【SS】願い事 #シロクマ文芸部
凍った星をグラスに。私にとって至福の時間だ。夜空に散りばめられた星々の中から一つだけを選んで凍らせる。願い事を込めながら毎日一つ、次の日の夜のために。
毎日同じ時間に起きて、文章でできた何でも実現できる魔法のような世界に身を投じる。思い描いたことを文章にさえできれば不可能ということは何もない。そうやって文章の世界を毎日楽しんでいる。しかし、楽しんでいる時間が長くなればなるほど、物理的な肉体は悲鳴を上げ始める。
同じ姿勢に耐えきれず、文章という世界から三次元の世界に一旦戻って、固まった肉体を柔らかくする。するとなぜかお腹も空く。不思議なものだ。決まった時間になると空腹という津波が肉体に襲いかかる。キッチンからの匂いに誘われ、耐えきれなくなると、いそいそと食卓に向かうもう一人の自分がいる。しばらく文章の世界には帰れそうにないと腹を括り、肉体が喜ぶことに没頭する。
美味しい食事は、新たな文章の世界を作り出すエネルギーへと変換されるはずだ。そんな潜在意識を持ちながら、妻と一緒にテレビを見ながら食事をする。たわいもない会話を交えながら。朝のご馳走様の後は、口直しのコーヒーの時間だ。私は95度にわかしたお湯を、豆を挽いたばかりの香りたつ粉の上から静かに細い筋の滝の如く注ぎ入れる。湯気に乗って漂う香りは、文章の世界への架け橋にでもなりそうなくらい部屋中にいい香りを充満させてくれる。
ひととき三次元の世界を堪能したら、再び文章の世界へと身も心も投じていく。時々元の場所に戻れず、違う世界に迷い込んでしまうこともあるが、それはそれで楽しい時間に変化していく。次第に窓から見える太陽も重さに耐えかねて沈もうとする時間になってきた。
凍らせた星の出番だ。大きめのガラスのグラスに凍った丸い星を入れる。星は丸いのだ。透明で輝く星の上に、沈みゆく太陽の光を浴びて黄金色に輝く液体をゆっくりと注ぐ。凍った星はグラスの中でくるりと向きを変える。しばらく見つめ、グラスを燻らせながらゆっくりと口へ運ぶ。私にとって至福の時間が訪れた。昨日の願い事を思い出す。
了
873文字
お題 : 凍った星をグラスに。の書き出し
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