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あの人の「ワンオペ育児つらい」はなぜうざいのか

「ワンオペ育児つらい」って聞いた時に
「え、それ大してワンオペじゃなくない?」
という議論が出てくることがあります。

言った側からすると
「それワンオペって言わないよ」
という線引きのつもり。
言われる側からすると
「ワンオペで子供を見るの大変なのに、なんで?」とモヤモヤが残ります。

このすれ違い、どちらかが間違っているわけではなくて
「ワンオペ」という言葉が広く使われすぎていることに原因があるように思います。


ワンオペってどういう意味?

ワンオペと言ってもいろんな人がいます。
・朝から晩までワンオペvs日中だけワンオペ
・専業主婦vsワーママ
ただワンオペと言っても全然違うじゃん!ってなります。

そんなワンオペには「狭い意味」と「広い意味」があると思うのです。

狭義でのワンオペ育児


まず狭い意味でのワンオペはwikipediaに載っているものだと思います。

ワンオペ育児

チェーン店での労働体系「ワンオペ」が社会問題となった、その翌2015年ころからTwitterで「親族による育児支援の無い核家族夫婦+子供という家族構成の共働き家庭」で、夫婦のうちどちらか1人のみが育児などを行っている状態を指す言葉として、「ワンオペ育児」が生まれた。

wikipedia

日常的に夫が毎日仕事で帰りが遅く、妻が家事も育児もワンオペで回している、というような状況。
いわば夫婦の役割分担が極端に偏っている状態を指します。



広義でのワンオペ育児


一方で、日常でよく使われるのはもっと広い意味です。

それはシンプルに
「大人がひとりで子どもを見る時間」。

たとえ数時間だけでも、
「自分しかいない!大変!」という感覚になります。
これもまた、立派なワンオペだと思います。


なぜ「それはワンオペじゃない」論争が起きるのか?

  • 狭義のワンオペを基準にする人は「それくらいはワンオペじゃないよ」と思う。

  • 広義で使う人は「いやいや、ひとりで子どもを見るのは十分大変でしょ!」と思う。

お互いの前提が違うから、
「はぁ!?それワンオペじゃない!?」と議論が噛み合わなくなってしまうと思うのです。


子供を大人1人で見るのは大変

狭義でも広義でも、ワンオペには変わりありません。

大事なのは「どちらがワンオペか」を議論することではなく、
「ひとりで子どもを見るのは大変だよね」と互いを認め合うことだと思います。


「あなたもワンオペだよね」「そりゃ大変だったね」って言い合える社会のほうがいいなと思います。

ゆかん🎏

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