ドラえもんは、のび太に何を教えているのか?
ドラえもんの魅力を語ろう。
satoyuさんの小2のお子さんはドラえもんをまだ知らないらしい。
そのお子さんにドラえもんを見せたくなるような魅力を語ろう!が今回の企画である。
けれど、
親のsatoyuさんはアンチドラえもんらしい。
satoyuさんの言い分はこうだ。
だって、のび太って
基本的にドラえもんに頼ってばかりで
自分で物事を解決しようとしない。
そして道具を使いこなせず
毎回ハプニングを引き起こす。
それなら多少お下品でも
自分で解決しようとトライした結果
失敗して怒られるしんちゃんの方が
よっぽど自立していませんか?
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。
その意見に
「いや、ドラえもんにはこんな魅力があるのに」と反論したいところなのだが、
私自身、ここ何年もドラえもんをちゃんと見ていない。
そんな状況ではあるけれど。私が最近たまたま読んだ小説で、ドラえもんが何度も登場した。
主人公の女の子がドラえもんについて語る場面を読んで、「ドラえもんって、そんな見方もできるのか」とハッとさせられた。
今回は、その気づきをもとに、ドラえもんの魅力を語ってみたい。
その小説は「凍りのくじら」
亡くなった父との思い出をドラえもんにつなぎながら、孤独と寂しさを抱えた少女が、自分の居場所を見つけていく物語である。
この小説には、ドラえもんのひみつ道具が次々と登場する。
「ドラえもんの道具をこんな形で物語に織り込むなんて!」
と、思わず夢中になって読み進めてしまった。
有名なタケコプターやどこでもドア、タイムマシンだけではない。カワイソメダルやムードもりあげ楽団など、私は名前すら知らなかった道具まで登場する。
例えば、ムードもりあげ楽団はその場にぴったりの音楽を演奏して雰囲気を盛り上げてくれる道具だ。
「夜泣きのときに、ゆりかごの歌でも演奏してくれたら少しは気持ちが楽になるのになあ」
そんなことをつい、想像してしまった。
ドラえもんが誕生して何十年も経つのに、どの道具も今でも「ちょっと欲しい」と思えてしまう。
そこがドラえもんのすごさなのかもしれない。
さて、ドラえもんはひみつ道具を
のび太が困ってる時に出してくれるが、
この小説の主人公が語る
ドラえもん論が面白い。
ドラえもんは、
のび太くんがこの道具を使ったらどうなるか?まで想定したうえで、ひみつ道具を渡している
ということなのだ。
いや、その視点はなかった。
ドラえもんはただのび太くんを助けるためだけに
道具を出している訳じゃないらしいのだ。
少なくとも、この主人公の解釈を読んで、私はそう思うようになった。
たとえばどくさいスイッチ。
スイッチを押すだけで、邪魔な人を消してしまえるという、とんでもないひみつ道具だ。
のび太はジャイアンやスネ夫を消し、やがて周りのみんなまで消してしまう。そして最後には、自分だけが取り残された孤独に耐えられなくなる。
そこでドラえもんが現れ、みんなを元に戻す。
もし本当にドラえもんが「問題を解決するため」だけに道具を出しているのなら、最初からどくさいスイッチなんて渡さなければいい。
でも、渡す。
その結果、のび太は「人がいなくなることの怖さ」を身をもって知る。
いやあ、ドラえもんの教育力よ!
のび太がどう失敗し、何を学ぶのかまで見越している。
単にドラえもんは「助け舟」として出しているわけではない。
道具で問題を解決するためではなく、道具を通して何かを学ばせるために渡している、とすら思えてくる。
つまりはドラえもんは
道具を使ったのび太が、何を学ぶかを描いた物語とも言えるのだ。
ドラえもんは、のび太くんに手を差し伸べつつ、信頼して、自分のやりたいようにやらせる。
そして、経験をさせて、成長を促す。
そんな姿は、親としての理想の関わり方なのかもしれない。とすら、思ってもしまった。
この視点でドラえもんを見返すと、また違った魅力が見えてくるかもしれない。
satoyuさんがお子さんにドラえもんを少しでも見たくなってくださったら、この記事を書いた甲斐があります!
そして何より、この記事を書いていたら、一番ドラえもんを見たくなったのは私でした。
私もドラえもんの漫画を借りてみることにします!(なぜ漫画なのかって? デジタル時間を減らしたいからです。笑)
ゆかん🧢
