1月17日 今月今夜の月の日 【SS】果たせない約束
【今日は何の日】- 今月今夜の月の日
尾崎紅葉(1868-1903)の「金色夜叉」にちなんだ記念日である。
貫一を裏切った恋人のお宮に「いいか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らせて見せるから」と言い放ったことからこの日が記念日として制定された。熱海海岸には寛一お宮の象と尾崎紅葉の記念碑が建てられている。
【SS】果たせない約束
「遅いなぁ、まだ来ないわ。どこで道草してんだろ。携帯にも出ないし」
すでに時計は、午前十一時を回ろうとしていた。恵子は自宅マンションで彼氏である一郎の到着を待っていた。今日は、恵子の両親が福岡から上京して東京に住んでいる恵子の部屋に来ていた。一郎の挨拶を受けるために。
約束は午前十一時、話をしたあと恵子の手料理で全員でランチの予定だ。一郎から恵子との結婚について両親に話をする段取りだった。もともと恵子の両親も一郎と付き合っていることは聞かされていたこともあり、両親も快く受け入れるつもりだった。
恵子と一郎は実は幼馴染で生まれ育ったところは同じ。しかし、一郎の父親の転勤があり、中学生の時に東京に引っ越して行ったのだった。それから疎遠になっていたのだが、大学を出て東京の銀行に就職した恵子は偶然にも同じ銀行に就職した一郎と再会したのだった。二人は懐かしさのあまり、一緒にランチに行くようになりいつしか付き合い始めるようになって結婚を考える関係になっていった。
恵子の両親も中学生の時の一郎は覚えているが、それ以来一郎に会ったことはなかったので成長した姿を見るのを楽しみにしていた。しかも同じ銀行に偶然に就職したと聞いてこれは運命の糸で最初から結ばれていた縁だったのだろうと話していた。
一郎が住んでいるマンションから恵子のマンションまでは電車を利用して三十分くらいの距離である。よっぽどのことがない限り遅れることは考えられない。時計は既に十一時半を回っていた。恵子の母親も心配そうに言った。
「何かあったんじゃなかとね。こげん、遅れるなんておかしかね」
「そうよね。いつも約束した時間に遅れたことがない人だからおかしいと思うわ。それに何回もラインを入れてるけど全然見てないみたいなのよ。一郎さんの実家に電話してみようかな。今日のことは伝えてあるし」
「おお、それがよか。電話してみんね」
恵子は一郎の実家に電話をかけた。実家といっても一郎のマンションから電車で一駅のところのマンションだ。呼び出し音がなったと思ったらすぐに一郎の母が出た。
「もしもし、山本でございます」
「あ、恵子です。こんにちは」
「あら、恵子さん。どうしたの。一郎はちゃんと着いた」
「それが、まだこちらに来てないんです。それで何か連絡が入ってないかと思って電話しました」
「えっ、約束に遅れるような子じゃないけれど。携帯には電話してみたの」
「はい、何度も連絡しているんですけど出てくれないんです。ラインも既読になりません。何だかとても不安になってきました」
「私たちも一郎のマンションに行ってみるわ。恵子さんはご両親とそこで待ってて、いいわね」
「わかりました」
恵子の部屋では両親と三人でなんとなく重苦しい空気に変わり、なす術もないまま時間だけが過ぎて行った。時計は既に十二時を回った。とても食事どころではない。三人はなんとかお茶だけをお代わりして飲んでいた。その時、恵子の父親が重い空気を変えようとテレビをつけるとちょうどお昼のニュース番組になったいた。
『お昼のニュースをお届けします。先ほど交通事故のニュースが入りましたのでお伝えします。本日、午前十時過ぎ、田町駅の近くの交差点で大型トレーラーとタクシーの正面衝突事故が発生しました。その事故でタクシーの運転手と乗っていた乗客の男性は病院に運ばれましたが両名とも内臓破裂により死亡が確認されました。亡くなられたのは、タクシー運転手の大里秀一さん六十二歳、乗客は山本一郎さん二十七歳です。大型トレーラーを運転していた男性は軽症で手当を受けています。警察によると大型トレーラーの居眠り運転が原因で、中央線をはみ出してタクシーに衝突したということのようです。業務上過失でトレーラーの運転手の男性は再逮捕される予定です』
恵子と両親は全身から血の気が引いていくのを感じていた。両親は慌てて恵子のほうに目をやったが、恵子はその場で崩れるように気を失った。
嬉しい日の約束は果たされることなく過ぎ去った。
了
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