7月11日 真珠記念日 【SS】パールの記憶
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- 真珠記念日
1893年(明治26年)のこの日、三重県鳥羽町の御木本幸吉みきもと こうきち夫妻が、初めて真珠の養殖に成功した。
御木本幸吉は株式会社ミキモトの創業者で、彼はふるさとである三重県英虞あご湾の真珠が乱獲のため採れなくなったことを嘆き、動物学者の箕作佳吉みつくり かきちらの協力を得て、夫婦でここの無人島で養殖場を始めた。そして、養殖を始めてから3年目の1893年(明治26年)に、半円形ながら5粒の養殖真珠が収穫でき、1906年(明治39年)に円形の真珠が完成した。赤潮によるアコヤ貝の全滅という苦難を乗り越えての成功であった。
関連する記念日として、6月1日は「真珠の日」となっている。
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【SS】パールの記憶
「香代子、女性なら喪服と真珠のネックレスとイヤリング、お数珠くらいは準備しておきなさい。不幸を予測してはダメだけど、準備しておくことは必要だからね。お葬式の時に真珠以外のアクセサリーはつけないのがマナーなのよ」
「ふーん、不思議なマナーね。お母さん、なんで真珠ならいいの」
「真珠はね、涙の象徴とも言われているのよ。だから故人を偲ぶ場所でもマナー違反にならないとされているのよ。でも真珠が世の中に出回り始めてからのマナーだからそんなに歴史のあるマナーではないけどね。準備しておくに越したことはないわ。その時は白か黒の真珠で統一するのよ」
「わかった。私も就職したし、ボーナスが出たら準備するわ。その時は買い物に付き合ってね、お母さん」
こんな会話をしていたのが梅雨ごろだった。一人娘の香代子とその母、夏美の会話だ。夏美はそろそろ自分が持っているアクセサリーなんかも娘に譲る準備をしておかないといけないかなと思っている時に、香代子が喪服を持っていないことに気づき、こんな会話が始まったのだった。高校生までは制服で参列すれば問題ないが、社会人になった今、マナーとして最低限の準備はさせておきたいと思ったのだ。
香代子のボーナスの日がやって来た。香代子は母と待ち合わせてデパートのブラックフォーマル売り場に向かった。今ではいろんなデザインのフォーマルウェアが揃っている。バッグやアクセサリーなども一緒に揃えられる。そんなに頻繁に使うものではないけど、いいものを身につけた方がいいという母の助言を受けて、ワンピースタイプの喪服を選択した。そしてパールのネックレスとピアス、バッグと数珠の一式を購入した。香代子は内心「結構高いなぁ。初めてのボーナスだから厳しいなぁ。お母さん払ってくれないかな」と思っていたのを見透かしたように、母が言った。
「香代子、今回までは買ってあげるわ。でも、次からは自分で買いなさいね」
香代子は下をぺろっといたずらっ子のように出して肩を上げて見せた。
「やっぱり、お母さんを誘ってよかったわ」
「何調子いいことをいってるの。本当はこれが目的で一緒に行こうと言ったんじゃないの。まぁ、いいわ。じゃあ、ランチでも食べて帰りましょうか」
「OK。じゃあ、ランチは私に奢らせて」
「まったく、相変わらず、調子いいわね。じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になろうかしら。ボーナスも出たようだから」
こんな楽しいショッピングを親子でするのも女性同士だからなのかもしれない。まるで姉妹のように仲のいい親子である。残念ながらこんな時父親は蚊帳の外である。しかし、こうなることを、母親は事前に父親に相談していた。
「あなた。今度の週末に香代子と一緒に、香代子のフォーマルを買いに行ってくるわ。真珠のネックレスなんかも合わせて準備させとかないとね。まぁ、そんなに高いものでなくてもいいと思うけど、十五から二十万円くらいはするかも。買ってあげていいわよね」
「ああ、そうだな。最初のボーナスなんて少ないだろうし、そのくらいなら買ってあげなさい」
夏美は夫に娘の成長の話をするとともにスポンサーとしてのお願いもしていたのだった。それで、安心して買い物に付き合うことができたのである。母親もしっかりものである。
ランチを終えた親子は、そのまま家に帰り、香代子は買って来た箱を開け、喪服の試着をしていた。胸元のパールも強い主張をしない程度の粒の大きさで嫌味がない。香代子も気に入っていた。それでも使う時が来ない方がいいということは理屈では理解していた。丁寧にハンガーにかけ、シワにならないようにクローゼットにしまい。バッグの中にアクセサリーと数珠を入れてしまった。別々にしまってしまうと無くしそうだと思ったのだ。
夏も終わり、秋の風を感じられる頃になった時、夏美は体調の不調を訴えるようになった。時々目眩がするというのだ。父親も香代子も心配ではあるが仕事にはいかなければならない。
「お母さん、大丈夫。私かお父さんか仕事休もうか」
「バカ言ってないで出かけなさい。ただの目眩なんだから、大丈夫よ。もしひどくなるようだったら電話するからその時はお願いね」
「そう。わかった。遠慮しないでね。気分悪かったら電話してね」
そう言い残して、香代子は父親と一緒に仕事に向かった。まさか、これが最後の会話になるとは微塵も思っていなかった。その日、なんの連絡もなかったので、香代子はホッとしていた。少し残業して帰ることになり、父親に電話すると「じゃあ、お母さんに何か買って帰ろうか」ということになり、最寄駅で待ち合わせ、ショートケーキを三つ買って帰った。玄関が見えたが照明がついていない。なんとなく嫌な気持ちが湧き上がって来て、急いで玄関を開けた。
「お母さん、お母さん、どこにいるの」返事はない。
急ぎリビングに向かい、部屋の照明をつけた。そこには床にうつ伏せになってピクリとも動かない母親の姿があった。思わず抱き起そうと香代子が近づくと父親が後ろから怒鳴った。
「香代子、触るな。救急車を呼べ」
救急車は程なくして到着した。救急隊員が確認する。その口から出た言葉は非情な内容だった。
「すでにお亡くなりになられています。お昼前には倒れられたのではないかと思います。とりあえずこのまま病院には搬送しますのでお付き添いをお願いします」
何がなんだかわからない状態の香代子と父親は、どうすることもできず救急車に乗り込んだ。病院では、医師の口から「ご愁傷様です。すでにくも膜下出血でおなくなりになられています。お身体の状態から見て午前中のことではないかと思います」と告げられた。
悲しみに暮れる時間もなく、葬儀の準備が進められ、香代子は母に買ってもらった喪服やアクセサリーを身に纏い斎場に立っていた。まさか、初めて着て参加する葬儀が自分の母親になろうとは夢にも思っていなかった。
了
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