育休は権利だけど、義務?
育休は本来、取ることも、取らないことも選べる権利のはずだ。
けれど私には、育休が“義務”のように感じられてしまう瞬間がある。
育休のそもそもの定義はこちら。
育児休業とは、原則1歳未満のこどもを養育するために一定期間会社を休める制度
働く人の権利である。
今その中で育休は「とりあえず1年」という考え方が定番になっている。
「子どもはせめて1歳までは親が見てあげるべきではないか」という考え方。
この気持ちは、自分の中から自然に湧いたというより、どこかで当たり前として刷り込まれてきた価値観でもあったと思う。
本当は、もっと早く仕事へ戻りたい気持ちがあった。完全に家庭に入りきるのではなく、社会ともつながっていたかった。
そうだったとしたら?
私は育休を“選んだ”はずなのに、どこかで「そうするしかない」と感じていた。
働きたい気持ちと、ちゃんと子育てをしなければという責任感。その間で揺れながら、最終的にはなんとなく、育休を約1年間を取ることにした。
でもそこには、自由に選択したというよりも、「正しい親であるためのみんなの選択」をなぞった感覚だった気がする。
後から振り返って気づいたのは、
育休に「ちゃんと子育てしなきゃ」という義務感が先にあったということだ。
そしてその義務感は、個人の選択というより、社会の空気や無言の期待によって形づくられている部分が大きい。
そして厄介なのは、その“無言の圧力”を女性が引き受けがちだということだ。
育休を長く取ること、子どものそばにいることが「母親としての自然な姿」とされやすい一方で、同じ期待が男性に向けられることはまだ少ない。
結果として、「育休をどうするか」を選んでいるようでいて、実際には女性の側に選択の重さが偏っているように思う。
本来、子育ての関わり方に正解は一つではない。長くそばにいることも、働きながら子供と関わることも、どちらも等しく選ばれていいはずだ。
育休をもっと短く取る国もあるし、男女共にもっと長く取る国もある。
育休は「取ってもいい」という権利である。
でも、義務みたいになる瞬間もある。
育休は、本当に自由に選べていただろうか?
そう問い直すことは、自分自身の選択を見つめ直すことにつながるのだと思う。
ゆかん🧢
参考
https://www.mhlw.go.jp/content/001128241.pdf
