「星の王子さま」とサン=テグジュペリ
このNOTEでは、ヒコーキたちのエッセイが中心ですが、パイロットたちや技術者たちのエピソードも語っていきたいと思います。
今回は有名なパイロットの一人、「星の王子さま」の作家でもあった、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900年6月29日生 - 1944年7月31日没)の話を。
◆作家としてのサン=テグジュペリ
リヨンの貴族出身の彼は、飛行家としての経験を素材に、豊かな想像力と人間の本質を見極める観察眼で、詩情豊かな名作を世に出しました。
「夜間飛行」は、パイロットである筆者の実際の感覚を、私たち読者が疑似経験できる筆致が魅力的な作品となっていますし、「人間の土地」の新潮社版の解説は、あの宮崎駿さんです(^^)。紅の豚が好きな人はハマる書籍だと思います。セリフのひとつひとつが、意味深であり哲学的であり、考えされます。冒頭からぐっと掴まされます。
時代は第一次大戦後。郵便飛行の黎明期である。
世界はまだ狭く、空も使い古されてはいなかった。人間は、飛行機という道具をもって、大地と相対した。
しかし悲しいかな、飛行機の歴史とは墜落の歴史である。

郵便輸送のためのパイロットとして、欧州-南米間の飛行航路開拓などにも携わったテグジュペリは、第二次大戦で1940年に祖国フランスが一旦敗れるとアメリカへ亡命、40歳にて自由フランス空軍の偵察隊に志願します。
「祖国が踏みにじられるのを黙って見ていられないが、人殺しはしたくない」というのが偵察員を選んだ理由だそうです。

◆世界の三大ベストセラー「星の王子さま」
一番知られている作品はなんといっても『星の王子さま』でしょう。
世界の三大ベストセラーは『聖書』、マルクスの『資本論』、そしてこの『星の王子さま』と言われています。
さて、この「星の王子さま」の内容ですが、「大切なものは、目に見えない」という有名な言葉を始めとした本作の言葉は、生命とは、愛とはといった人生の重要な問題に答える指針として、児童文学ながら、子供の心を失ってしまった大人に向けての示唆に富んでいます。
友人や奥さんへの個人的なメッセージとも言われていますね。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ。」
「誰もが心の中に一輪の花を持っている。この世の中には、花は沢山あるけれど、自分が大切にするたった一つの花がある。」
昔聞いたSMAPの「世界で一つだけの花」(作詞作曲:槇原敬之)って、ここから来ているのかなと思ってしまいました。
Amazonのレビューでも「大人になって久々に泣いた本」、「大切なものを思い出させてくれる」と、良い評価が多いですね。
◆消息不明になったサン・テグジュペリの乗機
さて、サン=テグジュペリですが、この『星の王子さま』を脱稿すると間もなく 第33/2偵察飛行部隊に着任、コルシカ島に向かいます。1943年のことでした。サン=テグジュペリ、この時43歳。パイロットとしては老齢で、着陸事故や問題行動も起こしています。
そして、1944年7月31日、フランス内陸部を写真偵察のため、 F-5B(P-38 ライトニング双発戦闘機の偵察型)を駆ってボルゴ飛行場から単機で出撃後、地中海上空で行方不明となりました。
“サン=テグジュペリ未帰還・行方不明”の報は、無線を傍受していた敵側のドイツ側も知っていたそうで、当時、作家として知られていた彼の安否を心配したドイツ空軍も独自に捜索を行っていたとのことです。

F-5B(P-38の偵察型)マーキングは諸説あり
◆発見された彼の機体の残骸と、判明した意外な事実
時は流れて1998年9月7日、地中海のマルセイユ沖にあるリュウ島近くの海域で、サン=テグジュペリの名ものと思われるブレスレットが、地元のトロール船によって発見されました。

広範囲な探索が行われた結果、2000年5月24日にサン=テグジュペリの搭乗機を発見。機体ナンバーから彼の乗機と戦死したことが判明します。
このことが2000年5月26日にマスメディアで報じられ、世界中に知られるところとなりました。サン=テグジュペリが行方不明になって56年後のことでした。
その後、2008年には撃墜したパイロットが、ドイツの研究者たちの調査もあり、名乗りをあげました。
当時ドイツの第200戦闘飛行隊(JGr200)所属のBf109G-6のパイロットだったホルスト・リッペルト曹長(終戦時は少尉)だそうで、彼自身もサン=テグジュペリ作品の愛読者でした。(注:Wikipediaでは乗機がFw190になっていたり、他サイトでは、存在しない第200航空団になっていたりします)
少年時代、サン=テグジュペリの作品を愛読し、彼に憧れてパイロットの道を選んだと言います。撃墜した機体がサン=テグジュペリが搭乗していた可能性があると聞いて、
「長い間、あの操縦士が彼では無いことを願い続けた。彼だと知っていたら撃たなかった」と話していたそうです。

撃墜されたとき、サン=テグジュペリは44歳。
その最後の飛行の途中、遭遇した敵機の操縦士が20歳年下の、かつて自分が大空を自由に駆け巡る夢を与えた若者だったことなど想像もしなかったでしょう。運命の皮肉を感じます。
サン・テグジュペリは敵味方に関係なく、多くの人々に愛された作家だったと思います。
箱根には”星の王子さまミュージアム”もあったのですが、残念ながら2023年3月に閉館となりました。
激動の時代の中で、フランスを愛し、空を愛したサン=テグジュペリ。
彼の作品は、今も世界中の人々の心をとらえ続けています。

参考 Wikipedia アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
YouTube:Duell in den Wolken Der letzte Flug des kleinen Prinzen Doku über ein Duell in den Wolken Teil 3 撃墜したパイロットへのインタビュー
など
