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日本陸軍機の命名方法

前回の記事で海軍機の命名法を紹介しましたので、今回は陸軍機の命名法についてお話しします。

◆他国のように人名を付けないのが日本の慣習

 その前に、他国の軍用機の名前を見ると、ロナルド・レーガンや安重根など、人名が付けられているものが多いのが特徴です。時には「他国への嫌がらせか」と思えるようなものもあります。一般的に、多くの国では艦船に州名や人名をつける傾向がありますが、日本だけは人名を使わないのが特徴的です。 これは明治天皇の時代から続く伝統で、臣下が「他国では偉人の名前を使用していますが、我が国ではいかがいたしましょうか」と奏上したところ、天皇の同意が得られなかったため、それ以降、日本では艦名に人名を使用しないことになりました。
 実際、ある国の「偉人」が他国から見れば「侵略者」や「略奪者」、「テロリスト」、「犯罪者」と見なされる可能性もあります。そういう意味では、日本が人名を使用しないという方針は、余計な騒動を避ける賢明な判断だったかもしれませんね。
 例えば、巡洋艦「伊藤博文」などがあれば、隣国から強い反発を受けることは間違いないでしょう。

◆キ番号で分かりやすく

 旧日本陸軍機は海軍と違っていたってシンプルで機体(キタイ)のキをとってキ◯◯◯で、機種やメーカーの区別することなく使用しました。 キ番号は新型機の開発指示時点で付与されるものでしたので、試作段階や実用化段階に関わらず、同じキ◯◯という命名でした。

 ゴロが良い番号ですと、愛称のように使われることもありました。例えば四式戦「疾風」はキ84でしたので「ハチヨン」と呼ばれることも多かったようです。 当初は航空機全部にキ番号がつけられていたのですが、後にグライダーなどは「ク◯◯」とか、オートジャイロ機などは「オ◯◯」などがつきました。 陸軍の面白いところは、航空機エンジンは発動機(はつどうき)なので「ハ◯◯」とか、機関砲(きかんほう) は「ホ◯◯」など名前をカタカナの1文字で表わしているところでしょうか。 

 現代の電車でも「モハ◯◯」、「サハ」など呼ばれていますが、その名残りがあるのかもしれません。 
 余談ですが「モハ」「サハ」「クハ」の意味ですが
「モハ」→モーター(モ)を搭載した普通車(ハ)
「サハ」→付随車(モーターも運転台もない車両(サ)+普通車(ハ)
「クハ」→運転台(ク)+普通車(ハ)です。 
静かな車両に乗りたければモハ以外の車両に乗ればいいということですね。

◆正式名称の付け方

 さて、試作機が無事、制式に実用化されることになった場合、さらに名称は、「制定時の皇紀年号下2桁」+式+機種名がつきます。 八七式重爆撃機は、1927年(皇紀2587年)の正式採用ということですね。ただ、1940年(皇紀2600年)制式の機体は海軍の零戦とは違い、「一〇〇式」というかたちになっています。どちらもカッコいいですよね。同じ日本軍なのにわかりづらいですけど(笑)。

RAF博物館の一〇〇式司偵三型甲(キ46-III甲)Wikipedia

◆改修型名称

 エンジンの換装など大きな改修が有った場合は「機種名」の後ろに「型」をつけました。一〇〇式司令部偵察機四型九七式司令部偵察機二型とかです。 さらに武装の換装や派生といった小改修型については「型」もしくは「機種名」のあとに「甲・乙・丙・丁」などをつけることにしています。

◆愛称は国民から募集することも

 陸軍の場合は海軍のように用途に応じた命名法はなく、国民への宣伝や広報のために分かりやすく「愛称」を付けることにしていました。アバウトです(笑)。 
 例えば三式戦「飛燕」などですと、その液冷型のスマートな形から「ツバメ」に似ているから「飛燕」と呼ぶとか、「屠龍」ですと、 敵の大型爆撃機を屠る龍のような意味を込めてなど、センスがモノを言う命名法になっています。

 戦闘機では、一式戦「隼」、二式戦「鍾馗」、三式戦「飛燕」、四式戦「疾風」などですね。 なんか、この頃の軍人さんってネーミングセンスが上手いように思うのですが、当時としてはかなり教養があったせいなのでしょうか。 


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