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3月21日 酒風呂の日 【SS】酔い酔い詐欺

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 酒風呂の日

長野県信濃町で銘酒「松尾」の蔵元を営む株式会社高橋助作酒造店の高橋邦芳氏が制定した記念日。

日付は湯で治すと書く「湯治」(とうじ)の語呂が、暦の二十四節気の「冬至」(とうじ)や、日本酒製造の責任者である「杜氏」(とうじ)を連想させることから、四季の節目である「春分」「夏至」「秋分」「冬至」に酒風呂に入り、健康増進をはかることを目的として作られた。日本酒をお風呂に入れる「酒風呂」は、体がよく温まる、お肌がつるつるになる、リラックスできる、ぐっすり眠れるなどの効果があると言われている。

  • 2023年3月21日(火)〔春分〕

  • 2023年6月21日(水)〔夏至〕

  • 2023年9月23日(土)〔秋分〕

  • 2023年12月22日(金)〔冬至〕


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【SS】酔い酔い詐欺

 山深いところに人里離れた温泉地があった。観光客もほとんどない温泉地で地元の人たちがのんびりと浸かりにくるような小さな温泉だった。それまでは全く知名度の無い場所だったのだが、どうやら投資目的のために温泉宿が建設され、地元の人たちが気軽に入れる温泉では無くなってしまったようだった。しかし、地元の人たちは、こんなところに温泉宿を作っても誰も泊まりに来ないのではないかと噂していた。

 「ほのぼの投資」という投資会社がこの山深い温泉の権利を格安で手に入れ、土地もただ同然で購入し、村の補助金を得て温泉宿の建設を決行したのだった。温泉宿はそれほど大きいものではない。しかも周りの木を切って乾燥させ、組み上げて作った木造家屋であり、材料費はそれほどかからなかった。総工費はわずか四千万円程度に抑えられた建物だった。

 ほのぼの投資は、この温泉宿の利用権を販売する計画を立てていた。しかし、こんな山奥の温泉宿を購入する人も少ないだろうと考え、ターゲットを海外の投資家に絞った。そう、わざわざ見には来ないだろうと考えたのだった。部屋数わずかに十部屋しかないにもかかわらず、利用権は二百人分準備し、一口一千万円での販売価格としたのである。

 ビジネスモデルとしては、稼働率六割、一泊食事付きで三万円。投資家には売り上げ二割が戻されるという内容で作成されている。だいたい十年で投資額を回収できる計算になる。ほのぼの投資は、早速ネット上に広告を流した。日本の温泉に対する海外の関心は高い。あっという間に問い合わせが殺到し、なんと三百口以上の申し込みが集まった。

 ほのぼの投資は、初期投資した資金は全て回収できるので、あとは如何に詐欺だという発覚を延命させられるかということが課題だった。実際のお客様が全く来なければ投資家に対する配当を払い続けると仮定すると、数年で資金は尽きてしまう。そうならないようにできるだけ延命させるには、実際の売上を上げる必要があった。部屋は十部屋。隠れ家的要素を全面に打ち出し、今度は国内向けに「隠れ家温泉」の名称で旅行プランを作ってネットで広告を流した。一泊二食付きで六万円で設定した。海外投資家向けに説明した金額の二倍である。しかし、これが思ったよりも日本の若者に支持を得て、予約が殺到する有様だった。

 更にほのぼの投資は、他の温泉宿との差を演出するために、二十歳以上のカップルのみ宿泊予約を受け付けるという大胆な的絞り策を実行に移していた。そしてオプションとして家族風呂を酒風呂にすることも選択できるようにしていた。具体的には、風呂に投入するための日本酒がサービスされると言うものだった。実はこれも近くの酒蔵で失敗した日本酒や売れ残った日本酒を安く買いたたき仕入れていたのだ。表向きは純米大吟醸の日本酒を投入という謳い文句にしていたのだが、このような特別感が受けていた。それは付加価値として捉えられ、相場より高い価格でもなぜか納得してくれていた。ほのぼの投資は、かなりの利益をあげられることに期待するとともに、撤退時期も計画し始めていた。

 詐欺の場合は、短期決戦が常套手段である。初期投資した金額を回収することは当たり前であるが、関わった人たちへの報酬を差し引いて更に残るお金が最大になった時が潮時なのである。会社をたたみ自らも逃亡し行方をくらまして、ほとぼりが覚めたら舞い戻ってくる。一番いいのは詐欺の被害者が何らかの理由で訴えることができない人たちであることが望ましい。そうすれば詐欺は成立しないからだ。

 ほのぼの投資の社長は、この山奥の温泉地出身の若者だった。何とかしてこの田舎に人が流れてくるようにしたかったのだ。しかし、実際に行ったことは詐欺であり、許されることではない。実はそのことも、村人たちは分かっていた。自分たちのためにやってくれていると言うことを信じていたのだ。

 村人たちは、ほのぼの投資の社長に招待され、新しくできた温泉宿に泊まりに来ていた。そして、名物の酒風呂にも入った。出来損ないや売れ残りの酒であっても、効能は変わることなく、体を温め、肌を引き締めてくれた。まして、投入されているのは純米大吟醸だと聞かされていたので、その思い込みから「高い酒は皮膚にも気持ちがいいのう」とまで言わせていた。更に投入された酒が蒸発することによってアルコール成分が鼻から吸収され、次第に心地よい気分になっていったので酔い酔い風呂などと呼ばれ始めた。

 大抵の人間は思い込みで動いてしまうものである。誰も高い酒とは言っていないのだが、純米大吟醸と言われるだけで高価な日本酒を想像したのだ。そんなところに騙される隙が生まれるのだろう。ほのぼの投資の社長は、まんまと村人を自分たちの味方につけて、全てが詐欺だということを隠蔽しようとしていただけだった。この村の出身で何とか人を呼び込みたいと言う気持ちは本心ではあったが、それよりも大きなお金を動かして自分のものにすることのほうに意識は集中していたのだった。

 このあと、海外投資家からの資金を回収したほのぼの投資の社長は、そのまま海外へと逃亡し一年間だけ継続的に配当を振り込んで、行方をくらましてしまった。その後の足取りぱったりと消えてしまい「酔い酔い詐欺事件」として国際手配されたが捕まることはなかった。やがて温泉施設は差し押さえられ競売にかけられた。

 その十年後、問題になった温泉地のある山奥には、近代的な老人ホームが建設され、近くには新しい病院も建設され始めた。老人ホームには季節ごとに楽しめる酒風呂まで建設されるという噂だった。そしてこの老人ホームへ入居するための権利販売が近々始まるらしいとの噂が、まことしやかに広がりはじめている。



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