5月24日 スクーバダイビングの日 【SS】水面下の世界
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】-スクーバダイビングの日
東京都渋谷区恵比寿南に事務局を置き、スクーバダイビングの認定証である「Cカード」を発行する「レジャーダイビング認定カード普及協議会」(Cカード協議会)が制定。
日付は「Go(5)To(2)Sea(4)」(海へ行こう!)と読む語呂合わせから。また、1953年(昭和28年)のこの頃に海洋学者ロバート・S・ディーツ氏によってスクーバ器材が日本に紹介されたという記録があることから。スクーバダイビングの楽しさを伝えるとともに、正しい知識を普及しダイビング事故に対する安全意識の向上が目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
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【SS】水面下の世界
お風呂で潜って遊び始めた日。その日が水の恐怖を乗り越えた時だった。多分、小学生の時だろう。それ以来、学校のプールの時間が苦痛から楽しみに変わっていった記憶がある。プールで泳ぐことはもちろん、25メートルプールを潜水だけで泳ぐことに挑戦し、プールの向こう側まで行けた時は何となく鼻が高くなった。
俺が育ったところは海辺の田舎町。夏の遊びといえば海水浴が定番だった。小学生の頃は。それも中学生になると自分は小学生を卒業してお兄さんになったのだと自覚したいがために、友達と一緒に海水浴場から岩場での遊びに移行した。そのため、水中眼鏡とフィンとシュノーケルを親に買ってもらった。これが楽しくて夏休みに入ると岩場での遊びにハマり、サザエを獲ったり、魚を獲ったりして楽しんだものだ。おそらく海が好きだというのはこの辺りで出来上がったのだろう。
そして時は流れ、海への憧れは強くなり、ボート免許とともにダイバーのライセンスも取得した。あくまでも趣味の範囲ではあったが、会社員として働き始めた後、休みになるといつも海に出かけ潜って水中散策を楽しんでいた。特に、水中から水面を見上げた時の太陽が差し込む光の美しさに魅了されてしまったのだ。深く潜って、水面を目掛けて浮上する時の徐々に明るくなる景色がたまらなく好きになったのだ。そしていつしか、ダイビングを活かす仕事に転職したいと考え、ダイビングスクールを開くことを決心する。まだ結婚もしていないので、気楽なものだ。失敗しても趣味の延長だと割り切って、ハワイに移り住みスクールを始めた。日本だとどうしても四季があるので年中潜って楽しめるところがいいだろうという、浅い考えでハワイでの開業に漕ぎ着けた。
数年は順調に仕事も続き、コロナ禍であっても地元の需要に支えられ、ビジネスとしては大きな成長は無いものの赤字になることはなく安定して運営できていた。今では大きな固定客もついてクルーザーも購入し、スタッフも増え全てが順調に見えた。そんな中、毎週潜りにくるパーティがいて、いつしかプライベートでも仲良くなっていったメンバーがいた。その人たちがどんな仕事をしているかは知らないが商会を作って貿易関係の品物を取り扱っているらしいということだけを知っていた。
プライベートでの食事も共に楽しむようになり、それがいつの間にか、ビジネス拡張の話にまで発展し、今のダイビング・スクールを経営しながら異なるビジネスにも手を出してみないかと誘われるようになった。話はもっぱらダイビングした後にディナーを一緒に食べる時が多かったが、時折ナイト・ダイビングも依頼を受けるようになっていった。夜の海の中は昼間と違って神秘的である。夜行性の魚たちの活動も見ることができ、昼間以上に海の魅力を満喫できる。俺は、この人たちはかなりダイビングが好きな人たちだと信じ、いろんなダイビングにまつわる話もして打ち解けた関係を築くことができていた。
ビジネス拡張の話も段々と確信を着くようになってきて、ナイトダイビングを楽しみながらビジネスも同時並行で実施し、一回あたりの報酬が二万ドルの仕事をやらないかと持ちかけられた。ペースとしては月四回から五回。日本円にしてかなりの額の収入が見込まれた。俺は、ダイビング・スクールの仕事を仲間にほとんど任せ、持ちかけられた仕事をメインに担当しようと思い始めた。
商会は、メディシン・トレードという会社で、海上での薬の取引を担当している会社だった。ハワイ沖で薬を受け渡し、世界中に運ばれるらしい。どうしても港まで入って接岸する時間も節約したいらしく、沖合での取引にこだわっている大口顧客への対応ということだった。
俺は本格的に、ナイトダイビングを楽しみながら薬の貿易を支援することを決断し、仕事を受けることにした。防水のケースに入れられた薬を持って海中に潜り、水中スクーターを使って沖合の大型ボートまで運ぶ。深夜の仕事なのでボートは出せない。港から海中に入り薬を運んだ。片道三十分程度。一回の仕事では一往復だけ。非常に効率の良い仕事だった。俺は何の疑いもなく、毎週末になると夜の海に潜った。中止になるのはハリケーンの時だけだった。
そんな仕事が半年ほど継続した時、運ぶ薬の量を倍にしたいという話が持ちかけられた。半年経験して、三倍の量でも問題ないと思っていた俺は、即座にOKの返事をした。当然収入も倍になった。それにこの収入は、ダイビング・スクールには計上していない俺だけの収入として現金で管理していたのだ。
ところがある日、いつものようにハワイ沖まで薬を運び、渡そうとした瞬間、俺は警察に逮捕された。現行犯逮捕である。全く意味がわからなかった。売上申告をしていないだけでこんな逮捕をするのかと思ったのだ。容疑は麻薬取締法違反だった。日本からやってきている警察官に逮捕され、俺は日本に強制送還されたのだ。その時に初めて、俺が運んでいたのは麻薬だったと気づいた次第。間抜けな話である。冷静に考えればすぐわかる話だったのに。
金額に目が眩み、運ぶものには興味がなかったのだ。それにナイト・ダイビングも楽しめる楽しさも加わり、ただひたすらに麻薬を運び続けていたらしい。日本の警察について問い詰められ「中身を知らないで運んでいた」で終始通していたが信じてもらえず、十年の実刑と二千万円の罰金が言い渡された。これから獄中での反省の日々が始まる。当分海に行くことはできなくなる。
了
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