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【SS】心聴計

 どこの家庭にも1台くらいはあると思われる体重計。
 あなたの家にもありますか?
 もしかしたら、恐る恐る乗っていたりしてませんか?

 最近の体重計は、昔と違い多くの機能が備わって体組成計とも呼ばれ、体重だけでなく内臓脂肪の量や水分量、皮下脂肪の量、体年齢など多くの項目を計測してくれ、スマホで管理までできるような時代になりましたよね。実年齢より若い年齢が表示されてガッツポーズしているあなた、安心していてはいけませんよ。

 人は見える部分を気にしがちですが、実は心を気にすると見えている部分も変化してくるそうです。心と体の関連を長い間研究していた一人の研究者が、ある日、閃いてしまったのです。体重計は世の中に溢れんばかりの種類の製品が出ているけれど、心を測る機械は未だ製品化されていないどころか気配すら感じられない。だったら、自分で作ってしまおう。そうやって一大決心をした研究者はその後の人生を心を測る機械の発明に捧げた。

 心の状態はどんな時にどんな電気信号に変わるのかということを人種を超えてデータ収集するために地球上の人類の心を網羅する旅に出たのだ。しかし、電気信号を計測させてもらうのは至難の業だった。怒っている人や悲しんでいる人たちにいきなり電極を押し付けて計測するわけにもいかないし、事前に許可をもらうことも心が変化する前に実施することは困難だった。研究者は仕方なく、心の状態を計測するための電気信号を遠く離れたところから計測する機械の発明を先に実施してから旅に出たのだ。これならば、怒っている人や悲しんでいる人を見つけた瞬間に計測が可能となり、どんな人種でもどこででも計測できるようになった。

 そして、研究者は心の状態を電気信号として収集するための効率のいい方法を思いついた。世界各地に設置されている監視カメラという監視カメラで計測できるようにしてしまったのだ。しかも、カメラを交換することもなく。カメラがとらえた人々の顔の表情から発生する電気信号を人工的に作り出して大量のビッグデータとして蓄積する巨大システムを作り上げたのだった。研究者の人生はすでに折り返し地点をとっくに過ぎていた。目標としていた心を測る機械を作るための基礎データの収集がやっと終わったのだ。

 研究者に残された人生はそれほど多くはなかった。すでに85歳を過ぎていた。しかし、研究者は諦めずに、のるだけでその時の心の健康状態がわかる機械をとうとう作り上げたのだった。その時、研究者は96歳を超えていたが、それ以上の喜びを感じ歓喜の声で叫んでいた。「やっと完成だ。これで心の声がわかるようになるぞ。大発明だ」と本人は大声で叫んだつもりだったが、周りには誰もいなかった。

 完成した心を測る機会は研究者によって「心重計」と名付けられた。見た目は体重計と変わらない。ただ、表示される項目が違っていた。喜怒哀楽を表す、喜び度合い、怒り度合い、悲しみ度合い、楽しみ度合いとともに、総合評価として心の不安定さが表示され、今の状態を表す簡単なコメントが表示されるようになっている。

 年老いた研究者は、ゆっくりと靴下を脱いで心重計の上に乗ってみた。第一号である。

喜び度合い  100% 大変喜んでいる状態
怒り度合い  100% ものすごく怒っている状態
悲しみ度合い 100% ものすごく悲しんでいる状態
楽しみ度合い 100% 一番楽しみを感じている状態
心の不安定さ 100% ものすごく不安定な状態
コメント 不安定すぎる心になっています。あなたの心はもうすぐ限界です。

 考えてみれば、年老いた研究者は、心重計を作り上げた満足感で喜びの絶頂にあり、これまでかけ過ぎた時間を悔やんで怒り心頭、目標が無くなったことを落胆して悲しみ、一番に心重計に乗れたという童心のような楽しみを味わっていたのだ。それが、表示される数字に正確に表れてしまった。そして、目標を達成してしまった研究者はそれまでの張り詰めていた気持ちや心に大きな穴がポッカリと空くの感じ、心が大きく揺らぎ、もうやり残したことはない、これで人生に悔いはなくなったと感じていた。その数字が心の不安定さ100%だった。

 心重計から降りた年老いた研究者は、その場で静かにゆっくりと横たわるようにここに至るまでの長かった人生を走馬灯のように回想しながら遠のいていく意識の中で、ただ一つの後悔が残っていたことを思い出したが、間に合わず静かにそのまま息を引き取った。

 年老いた研究者の遺体は、誰も訪ねてこないマンションの一室にあったので、しばらく発見されることはなかった。また、亡くなったのは季節が冬に入り、気温がグッと下がった時期だった。彼には家族もなく結婚もせずに生涯独身を通し、一人で研究室のある自宅のマンションに篭りっきりの生活を何十年も続けていたのだ。誰に頼ることもなく一人きりで研究を続ける生活を送っていたのだった。まさしく人生をかけた大発明だっのである。その静かな時間の流れを破ってくれたのは、悲しいことに研究室に忍び込んだ泥棒だった。

 泥棒はエンジニアだったが失職し、家族のために空き巣を繰り返していた。そしてたまたま物音がしない老人の研究者が住んでいるマンションに目をつけ、ある月夜の日に忍び込んだのだった。マンションと言っても一階の部屋なので忍び込みやすかった。しかも、ベランダ側の窓は施錠もされていなかったのである。

 易々と部屋に侵入できた泥棒は、まさか床に人が倒れて死んでいるとは思ってもいない。気温が低く寒いせいか、腐敗も進んでいないので匂いもしなかった。部屋の中をライトで照らしながら金品を物色して回った。しかし、現金も見つからずテレビすらないことに気づいた。かなり貧乏な生活をしているのかと逆に心配になったくらいだった。その時、つま先に何か当たったのを感じた。

 足元をライトで照らしてみると、なんてことはない普通の体重計に見えるものがだった。泥棒は、そういえば最近体重計に乗ったことがないな。どうせ何もなさそうだし、測ってみるかと思い、靴と靴下を脱いで裸足になり、体重計の上に乗った。

喜び度合い   10% ほんの少し喜んでいる状態
怒り度合い   30% つまらなくて怒っている状態
悲しみ度合い  50% 同情して悲しんでいる状態
楽しみ度合い  40% 久しぶりの楽しみを感じている状態
心の不安定さ   100% ものすごく不安定な状態
コメント 心が揺れています。自分に正直になってください。

 泥棒は表示されている内容を見て、体重計ではないことを知った。「これは、もしかしてのった人の心の状態が解る機械なのか」と元エンジニア泥棒は考えた。同時に1メールほど先に横たわっている老人を発見し、ギョッとなった。あの人の発明なのだろうか。すごいなと思っていた。近づいていき、亡くなっていることを把握すると、泥棒はこの不思議な機械だけを持って帰ろうと考えた。その時、老人の指先が床に書いた文字が目に止まった。床には「しんちょうけい」とひらがなで書いてあった。老人のダイイングメッセージのようだ。泥棒は、この体重計に似ているものは「しんちょうけい」という機械なんだなと思った。泥棒は「なるほど心の状態を聴くことができる計りという意味だな、漢字だと心聴計か」と考えた。

 年老いた研究者は「心重計」の読み方を伝えたかったが、漢字の方が変えられてしまうとは思ってもいなかったかもしれない。しかし、まだ部屋の中に止まっていた年老いた研究者の霊は満足した笑みを浮かべて、やっと天国へと旅立っていった。ただ一つの後悔は発明を世界中の人々に利用してもらう事だったのだ。

 その後泥棒は「心聴計」の表示に従って、自分に正直になり、「心聴計」を持ち帰り、一度分解し構造を確認、クラウドファウンディングで募集して資金を集め、同じものを大量生産した。そしてネット限定で世界中で販売し巨万の富を得ることができた。亡くなった年老いた研究者の代わりに、世の中の研究機関に対し、得られた富の一部を寄付することも忘れなかった。そして、この泥棒が付けた名称「心聴計」は世の中に受け入れられ多くの世界中の人が知る製品へと育っていった。

 天国にいった年老いた研究者は、地上界を見ながら独り言のように呟いた。

「誰が作ったのかは重要ではない。どれだけ多くの人たちが利用してくれているか、そして心の改善に役に立っているかということが重要なのだ。泥棒さん、広めてくれてありがとう。そして、つけた名前はあなたの方がセンスよかったよ」

おわり


こんな製品があるといいなと体重計にのった時に思い浮かんだストーリーをショートショートにしてみました。


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