5月19日 香育の日 【SS】香りと時間
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】-香育の日
東京都渋谷区神宮前に本部を置き、アロマテラピーを通じて人々の心身の健康に寄与し、その普及・調査・研究などの活動を行う公益社団法人・日本アロマ環境協会(AEAJ)が制定。
日付は「こう(5)いく(19)」(香育)と読む語呂合わせから。
「香育」(こういく)とは、子どもたちに向けた香りの体験教育のことで、植物の恵みである精油(エッセンシャルオイル)の香り体験を通して、五感のひとつ嗅覚に意識を向け、豊かな感性や柔軟な発想力を育むとともに、人と植物の関わり、自然環境の大切さを伝える。記念日を通して「香育」の大切さを伝えていくのが目的。記念日は2022年(令和4年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
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【SS】香りと時間
植物は不思議な力を内包している。その不思議な力は、我々人間にも大きな影響を与えるものがある。心地よい香りは、心を落ち着ける作用があるし、植物自体を煎じて服用することで、薬として利用することもできる。植物は我々人間が生きていく上で欠かせない存在である。
そんな植物のなかでも、一際不思議な力を発する香りがあった。花や葉や根などから抽出される香り成分を含んだ精油は、広くアロマテラピーなどに用いられているが、その中でも特殊な方法で作られた精油には、現代の科学を持ってしても解明できない不思議な力が秘められているものがあるようだ。ある日、不思議な体験をした少女のメッセージがネット上を席巻した。不思議な香りの秘密が、一人の正直な少女によって世の中に知らされることになったのだ。
「私が、森の中に入ってお花を摘んでいたらイバラに足を取られて転んだの。そうしたらそこが蛇の巣だったらしくて、怒った蛇に私は足を噛まれてしまったの。蛇の毒のせいで意識が遠のいていく時、森の奥から妖精さんが出てきてとってもいい香りを嗅がせてくれたのよ。ラベンダーみたいな香りがほんのりとしていたわ。そうしたら、急に頭の中がぐるぐると回って暗い深い穴に落ちていくような感覚になって、光が見えたと思ったらイバラの前に立っていたの。そう、イバラに足を取られて転ぶ前にいつの間にか戻っていたの。それに転んだ後の記憶が残っていたから、イバラを避けることができたのよ」
この少女のメッセージは、SNSで拡散されたが、科学者たちは誰一人として耳を傾けるものはいなかった。非現実的な作り話だと逆に非難したのだ。世の中は妖精の存在を信じる人たちとそうでない人たちに二分され、SNS上では不毛な議論が繰り返されることにつながった。そんな時、話題のトリガーとなった少女は、再び森のなかに花を摘みに入っていった。森の中に入っていくとラベンダーが咲き誇っている場所にいつの間にか足を踏み入れていた。そして、再会したのだ、森の妖精と。
「こんにちは、妖精さん、この前は助けてくれてありがとう。助かったことをみんなに伝えたら、ほとんど信じてもらえなかったわ。大人って疑い深いのね」
「あら、この前の子ね。元気になって良かったわね。あの時の蛇の毒は強いから森を出て病院にいくまであなたの体は持たないと思ったのよ。それで仕方なく、特別に調合した香りを嗅いでもらったのよ。十分前に戻れるように調合した香りだったの。そうね、あなたたちの世の中でその時の話をしても誰も信じないわね。だって、香りを調合しているのは私たちだし、調合するのは、時間が存在しないところに咲いている花のエキスだからあなたたちには分析できないと思うわ。それに、今はこうやってあなたも私と会えるけど、あなたも大人になったら私は見えなくなってしまうもの」
「え、妖精さんが見えなくなっちゃうの。やだなぁ。それなら大人なんかになれなくてもいいのに」
「うふふ。あなたの心が今と変わらなかったら、私の姿が見えるままかもしれないわよ。あなたとこうして二回も会えたから、記念に特別な香りを少しだけあなたに分けてあげるわ。誰にも言わないでね」
「ええ、わかったわ。約束するわ」
こうして小さな小さな瓶に入った香りを少女は妖精からもらって帰って行った。帰ってから、パソコンを開いてみるとSNS上では少女に対する「嘘つき」とか「目立ちたいのか」などという嫌がらせのメッセージが溢れていた。それを見て少女は悲しくなった。「何も嘘はついていないのに」と思いながら、妖精からもらった瓶を握りしめていた。そして思った。
『そうだ。今日貰ってきたこの小瓶の中身を調べてもらえれば、私の言っていることが嘘じゃないということがわかるはずよね。そうすればこんな嫌がらせのメールもきっとなくなるわ』
そう思って、少女は近くに住んでいる化学者のところに行って分析を依頼した。最初化学者は断っていたのだが、SNS上で攻撃されている少女だと分かり、成分分析に協力してもらえることになった。結果は一週間後にわかるといわれ、少女は家に帰り、首を長くして連絡を待っていた。しかし、一週間が過ぎても何の連絡もない。少女はおかしいと思い再び化学者を訪ねてみた。
「すみません。依頼した小瓶の分析はどうなりましたでしょうか」
「えっ、小瓶の分析? そんな依頼を受けた覚えはありませんよ」
「そ、そんな。ここで確かにお渡ししたのに」
「君の記憶違いでしょう。もう何ヶ月も分析依頼を受けたことはないし、私も忙しいからね。じゃあ、失礼するよ」
少女はまた悲しくなってしまった。『これで私が嘘つきじゃないことが証明できると思ったのに。どうして』と少女は考え込んでしまった。そして妖精と出会って小瓶をもらった時のことを思い出していた。
「あっ、妖精さんは誰にも言っちゃダメって言ってたんだったわ。私の方が約束を破っちゃったのね」
こうして少女は、不思議な香りのことに関しては一切口にすることもなくなり、SNS上のアカウントも閉じてしまった。その後妖精に謝ろうと思い、同じ森の中に入って行ってみたが、何度行っても妖精に出会うことはなかった。ただ、森の中はいつ行っても心が静かになるような香りに包まれていたそうだ。
了
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