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11月5日 いい男の日 【SS】いい男マスク

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- いい男の日

東京都港区東新橋に本社を置き、美しい生活文化の創造のために、化粧品事業・ヘルスケア事業などを展開する株式会社資生堂が制定。

日付は「いい(11)おとこ(5)」(いい男)と読む語呂合わせから。いきいきと素敵に生きるすべての男性を応援する日。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


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【SS】いい男マスク

 男なら誰しもがかっこいい男になりたいと思っているものだ。ただ、どうしても育った環境や顔や体の素材を自分で認識すると諦めざるを得ないのが現実だろう。だが誰からも「いい男」と思ってもらえる人間になることは、もしかしたら容姿をさておいて実現できるかもしれない。最も「どうでもいい男」と思われてしまうことになるかもしれないのだが。

 お世辞でも二枚目とは言えない男がいた。三十二歳の颯太そうたという男性で、複写機の営業マンだ。最近は複写機の需要も落ちてきてなかなか営業成績も上がらずにいた。

「あーあ、最近は飛び込みで売れる時代でもなくなったし、同期も出世するか転職するかしてしまった。このままじゃあ、成績は上がらないよなぁ。かと言って、口がうまい訳でもないし、これといった資格がある訳でもない。それにいい男でもないし。転職も上手く行く気がしない。いい男に変身できたら変わるのかなぁ。まぁ、整形する勇気も金もないけどね」

 そんな独り言をブツブツと言いながら、路地裏を歩いているうちに日が沈む時間となった。空が茜色に染まっている。沈みゆくオレンジの大きな太陽の光は、路地裏にも一筋の明かりとなって差し込み、颯太の背中を押しているようだった。

「今日は、これ以上営業活動をしても成果はなさそうだな。どこかで軽く一杯ひっかけて帰るかなぁ。どうせ帰っても一人だし。ん、この路地、入ったことないな」

 少し歩いていると、見慣れない路地に差し掛かった。こんな路地があったかなと思いつつも足を踏み入れてみた。その瞬間、何とも言えない心地よさを感じ、薄暗い看板に引かれるように店の中に入ってしまった。

「あら、いらっしゃい。初めての方かしら」

「え、ええ。初めてきました。何だか誘われるかのように入ってしまいました」

「まぁ、嬉しい。私の魅力がお店の扉を素通りしてお兄さんにまで届いたのかしら。さぁ、お掛けになって。食事もお酒もありますよ。特別なものはないけどきっと心は満たされますよ」

「ありがとうございます。心が満たされるのが一番ですね。えーっと、メニューはどこかな」

「お兄さん、メニューは無いのよ。ごめんなさいね。毎日仕入れられたもので料理するので、メニューを作れないの。でも財布の心配なら無用ですよ。一律二千円ですから。お飲み物も付いてますよ。ただし、制限時間は一時間。ほろ酔いで帰っていただきたいから」

「えっ、それは安いなぁ。サラリーマンには助かるなぁ。じゃあ、ビールをください。歩き疲れたのでキューっと喉を潤したいんです」

「はいはい、キンキンに冷えたグラスと一緒にお出ししますね」

 ふと周りを見ると、お客が数人いるが全員一人で飲んでいる。何となく気になる雰囲気はあったが、料金を聞いて安心したせいか、全ては女将に任せることにしてくつろいだ。よく冷えたグラスで飲む最初の一杯は格別だ。飲み干したグラスをコースターに戻そうとした時、コースターの広告に目が止まった。「いい男マスク販売中。詳細は女将まで」と書いてある。ビールを継ぎ足すのも忘れて、女将を手招きしてそっと聞く。

「ねぇ、女将。このいい男マスクって何ですか」

「ああ、それね。大半のお客様はそのマスクを目当てに、このお店にくるんですよ。そのマスクをつけると一週間はいい男になれるんですよ。最初はお試しの一週間と言うことで無料提供しています。もしよろしければ、無料分を準備しましょうか」

「へー、そんなものがあるんだ。顔の素材が素材だから変わらないと思うけど、無料なら試してみようかな」

「はい、分かりました。では、少々お待ちください」

 そう言って、女将は店の奥に引っ込み、ハガキくらいの封筒を持ってきて渡してくれた。

「これがそうですよ。必ず明日の朝つけてくださいね。付け方の説明も入ってます。まぁ、説明書なんていらないとは思いますけどね。さぁ、お料理もどうぞ」

 いい店を見つけたなと思い、颯太は上機嫌で帰った。サンプルのいい男マスクを洗面所においてぐっすりと眠った。翌日になり、身支度をしながらいい男マスクの取説を読んだが、注意事項が一つだけ書いてあるだけだった。

『上下と表裏をしっかり確認して装着してください。耳紐はついていません。顔に近づけると自動的にあなたの顔にフィットします』

 向きを確認して両手で摘んだ状態のまま顔にマスクを近づけた。すると、それまで摘んでいたマスクが勝手に顔に吸い付くような感じで肌と一体化してしまったのだ。鏡を確認する。しかし、マスクの痕跡がない上に、顔も変わっていない。両手で顔を触ってみる。特に変わったことを感じない。消えてしまったのだろうかと思いながら出かける時間になったので会社に向かった。

 何となく不思議な感覚が颯太を襲っていた。それまで感じたことのない視線を感じるのだ。すれ違いざまに振り向かれたり、正面から歩いている人が立ち止まったり、窓ガラス越しに見つめられたりとこれまでの人生で経験したことがない現象が起きていた。

『まさか、いい男マスクの効果なのかな。でも鏡を見た限り何も変わってない気がしたけど』

 やはりマスクの効果だったようだ。皮膚と一体化したマスクは顔の形を変えるのではなく、その人が持っているオーラを最大限まで増幅する効果があったのだ、その日からは飛び込みの営業でも複写機を契約してくれるお客様が次々と現れ、一気に営業成績が上がり始めた。颯太は何だか人生が変わったように感じ始めていた。そして、素晴らしい一週間があっという間に過ぎた。すると皮膚と一体化していたはずのマスクが、ハラリと自然に剥がれ落ちたのだ。颯太は鏡を見た。何となく老け込んだような顔が写っていた。颯太は思い出していた。

「そうか。女将が効果は一週間だと言っていたな。今日行って新しいマスクを買おう」

 颯太は、急いで一週間前に行った路地裏の店に向かった。やはり先客が数人いたがみんな何となくげっそりしているように見えたが、颯太は店に入るなり、女将にマスクを注文した。

「女将さん、いい男マスクをください。できれば何枚かまとめて」

「あら、先週のお兄さんね。マスクは一週間に一枚しか売ってあげられないのよ。ごめんなさいね。一枚売ってあげるからまた来週も来てね」

 颯太は、この日も一人で食事をして、ほろ酔い気分になって帰っていった。そして、二ヶ月後には、自宅の部屋で栄養失調が原因で亡くなっているところを不審に思った大家によって発見された。げっそりとした顔だが満足そうな笑顔で亡くなっていたそうだ。「いい男マスク」の存在は公にされてはいない。


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