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夏の記憶 - 精霊流しと花火大会

 だんだんと暑くなってきて、夏の風物詩、花火大会そして長崎といえば精霊しょうろう流しを思い出しました。「せいれい」ではなく「しょうろう」と読みます。故郷を離れてから45年くらいになりますから、記憶も朧げになりつつありますがご紹介したいと思います。

 中学生時代の夏の楽しみは、何と言っても花火大会と精霊流しでした。毎年お盆の頃に実施されていました。私が見に行っていた頃の精霊流しは、藁で編まれて作られた精霊船に供物として果物などを沢山載せ、男衆が抱えて川に入り、川の中を何周かして各地域ごとに作られた精霊船が川下の鉄橋を目掛け一斉に競争するというものでした。そして、精霊船の帆にあたる提灯だけが鉄橋で持ち上げられ、精霊船自体はそのまま海への流していました。鉄橋というゴールに一番最初に辿り着いた地域の若者は大喜びしていたことを覚えています。神聖な儀式でもありますが、地域ごとの競争も織り込まれていたので毎年興奮して見ていました。

 精霊流しの日は、花火大会が同時開催ということもあり、田舎の街なのにかなりの人出でした。花火大会も、東京などに比べると1/10くらいのスケールだと思いますが、川幅がそんなに無いということと花火の打ち上げ場所までの距離もとても近いので、すごい迫力を感じていました。鉄橋から落ちるナイアガラと呼ばれる仕掛け花火もあり、川の中に仕掛けられた水中花火もあり、そして大玉の打ち上げ花火で最高に盛り上がるわけです。花火大会と精霊流しは同時進行します。川の中をぐるぐると精霊船が回り始めると、打ち上げ花火が上がるという感じです。

 そして、鉄橋の上を最終の列車が通過する時、列車の警笛が鳴らされ、通過し終わると同時に鉄橋の仕掛け花火に火がつき美しい炎の滝が出現していました。そして、滝は燃え尽き、打ち上げ花火も最終段階。目を奪われているところで、真横に一列に並んで控えていた精霊船の船団が雄叫びと共に、一斉に鉄橋目掛けて押し動かされます。勇猛な男衆の力の見せどころです。中にはついていけず精霊船から離れてしまう男衆もいるほどでした。そして、鉄橋に一番乗りした地域の人たちからの歓声と共に提灯の帆が鉄橋の上に引き上げられ、精霊船はそのまま海へと流れていきます。まさにクライマックスでした。

 花火大会が始まる前に、川の両サイドでは陣取り合戦があり、わたしたちは、鉄橋に向かって右側の河岸で陣取りをしていました。当時は、怖い物知らずで、お互いに住んでいる側の中高生たちが川岸に陣取って、お互いの陣に向かってロケット花火を発射する「子供達の戦争ごっこ」みたいなことをしていました。大抵は、向こう岸までは届かず川の中に落ちていってましたが、稀に向こう岸まで届くことがあり、今思えば、危ない遊びだったと思います。何回か事故も起こったようで、確かその後は中止になったものと思います。まぁ、今思えばあたり前なのですが、当時はそうすることが普通でした。お祭り気分が最高潮に達していたんだと思います。

 とても懐かしい記憶ですが、最近はコロナにより中止され続けれているようです。伝統的な行事なので、早く再開できるようになるといいなと思っています。そして可能ならもう一度故郷の鐘楼流しを見学に行って見たいものです。また、数年前からは環境を意識して精霊船は流しっぱなしではなく回収されるようになっているそうです。時代と共に伝統行事も変化しているんですね。


※写真は、6年以上前に開催された時の写真をお借りしました。花火が上がっている根元の方に橋のようなものが見えますが、それが鉄道の鉄橋です。そして、提灯で作られた帆の船が地域ごとの精霊船です。横一列に並んでいます。


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