわけではない。
ただ、現場にいると、こういう違和感は残る。
そして、だいたい当たる。
壁貼りExcelで生産を組み直す
原因究明と並行して、生産計画も組み直さなければならなかった。
通常のシステム管理では追いつかない。
だから、ほとんど壁貼り管理だった。
Excelを印刷する。
壁に貼る。
線を引く。
優先順位を書き換える。
出来高を毎日追う。
泥臭い。
だが、そのときは、それが一番早かった。
私は調達側だったが、生産計画を担当していた現地スタッフともずっと連携していた。
サプライヤーで状況を確認する。
他拠点からの部品到着状況を確認する。
その情報を現地側へ流す。
優先順位を組み替える。
それを何度も繰り返した。
問題を起こしたサプライヤーは遠かった。
朝五時に家を出る。
深夜近くまで現場にいる。
車で仮眠する。
家に戻る。
少し寝る。
また朝五時に出る。
それが続いた。
途中から、曜日感覚は消えていた。
何日目なのかも曖昧になる。
ただ、生産を戻さなければならない。
それだけだった。
計画表どおりには出てこない
さらに厄介だったのは、想定どおりに出来高が上がらないことだった。
計画上はもっと出るはずだった。
だが、現実はまったく追いつかない。
そこで分かってきた。
そのサプライヤーは、そもそも現場管理ができていなかった。
生産管理がずさんだった。
設備のメンテナンスも十分ではなかった。
だから、緊急で生産計画を組んでも、想定どおりに物が出てこない。
紙の上では、もっと出る。
だが、現場はその通りに動かない。
計画表と、実際の現場の力が合っていなかった。
焦る。
だが、怒鳴っても物は出ない。
進捗を確認する。
詰まっているところを見る。
優先順位を変える。
また確認する。
その繰り返しだった。
格好いい仕事ではない。
だが、こういうときに格好よさを求めても仕方がない。
必要なのは、前に進めることである。
「終わったな」と思った
そして、五日目だった。
ようやく復旧の目処が少し見え始めていた。
そこへ、さらに問題が起きる。
設備ラインが止まった。
搬送系のトラブルだった。
終わったな。
本気でそう思った。
ただでさえギリギリだった。
そこへ設備停止である。
どうするんだ。
そう聞いた。
返ってきた答えは、
「手でやるそうです」
だった。
いや、危ないだろ。
そう思った。
効率が落ちるだけではない。
安全面でも不安がある。
だが、もう現場も限界だった。
復旧を待つしかない。
私自身、脳が回らなくなっていた。
最後の方は、半分祈っていた。
祈ったところで、部品は出てこない。
設備も直らない。
輸送も早くならない。
それでも、もう祈るしかなかった。
人間の処理能力が限界を超えると、そうなる。
六日目の夕方、第一便が出た
そして六日目の夕方。
ようやく最初の出荷便が出た。
夕日を浴びながら、トラックが工場を出ていく。
あの景色は、今でも覚えている。
「やってやったぜ」
本当に、一人でそうつぶやいていた。
もちろん、それで全部終わったわけではない。
まだ後処理もある。
供給も安定していない。
再発防止も必要だった。
それでも、とにかく生産は戻り始めた。
止まった工場が、もう一度動き始めた。
その後も仕事は続いた。
関係者にお礼を言う。
継続対応をお願いする。
無理を言った相手に頭を下げる。
社内にも説明する。
サプライヤーにも改善を求める。
修羅場は、第一便が出た瞬間に終わるわけではない。
むしろ、現実にはそこからが長い。
ただ、あの夕方だけは違った。
止まっていたものが動き出した。
その事実だけで、十分だった。
工場は、システムだけでは戻らない
あとから振り返ると、あのときやっていたことは荒かった。
壁貼りExcel。
電話。
口頭確認。
現場張りつき。
優先順位の手修正。
きれいな運営ではない。
だが、修羅場では、きれいな仕組みだけでは戻らない。
現場を見ている人。
情報をつないでいる人。
走り回っている人。
その場で決める人。
そういう人間がつながって、ようやく生産は戻る。
工場は、システムだけでは復旧しない。
調達は、価格だけを見る仕事ではない。
生産管理は、計画表を作るだけの仕事ではない。
品質管理は、帳票を揃えるだけの仕事ではない。
それぞれの仕事が、修羅場では一つにつながる。
止める。
集める。
確かめる。
直す。
運ぶ。
戻す。
その全部を、同時にやる。
それが現場の復旧だった。
あの日、夕方の光の中で出ていったトラックを見ながら、私はそれを嫌というほど思い知った。
小さな規格部品一つで、生産は止まる。
その止まった生産を戻すために、最後まで現場に残るのは、人である。
※本記事は、過去に公開した駐在員マネジメント録のエピソードをもとに、一本の読み物として再構成・加筆したものです。
